第14話 黄色電車乗車

オレンジ電車を降りる時には、男性の鎖骨あたりにモトクマが張り付いていた。

男性は現在ツキノワグマの体をしているので、白いモトクマが鎖骨に張り付くと模様と同化して見える。


「モトクマ何してんだよ。変な事してると子ダヌキに指さされて笑われるぞ?」


男性は後ろをチラッと振り返り、降りたばかりの車内を見た。

ちょうど狸の親子が、運賃を支払う所の様だ。


「ご乗車ありがとうございます。お一人で6文ですので、2名様で12文になります。」


「あらまー。子供料金でお安くなったりはしないのかしら。」


「大変申し訳ございません。生前の年齢と死後の魂年齢は一致しませんので、皆さま一律で、一人の魂につき6文頂いております。」


「あら、そうなのね!ごめんなさい。はいこれ、12文。電車の旅楽しかったわ。」


「ありがとうございます。またのご利用をお待ちしております。」


乗客を降ろしたオレンジ電車はゆっくりと動き出し、美しい世界の奥へと消えていった。


「なあ、モトクマ。」


「何?兄ちゃん。」


モトクマは、まだ鎖骨で模様のふりをしている。


「1人6文なんだって。知ってた?」


「そ、そうなの?シラナカッタナー」


鎖骨から離れたモトクマが、手を後ろに組んで下手な口笛を吹き始めた。


「お前…神様公式の電車で無賃乗車するなよ!こえーよ、もう。」


男性のまゆげが、今日1番のハの字になった。


「だってぇー、報告書の報酬が足りなかったんだもん。こうでもしなきゃ運賃不足で次の駅に行けないよ?元の駅に戻されちゃうよ?」


「ダメだったらまたやり直せばいいじゃないか。」


「ローカル線を舐めないでよ兄ちゃん!次の電車が来るまでめちゃめちゃ時間掛かることもあるんだから!」


「じゃあ、待ってる間はゆっくり対策を練れるじゃないか。」


「そんなゆっくりしている暇は、兄ちゃんには無いんだよ!」


モトクマは自分の尻尾に手を突っ込み、一枚の紙を出して男性に見せた。


「何これ、切符?」


普通の切符より少し大きめサイズのそれには、赤いハンコが押されていた。

書かれている文字は、相変わらず読めない。


「これはね、7つ目の駅で乗る予定の、人間界行き電車の切符なの。これ一枚で一両するの。つまり、4000文するの。」


「よんっ…せん??」


男性は少しよろめいた。


「さらにここ見て!ハンコが押されてるでしょ?僕が人間界行き電車に乗った時に押されたの。この切符、使用中なの。そして使用期限が今日中なの。」


「えっと、つまり?」


男性は嫌な予感がした。


「今日の終電に間に合わなかったら、兄ちゃんは4000文貯めるしかないの。でも、狭間の世界に長い事いると、ここの世界の人になっちゃうの。兄ちゃん死んじゃうの。」


「オーマイゴット!!」


男性はよろめいて後退りをし、ペタンと地べたに座った。

そして少し空を見つめた後、あぐらをかいたまま“考える人”のポーズをし、そのまましばらく動かなくなった。


「あの…兄ちゃん?」


モトクマがそっと声をかけてみた。

ショックだっただろうか。

やはりこの事は黙っておくべきだったかもしれないと、モトクマは後悔し始めた。


「モトクマ…。」


「あ、はい!」


声がやけに落ち着いている。

怒られるのだろうかと、モトクマは身構えた。


「悪かったな、お前には何もメリットが無いのに。天罰まで受ける覚悟をさせて。」


「え、えと。僕こそごめんね。兄ちゃんの命がかかってるから…。」


「ふっwモトクマのくせに、いっちょまえに気を使ってるんじゃねーよw」


男性はモトクマの頭をぐしゃぐしゃっと撫でた。


「よし、決めた!7つ目の駅に着くまでにいっぱい稼いで、ユメノ鉄道に借金返すぞ!サポートしてくれるか?」


男性は拳を前に出した。


「もちろんだよ兄ちゃん!」


グータッチでそれに答えるモトクマ。


ファーン!


仲がいっそう良くなった2人の後ろから、まるで祝福するかの様に汽笛を鳴らして黄色い電車がやって来た。


ホームに停まった電車のドアボタンを押そうと、モトクマが手を伸ばす。

だが、それより素早く男性はボタンを押し、意地悪そうにモトクマへ笑ってみせた。


「……。」


ガブッ!!


「いてててて!」


モトクマは一呼吸置いた後に、男性の手に噛みついた。


「おいバカ!放せよ!」


手をぶんぶん振り回しながら電車に乗り込む男性は、嫌がりながらもどこか嬉しそうだ。


「んー。青春じゃのう。」


コイジイが頷きながら、後に続いて乗車した。

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