第13話 オレンジ電車下車
二人は仮想空間から、電車のボックスシートへと戻った。
「はぁ、今回は変な汗出たー。」
大の字になって最大限座席を使いながら、男性がため息をついた。
「人間の愛って意外と動物っぽいんだね?“自分の為なら他の雄は殺せー!”的な?」
「いや、あんなの人間の愛じゃ無いよ!単独行動の動物ならまだ仕方ないかもだけど。群れを作る系生き物代表の“人間”があれをやったら確実に生きてゆきづらくなるからね?もうずっと、何をしても周りから言われるし、何もしてなくても周りから言われるし。」
「確かに昔話にまでなって、ひたすらさらされ続けてるね。」
「……。昔の俺だったら“絶対ああはならないw”って笑ってる所だけどさ。大人になって悲しいニュースを沢山見るようになると、“もしかして闇落ちって誰にでも起こり得る事なのかな?”って思うよ。」
「そうなの?」
「闇落ちした事ないから分かんないけどさ。もし彼らみたいな時代や境遇に産まれたら、“俺は100%理性を保っていられる!”っては言い切れないかなぁ。」
「じゃあ兄ちゃんは、人を傷つけたやつを許せるタイプ?」
モトクマがいきなりもじもじし始めた。
様子がおかしい。
一体何を言いたいんだろうか。
不審に思っていた男性だったが、ふと思い出した。
そういえばモトクマは、元熊だった。
この態度…生前人間を襲った事があると言うことなのか?
男性は直接聞いてみようかと思ったが、なんだか可哀想な気がして聞くのをやめた。
「えと。可哀想なやつだなとは思うけど、許せはしないかな?あ、でも、同族間の話だからな?種族が違えば、仕方ない場合もあると思うよ?」
顔が暗くなるモトクマを見て、男性は慌てて付け加えた。
モトクマの表情は一向に良くならない。
人間を襲った訳では無いのか?
まさか、人間に襲われた方だったか?
だとしたら、前言撤回した方がいいのだろうか?
もう、訳がわからない。
俺はいったいどうしたらいいんだ。
頭がグルグルしてきた男性はとりあえず、締めの言葉っぽい事を言った。
「えーっと要するに、今まで優しくしてくれた人達やその環境に感謝って事だな!俺はモトクマに会えて、こうやって旅が出来てる環境が嬉しいよ。」
「ほんと?」
モトクマの元気が少しずつ戻ってきた。
「当たり前だろ?こんな体験めったに出来る事じゃ無いよw」
男性は笑いながら、親指を立てて窓を指した。
「あまり“もしも”の事にとらわれすぎるのも良く無いからな。あんまりもたもたしてると、女性の家の前でいつの間にか夜になってしまったアイツみたくなるからな!」
「そうだね!魅力的な人って、あんまりくよくよしてないもんね?」
「ああ、そうだぞ?常に前を向いて、行動する。“案ずるより産むが易し”だってのを知っているんだよ。」
「兄ちゃんかっこいい!兄ちゃんはくよくよしないタイプ?」
「全然…考え込むタイプw」
「いや、説得力の無さ!w」
調子を取り戻してきた二人は少しふざけて遊んだ後、本日2回目の報告書作成に取り掛かった。
『報告者氏名 モトクマ
夢の内容 マサカリ石(昔話)
石を恋のライバルと見間違え、マサカリで襲ってしまうストーカーの話である。
結局相手は石なので犯行は未遂に終わるが、噂は村中に広がり昔話にまでなる始末である。
当然、意中の人と結ばれる事は無かっただろう。
ライバルの首をはねようとしたが、結果的に好きな相手との縁を完全に断ち切ってしまったと言う事だ。
この昔話が伝えたい事は、執着の恐ろしさと愚かさだろう。』
男性はここまで書いて、一呼吸置いた。
このまま提出すると普通の報告書になってしまう。
何か一捻りした事を書かなくては。
『日本では昔から、地道に苦労を重ねる姿が良いとされる。確かに、熟練の技が必要な仕事などは、忍耐力が強くなければいけない。日本人のいい所である。しかし、執念が執着に変わってはいけない。この昔話は、ただの戒めだけではなく、手放す勇気の大切さを教えるものである。魅力的な男女は、くよくよし続けない。“案ずるより産むが易し”だということを知っている。上手くいかなかったら方法を変えてみる。考えてばかりではなく、とりあえずやってみる。作ってみる。』
「んー。今回はこんなもんかな?」
男性が眉間にしわを寄せながら言った。
「兄ちゃん、あんまり納得してないの?」
モトクマが男性の顔を覗き込む。
「今回は昔話をほとんど見ているだけだったから、普通の事しか書けなかったな…。まあ、仕方ない。下手に動けば前回みたいに時間がたりなくなるかもしれなかったし。ペース配分がわかるようになるまで、試していくしかないからな。次だ次!」
「おお、さすが兄ちゃん!前向きだね!」
「おうよ!案ずるより産むが易しだ!」
男性は、ことわざをひさしぶりに思い出せた事が嬉しくなり、必要以上に連呼した。
そして数分後。
オレンジ電車は定刻通り、次の駅に到着した。
「よし、じゃあ降りようかモトクマ。」
報告書に記入漏れなどがないかチェックし終えた男性が、モトクマの方を見た。
「あれ?どこ行った?」
周りを見渡すが、どこにもいない。
「もしかして。」
男性が自分の後頭部を触ってみた。
「……。」
ぷにぷにしている。
押すたびに、ふにぇーふにぇーと変な声が聞こえた。
「またかよ。赤い電車降りる時もそこにいたよな?なんなのこれ。」
「あ、気にしないでください。」
「いや、気になるわ!」
それっきり、何を話しかけてもモトクマは喋らなくなってしまった。
仕方がないので男性はそのまま、赤い電車の時の様に報告書を持って出口へ向かった。
今回は時間に余裕を持って昔話を終わらせられたので、精算機に並ぶ動物の列に男性も加わった。
男性の後ろには、駅で会った狸の親子が並んでいる。
子ダヌキは、男性の後頭部を凝視した。
男性は徐々に恥ずかしくなってきた。
子ダヌキは大人しく列に並んでいるし、男性とモトクマは基本前を向いているのだが、なんとなく空気で分かる。
子ダヌキの目が、「お母さんあの熊さん変だよー?」と言っている。
なんだかとても気まずい。
出口までの距離が、異様に長く感じられた。
「次の方どうぞー。」
やっと男性の番が回ってきた。
「お疲れ様です。報告書を両替機に入れて下さい。」
車掌のネズミが両替機を指し示す。
赤い電車のネズミと同じく、緑色の帽子とジャケットを着ていた。
よく見るとオレンジ色のネクタイをしている。
電車の色に合わせているのだろうか。
男性はチラッとファッションチェックをしながら、報告書を両替機に入れた。
(「お願いします、今回は高望みしません!どうか運賃が払えるだけの報酬をお願いします!」)
心の中で祈りながら、硬貨排出口を見つめる。
ジャラジャラ……。
出てきた硬貨を手に取り、一枚ずつ数えてみた。
「1、2、3、4…。6枚だ…。」
男性は少し体を丸めて、ネズミ車掌に恐る恐る質問をした。
「あのーすみません。今回の私の運賃っておいくらでしょうか?」
「運賃ですか?ユメノ鉄道の運賃は、ひと区間6文になります。」
(「あっぶね、ギリギリじゃん!」)
男性は、はぁ~っと息を吐いて落ち着いた後、運賃を精算機へ入れた。
「ご乗車ありがとうございました。オレンジ色は第二チャクラの色です。恋愛力や創造性に困ったら、またいつでもご乗車ください!」
軽く会釈をした男性は、オレンジ電車を降りた。
本日2両目の電車クリアである。
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