第16話 めでたし、めでたし、大石

「え、兄ちゃん今なんて?」


つっぱり稽古をやめたモトクマが男性に確認した。


「今回の話は、悪者の山オジを助けに行く!」


「一緒になって、主人公に石投げつけるの?」


モトクマの顔が、マジかよと引いている。


「いや、助けるけど加勢はしないよ。石投げるとかw例え小石でも、リアルでやれば大怪我するやつだからね!?」


男性は両手を振って、誤解だと主張した。


「じゃあ、どういう事なの?」


「なんか日本の昔話って、“悪者を退治しました。めでたしめでたし。”で終わるじゃん?それって本当にめでたいのかなって前から思ってたんだ。」


「だめなの?確かに暴力はいけないけど、追い返すのもだめ?自分と合わない人とは距離を置くのも一つの手じゃん?無用の争いを避けられるよ?」


「そうなんだけど……。それは分かっているんだけどなぁー。」


男性は両手で頭を覆った。


「なんて言うか…。言い方悪いけど、臭い物に蓋をする感じ?ただただやり過ごしているだけ感がするんだよ。自分にとって都合の悪いご縁をポイ捨てする感じ?それってエコじゃ無いと思うんだよね。これからの時代に合ってないと思うんだ。これからは、“リユーズ、リメイク、リサイクル”だよ!」


モトクマはこれまで男性とずっと一緒にいて、一つの共通点がある事に気づいた。

自分達は二人とも説明をする時に、例え話を使う傾向がある。

だが、例え話の部分が長すぎる。

結局、何を伝えたいのか分からない。


「ごめん、兄ちゃん。言っている事が最先端すぎて、ちょっと何言ってるかわかんないや。」


「生ゴミって、虫達にとってはごちそうなんだよ。見方を変えると、いらないものって実は必要なものなのかもしれない!」


どうやら例え話はまだ続くようだ。


「つまり、悪者を悪者で終わらせなくても良いんじゃないかって事。」


「うん……。うん?」


モトクマは段々疲れてきた。


「ユメノ鉄道の報告書は、やがてお告げ的な物になって人間界の人達の背中を押すんだろ?」


「まぁ、そうねぇ。」


「じゃあこの昔話は“嫌いな人を排除する話”ではなく、“合わない人と上手くやっていく話”にしていこうよ!」


最初からそう説明して欲しかったと思ったモトクマだったが、口には出さなかった。

なぜなら、これはこれで楽しめたからである。

さすが人間だ。

頭の中がわけ分からん。

モトクマは今まで以上に人間への興味が湧いてきた。


「兄ちゃん、リメイクとかリサイクルとかってやつは、大変なんでしょ?大丈夫?」


「モトクマ。案ずるよりぃ…??」


「う、産むが易し?」


オレンジ電車で学んだ言葉だ。

うだうだ考えているより、実行する方が意外と簡単な事もある。


「そうだね!行こう兄ちゃん!」


二人はようやく動き出した。

二人とも時間配分が苦手という、共通の欠点がまた一つ発覚した。




男性達は木々が生い茂る山道をしばらく進んだ。


「うぉりゃぁ~!!」


前方の坂から気合いの入った声が聞こえた。

見ると坂の途中で若者が、石を上にいる人に向かって投げているのが見えた。


「兄ちゃん!もう始まっちゃってるよ!」


モトクマが両手で丸を作り、双眼鏡で覗く真似をした。


「なあモトクマ。確認なんだか、動物の格好した俺たちが話しかけても、昔話の人間は普通に対応してくれるんだよな?」


「そうだよ。昔話の中で動物が喋りだすのはよくあるからね。驚かしたりしなければ普通に会話してくれるよ。」


「よし。じゃあ、丁寧に声をかけよう。」


二人は大石を転がす山オジと、それを受け止める青年の近くまで歩いて行った。


「とりあえず、落ち着かせよう。」


男性と山オジは一つの石を押し合い、顔を真っ赤にさせていた。

男性は青年の方に近づいていく。


「あの、すみませんお兄さん。いったん落ち着きましょ?一度話し合ってみたらどうですか?」


「っく!…はぃ?あなた誰ですか?ごめんなさい、今手が離せないので、後にしてもらってもいいですか?」


「その手を緩めましょう?そして話し合いをしましょう!」


男性がそう言うと、青年は少しイラッとしたような声で言った。


「じゃあ、まずそっちの筋肉バカを説得してみてくださいよ!坂の下の方にいる僕が先に力を緩めたら潰されるんで!」


モトクマは筋肉バカという悪口に激怒するのでは無いかと思い、ヒヤヒヤして山オジを見たが、幸いにも聞いていないようだった。

男性は今度、石の反対側にいる山オジに声をかけた。


「すみません、山オジさん。いったんやめましょ?手を離してください!」


…反応が帰ってこない。

聞こえてないわけでは無いと思うのだが…。

男性は山オジの耳元で、もう一度大きな声を出した。


「あの!山オジさん!!」


すると山オジはギラっと男性を睨んで言った。


「オマエ、ウルサイ。」


「え?」


男性は3歩下がってモトクマに確認した。


「この人は…外国人さんなのか?」


「日本人だよ。」


「じゃあ、何でカタコトなんだよ。」


「人と関わらないように生活しているからねー。きっと国語が苦手なんだよ。他の昔話に出てくる山オジも、ほとんどしゃべるシーン無いもん。」


「そうなんだ…。」


話し合えば分かり合えるだろうと、安易に考えていた自分が甘かった。

そもそも会話自体が難しいとは。


「言葉以上に伝わる何かが無いと…。」


男性が考えていると、不意に隣へサン子姉狐がやってきた。


「まあ!力比べをしているのね、楽しそう!」


黄色い着物を着た、とてもかわいいケモ耳少女だ。


「がんばれー、がんばれー!よいしょー、よいしょー!」


彼女の掛け声で石はどんどん大きくなり、予定通り喧嘩は終了した。

大男二人は汗だくになっている。

何だろうこの感じ。

青春っぽい雰囲気を、若干感じる。

二人を仲良くさせるには、このタイミングが1番かもしれない。


「いやいやー、山オジさんもお兄さんもとても力持ちですねぇ~!素晴らしいですー!」


男性はとりあえず褒めてみた。


「お二人とも高身長で力持ち!どこか雰囲気も似ているし、もしかしたらお二人とも相性がいいのかもしれないですね。今度二人で遊びに行ってはどうですか?」


「兄ちゃんいい考えだねー!僕もそう思う!二人ともそう思うでしょ?」


男性とモトクマは、何とか二人が友達になるきっかけを作ろうとした。

しかし…。


「え、やめてください。全然似てないですよ。」


青年は姿勢を正し、サン子姉狐をチラッと見た後、真顔で否定した。


「えっと…。でも、二人とも体大きいし…。」


「気のせいじゃないですか?僕の方が断然大きいです。」


チラッ。


「それと、みんなが通る道に石をポイポイ捨てるような迷惑な事は、僕はしません!」


チラッ。


「僕は、みんなが仲良く暮らせるように心がけています。」


チラッ、チラッ。


「僕は山オジみたいに、すぐに怒ったりはしません!」


チラッ、チラッ。


「えーっと。君、俺に話してくれているん…だよ…ね?」


男性は途中から、青年が自分に話していない気がしてきた。

おそらく青年は、サン子姉狐に対して“僕いいやつですアピール”をしている。

現に、今は顔を真っ赤にして、サン子姉狐に会釈をしまくっており、こちらを全く見ていない。


「え、何この子。」


男性は、どうしたもんかと困り、辺りをキョロキョロした。

モトクマは、“無”の表情をしている。

山オジは…。


「あれ?どこ行った?」


姿が無い。

見ると、坂の上の方を歩いて帰ろうとしている。

まずい。

昔話が予定通り進行されている。


「あの、君…。ちょっと俺の話を…。」


「僕は、人に向かって石を投げる山オジとは違うんです!」


もはや、姿勢はサン子姉狐に向いており、ずっと地面を見ている。

話を聞いてくれる気配は全く無い。

そんな青年の言葉に、サン子姉狐が口を開いた。


「でも、あなたも人に向かって石を投げてましたよね?」


その場の空気が一瞬止まった。


「いや、でもあれは正当防衛ですよサン子姉狐さん。」


「あなたは坂の下から上にいる人に向かって、投げていました。山オジさんよりも強い力を込めて、人に向かって投げていました。」


「それはその…。許せなくて…。」


青年が流している汗の種類が、だんだん変化してきた。


「あなたがとても真面目な人だという事は、私も知っています。」


「え、僕の事そう思ってくれてるんですか!?」


青年の元気が少し戻った。


「真面目で自分の短所に厳しい人は、似た人を見ると許せなくて攻撃してしまいます。」


ここでサン子姉狐が、男性とモトクマに目配せした。

何かこのタイミングで言えということなのか?

正直分からない。

モトクマはとりあえず、探り探り発言した。


「えーっと、“自分の短所に厳しい人は、似た人を見ると許せなくなる”ということは…。つまり……?」


「他人と仲良くなるには、まず自分を許さないといけないって事かな?」


男性がモトクマの後を引き継いで喋ってみた。

サン子姉狐は微笑んでうなづいた。


「私個人の意見ですが、そう思うのです。自分のダメなところを受け入れると、社会性が上がる気がします。」


ダメな所……。

いっぱいありすぎるなーと、男性は思った。


「はい!先生!僕の短所は、オタクな所です!好きな物にはまりすぎちゃいます!」


モトクマが手を上げて、元気いっぱいにカミングアウトしだした。

すでに男性は知っている事だったが…。


「はい!私はイタズラが好きな所ですね♪」


サン子姉狐が続いて発表していく。

確かにそうだなと思ったし、同時に違うとも男性は思った。

石を巨大化して喧嘩仲裁したり、若者にわざと正論を言って諭すのは、イタズラと言うより愛情な気もする。

彼女は意外と考えて行動している賢い子だ。

最初からこういうキャラクターなのだろうか。


「次は兄ちゃんの番だよ?」


モトクマが、手に持ったふりのマイクを男性に向けた。


「俺は…。話が長い所?」


「正解です!」


モトクマが拍手をしているのが結構イラッとする。

男性はモトクマに文句を言うが、軽く受け流された。


「最後はお兄さんだよ!お兄さんの短所は?」


三人は若者を見た。


「えっと、自分の短所は…。すぐカッとなる所です。あと、人見知り。」


暴露大会の流れを作られた若者は、完全に自分の口から自白せざるおえなくなった。

そして、今の状況が3対1であり、向こう側には自分の好きな子がいるという手強い状況である事を理解した青年は、ついに降参した。


「分かりました、分かりましたよ!僕の負けです!」


青年は両手を上げて、降参のポーズをした。


「僕、ちょっと行って声かけてきます。あっちが嫌がったらやめますけど。もし山オジと仲良くなれたら、僕は自分の欠点と向き合えている事になりますか?」


「“仲良く”にも色々あるからなー。仲良く闇落ちするのはダメだぞー?」


男性はサン子姉狐の隣に移動し、続けて話した。


「まあ、後でこの子に結果報告するんだって思っていれば、お兄さんは大丈夫だなw」


「頑張ってねー!よさぶろうさん!」


サン子姉狐のとびきりの笑顔に、よさぶろうと呼ばれた青年は顔を赤らめて走り出した。


「ほぇ?あのお兄さん、よさぶろうって名前なの?」


モトクマがサン子姉狐に聞いた。


「そうよ。与三郎さん。仲良くなれるといいわね。」


「きっと大丈夫だよ。」


モトクマがなぜかクスクス笑いながら答えた。


「サン子姉狐さん、ありがとうございました。あなたがいい感じに立ち回ってくれたから、彼らを仲直りさせられそうです。」


「いえいえ。たまたま通りかかっただけです。前半の貴方達のリサイクルの話が聞こえたのでw」


「え?あのグダグダ会話聞いてたのー?」


モトクマは少し恥ずかしくなった。


「“つまずく石も縁の端(はし)”と言いますでしょ?ささいな関わりでも何か意味があると思って、絡んでみましたwとても楽しかったです。私の方こそありがとうございました。」


サン子姉狐は深くお辞儀をした。


「何それ!もしかしてことわざってやつ?もう少し詳しく…。」


モトクマがサン子姉狐に尋ねようとしたその時、周りの景色が白い光で包まれていった。


「マジか。もうこんな時間!?モトクマ、帰るぞ!」


男性はモトクマの手を引いて、引き留めた。


「えー!もっと人間の言葉知りたいー!兄ちゃんのバカーー!!」


モトクマの叫び声だけを残し、二人は黄色電車に強制送還されていった。

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