第20話 秋田の昔話“はり木石”

男性とモトクマは、草木が生い茂る山の中に降り立った。


「よし、ギンさんも待ってくれている事だし、今回こそは早めに終わらせよう!」


男性はすぐそばにある窓ガラスのゲートを見た。

空中に浮かんでいるそれは、仮想空間と緑電車を繋ぐ出入り口である。

窓の向こうで、ギンとコイジイが何やら話しているのが見える。

しかし、声や電車の車輪の音は聞こえない。

聞こえるのは、仮想空間の木々が風に揺れて擦れる音と鳥の声だ。


「兄ちゃん、ギンの事は考えなくていいよ。あいつはあいつで、ワイプ見て遊んでいるから。」


モトクマが、横に手を振った。


「ワイプって?テレビみたいな?」


「そうそう。僕、本物のテレビ見たことないけど、きっとそう。窓ガラスの下の方がゲートとしてずっと、最初の地点を写しているんだ。んで、電車側から見ると、上の窓ガラスの部分にはワイプが出て、僕達の行動が映し出されているんだよ。」


「へー、そうなんだ。」


男性はゲートの方に向かって手を振りながら、大声で叫んだ。


「ギンさーん、行ってきまーす!」


精一杯アピールをしてみたが、ギンは気づかずコイジイと話し続けている。


「残念兄ちゃん。音は向こうまで届かないんだ。あと、向こうの音もこっちには聞こえないようになっているよ。」


「そうなのかー。じゃあ、アピールしても気づかないね。」


男性とモトクマは、ゲートを背にして先へ進んだ。




「なあ、モトクマ。今回はどう言う話なんだ?」


男性は歩きながら、この昔話のあらすじを確認した。


「えーっとねー。この昔話は“はり木石”って言ってね、木こりに助けられた動物が、恩返し的な事をする話し。」


「へー。日本の昔話の王道ストーリーか。」


「あ、そうそう。この話にも山オジが出てくるよ!」


「え、黄色電車で会った人にまた会えるの?」


男性は前回の“大石”で会った、力持ちの大男を思い浮かべた。


「ううん、多分違う人物だよ。あ、でも、この仮想空間では人間達が想像する姿が反映されるから、見た目とか声はそっくりかもね。」


はり木石の昔話を知っている人間は、大体他の七不思議石の話も知っている。

7個セットで語られる事が多いため、似た登場人物がいれば、同じ姿を想像する人間も多いのだ。


「そっか、別人か。少し残念だな。」


今更ながら、大石の彼らにはもう会えないのだと思うと、男性は少し寂しい気持ちになった。

例え今から引き返して黄色電車に乗ったとしても、仮想空間がリセットされているので彼らに自分達の記憶は無い。

決められたストーリーが展開されても、からかい合った彼らはもういないのだ。


「一期一会だな。」


バーチャルの物語には、その期になれば何回でも触れられる事ができる。

だが、自分の解釈や気持ちによって登場人物達は色々な表情を見せる。

物語も、物語に触れる自分の心も、現実世界の旅と一緒で一期一会だ。


男性は、今後の昔話でもしっかり向き合って行こうと、改めて思い進んだ。



「あ、兄ちゃんいたよ!はり木石の主人公だ。」


モトクマの声にハッとして、男性は辺りを見回した。

……。

誰もいない。


「兄ちゃん上だよ!あっちの木の上!」


モトクマが指し示す方に目をやると、木の上で1人の男性が枝を切り落としていた。


「うわぁー、あんな高い所よく登るなぁ。」


口をあんぐり開けて上を見る男性に、モトクマは驚いた。


「いやいや、そこまで高くないじゃん。兄ちゃんもその格好だったら、同じぐらいまで登れるんじゃない?」


「いやいや、落ちて怪我するって!」


「痛~い…。」


「そうそう!痛~い事に…。え?今のモトクマ?」


「僕何も言ってないよー?」


2人の会話が一瞬止まった。


「う~。痛~い。」


「あっちから聞こえる。」


2人は声のする方へと近づいてみた。

見ると、主人公が登っている木の下には…。


「ギンさん!?」

「ギン?」


木の下には、白い毛の狐が一匹倒れていた。

どうやら後ろ足を怪我して動けないようである。


「どうしよう、モトクマ!早く手当てしなきゃ!」


すると、動揺する男性の頭に何かがコツンと当たり、跳ね返ったそれはモトクマの頭にも当たった。


「なんだこれ?」


地面を見ると、くしゃくしゃに丸められた紙が転がっている。

モトクマはそれを拾い、広げてみた。

何か文字が書かれている。


『それは俺じゃねえ!!』


男性は少し驚いてモトクマを見た。

モトクマはジト目をしている。


「え?これギンさんからの手紙?」


「そうみたいね。」


「確かに、よく見れば顔が違うかも。」


「そうだね。ギンはこんなにキレイな顔してないもん。毛の色も、ギンのくすんだ茶色とは全然違うキレイな白色だし。声もチャラいギンの声とは似てな…。」


コツン!


再び、どこからともなく飛んできた紙がモトクマに当たった。


『ふざけんなよ!』


コツン!


『これでも俺はモテるんだ!』


コツン!


『去年のバレンタインは、お前より多かったぞ!』


モトクマは紙が飛んでくる方に向かって、べーっと舌を出した。


「なあ、モトクマ。電車に俺たちの声は聞こえないんじゃなかったのか?こんなにコメントが投げ込まれているけど…。」


「ギンは、人間で言うところの“読唇術”みたいな物が、ちょっとだけできるんだよ。」


「へー!すごいですねギンさん!ちょっとカッコイイです!」


男性は紙が飛んでくる方に向けて、少し興奮したように言った。


……。


コツン!


『まあな』


照れてる。

絶対照れてる!

ギンのかわいい一面が見れた男性は、電車の中で照れているギンを想像して、クスッと笑った。

そして、コメント参加ではあるが、ギンを入れた3人で物語を旅する事ができるのが、とても嬉しくなった。


コツン!


『お前ら隠れろ』


「え?何でだろう。ねぇ、モトクマ。何でだと思う?」


男性が尋ねるとすぐに、木の上から声が聞こえてきた。


「あれ?どうした?お前狐か?」


主人公が白狐を見つけ、木の上から降りてくる。

モトクマはとっさに、男性の頭を林の中に押し込んだ。


「お前怪我してるじゃないか。ほら、こっちこーい。家で手当てしてやる。」


主人公は白狐を抱き抱え、山を歩いて行った。


「兄ちゃん危なかったね。主人公が白狐を助けるのじゃましちゃったら、恩返しの話が成立しなかったね。」


「あっ、そっか!だから隠れろって言ったのか。ありがとうギンさん。」


「ギンくん、君、役に立つじゃないか。その調子で頼むよ。」


偉そうな社長っぽい感じでモトクマが言った。

……。

反応が無い。

恐らく、一瞬照れた後に怒って一人で反論しているに違いない。

男性は電車内のギンを想像しながら、モトクマと一緒に主人公の後を追った。


しばらく歩くと、主人公と白狐は一件の家に入って行った。

家の扉がピシャリと閉まると、空や風に揺らぐ木々が目まぐるしく動き、まるで早送りをしているようになった。

太陽と月が交互に顔を出す。

4~5日たっただろうか。

早送りが徐々におさまり、ガラッと家の扉が開いた。

中からは、優しい顔で白狐を抱く主人公が現れた。

白狐は、もうすっかり怪我が治っているようである。

主人公は白狐を抱いたまま、林の奥へと入って行った。

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