第15話 秋田の昔話“大石”
男性はモトクマと黄色い電車に乗り込むと、まずは報告書に変化する整理券を貰った。
最初の頃は突然巨大化する紙に驚いていたが、本日3回目ともなるとさすがに男性も慣れてきた。
ポン!と音を立てて少し浮き上がる紙を、落とさない様にキャッチしながら空いている座席を探す。
「モトクマ、この席にしよう。」
男性は空いているボックスシートに座り、モトクマは窓際に石をセットした。
このシステムにも慣れてきた男性は、少し腰を浮かせて他の乗客の様子を見た。
自分達の様に、夢のかけらの石を窓際にセットする動物もいれば、普通にカバンからおにぎりを取り出して食べている動物もいる。
「この電車は一般客も利用しているのか。」
コイジイと目が合って、軽く会釈をした男性が、体勢を戻しながらモトクマに聞いた。
「そうだよー。お客さんが多い時は、相席になる事もあるね。窓ガラスに触らなければ仮想空間に吸い込まれることは無いから大丈夫だよ。」
「そうなのか。」
「というか、僕たちの仕事ぶりが窓越しに見えるから、暇つぶしにテレビを見る感覚でいる人も多いかな?」
「え、俺ら観察されてるの?なんか恥ずかしくない?」
「大丈夫大丈夫!みんな優しいから、失敗した所見ても励ましてくれるよ?それか、めっちゃ笑われるかのどっちかw」
「やっぱハズイじゃん!」
若干動揺する男性に、モトクマはクスリと笑った。
「あ、でもね!」
モトクマは思い出した様に言った。
「たまに本社の監査の人が仕事ぶりをチェックしに来る事があるの。その時は関係ない一般客も緊張しちゃって、ぜんぜん笑ってくれないから安心して!何をやってもすべるからw」
モトクマが親指を立てて、グッ!とポーズした。
「いや、それはそれで嫌だなぁー。」
だったらまだ、笑ってくれた方がいいような気もする。
今日は監査の人が来ませんようにと、心の中で祈る男性を乗せて、黄色い電車はゆっくりと動き出した。
「よし、モトクマ!昔話の時間だ!」
「了解しました兄ちゃん!いざ、秋田の昔話、大石(おおいし)の世界へ~!」
2人は窓ガラスに吸い込まれ、仮想空間へと入って行った。
そこは晴れた日の、坂になった山道だった。
ストン!
今回はきれいに着地ができた。
「はい!」
常に浮遊していて“着地”とは縁のないモトクマだったが、男性の着地に合わせて体操選手の様にポーズをとった。
相変わらず、人間の真似が楽しいらしい。
「なぁ、モトクマ。今回はあらすじを簡単に聞いておきたいんだけど。どんな内容なんだ?」
「えーっとねー。確かねー……。」
モトクマは男性に、大石の昔話を話して聞かせた。
昔々、木が生い茂る山に、狐が女性に化けて出る坂道があった。
村人から“サン子姉狐(さんこあねこ)”と呼ばれた彼女は、話しかけると答えてくれるので村人からは人気があった。
ある日、その坂道を体格の良い青年が通ると、坂の上から大きな石が転がってきた。
見るとそこには、いつも石をその辺に捨てる山オジが立っている。
青年は転がってきた大きな石を受け止め、それを山オジめがけて投げ返した。
怒った山オジは、大きな石を転がしだす。
それを受け止める青年。
2人は石の押し合いを始めた。
するといつの間にか、そばにサン子姉狐が来て「よいしょ!よいしょ!」と掛け声を出した。
声に合わせてどんどん大きくなる石。
ついに2人は疲れ果て、山オジは山へ帰って行った。
それからというもの、山オジが村に降りて悪さをする事はなくなったのだった。
「ってお話だよーん。めでたし、めでたし。」
パチパチ、パチパチ。
モトクマが一人三役を演じながら説明してくれた。
なんだか幼稚園の学芸会を思い出す。
「モトクマ、一個質問。山オジって何?山のおじさんの略?」
「違うよ。山オジは山オジだよ。他の七不思議石の話にも出てくるよ。この辺りの山の悪者なの。」
「山賊系か?」
「んとね、基本は山奥に引きこもってる感じ。たまに村に降りてきて悪さするの。なんか、ご先祖様が戦いに負けたんだっけか…。」
「落武者系か。田舎あるあるだな。」
身バレを気にして山奥に引きこもる。
または、村人に養子縁組してもらい名前を変えて生活するなんて話は、東北ではよくある事だ。
「ネットも無くて人と関わる機会が少ないんだから、社会性も低くなるか。そりゃ、適当に石もポイ捨てするわな。」
「そう。ポイ捨てダメ、ゼッタイ!青年を助けて、山オジをこらしめに行こう、兄ちゃん。」
モトクマは近くの木まで行き、テイッ!テイッ!とつっぱり稽古を始めた。
男性は「うーん」と唸り、少し考えた後に口を開く。
「よしモトクマ、助けに行こう。……山オジの方を。」
「テイッ!テイッ!テイッ!テイッ……。へい?」
モトクマの頭に木の実が落ちた。
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