第17話 黄色電車下車

ドサッ!


二人は黄色電車のボックスシートに投げ出された。


「あーあ。サン子姉狐さんともっとおしゃべりしたかったなー。」


坂道で人間観察をよくしていたらしい彼女とは、どこか親近感を感じたモトクマだった。

しかし彼女はバーチャルの存在だ。

制限時間で電車に戻ってしまった今、それは叶わない。

仮にもう一度仮想空間へ入れたとしても、昔話はリセットされているため、先程の彼女の記憶はもう無い。

同じような会話ができるかは不明だ。


「これ仕事だから。我慢して。」


時間の無い男性は、さっそく報告書作成に取り掛かった。


『報告者氏名 モトクマ

夢の内容 大石(昔話)


村人が通る坂道に、よく石をポイ捨てする山オジ。

その山オジと青年が石を押し合い喧嘩している所に、女性に化けた狐が出てきて石を巨大化してしまう話だ。

山オジは疲れ果て、以降石を捨てには来なくなった。

通常であればこの話は、山オジを退治した様にとらえられるだろう。

しかし山オジに対抗した青年も、山オジと同じような行動をとっている。

このお話は、“人の振り見て我が振り直せ”を思い出させてくれるお話としても考える事ができる。


正義感の強い真面目な人であるほど自分の短所には厳しく、似た短所を持った人を見るとつい攻撃してしまいたくなる。

自分を甘やかすのは良く無いが、もしかしたら自分の短所をしっかりと受け入れる事で、今までよりも他人を受け入れやすくなるのかも知れない。


まずは自分をしっかり愛する事が、他人への愛や、社会性に繋がってくるであろう。

この昔話は今後、上記の様な解釈をしていく事もできる力を持っている。』


「よし!出来た。」


男性は椅子に座ったまま報告書を目の高さまで上げて、内容を確認しだした。

相変わらず仮想空間内での時間配分が苦手な男性だったが、報告書作成のスピードはどんどん上がってきていた。


「へぇー、上手いこと書くじゃん。モトクマのくせに。」


背中合わせになっている後ろの座席から声がした。

男性が振り返ると、狐が一匹身を乗り出し報告書を覗き込んでいる。

顔がめっちゃ近い。

男性は驚いてのけぞった。


「え、誰?」


男性の反応に、狐は笑って答える。


「またまたーwモトクマはすぐ俺と他人のふりをするなー。この前会ったでしょーが。」


「あぁ、モトクマとお知り合いの方なんですね。」


「お知り合いって、モトクマはお前だろうがw何だ?今日は声だけじゃ無く、頭も変になったか?」


話が噛み合っていない。

男性は助けが欲しくなり、モトクマを見た。

モトクマの目が、ジト目になっている。


「ギン。僕はこっちだよ。」


少しだるそうにモトクマが手を振った。

ギンと呼ばれた狐は、男性とモトクマを交互に見る。


「え、うそ。本当にこのチビからモトクマの声がする…。てか、何その格好。ゴーストモードじゃん。お前が取り憑いているって事は……。」


ギンは、モトクマ・モトクマの尻尾・男性の順に目をやった。


「あんた!生きてる!?」


ギンは驚きのあまりバランスを崩して、座席の向こう側へと消えていった。

どたどたと転がる音だけが聞こえる。

丁度停車して電車内が静かになったタイミングで騒いだので、三人は電車中の視線を集める事になった。


「どうかされましたか?」


ネズミの車掌が慌てて駆けつける。

車掌は転がった狐と男性、そしてモトクマを見た。


「ネズミの旦那!これは違うんだよ。モトクマは誰よりもこの仕事を真面目にやってきたんだ。ルールを破るのには、きっと訳があるんだよ!」


ギンは、ネズミの車掌とモトクマの間に入り、必死でかばった。

しかし男性には、なぜこんなにもこの狐が必死になっているのかが分からない。

ルールを破ったとは、何の事なのか。


まさか、過去2回の無賃乗車がバレたのか?

それとも、モトクマが報告書を書いた事にしたから文書偽造の罪とかになるのだろうか?

不正受給扱いになるのだろうか。

恐らく後者のゴーストライターがバレている気がする。

だが、まだ分からない。

下手に口を開けば墓穴を掘る気がするので、男性は黙っている事にした。


「あ、安心して下さい。電車には無線があるので、モトクマさんが赤電車から運賃を払っていない事も、我々ネズミ車掌一同はすでに把握しております。」


…バレてた。

最初からバレてた。

そして何より気になるのは、「払っていない事も」の、“も”の部分である。

他に何を把握されているのかは、こちらからあえて聞いたりはしない方がいいだろう。

これ以上罪が増えるのが怖い。

このユメノ鉄道は、山の神様が運営する電車だ。

やはり、何かしらの天罰が降るのだろうか。

不安でいっぱいの表情をする男性。

それを見てネズミ車掌は、優しく微笑んで言った。


「安心して下さい。我々ネズミの車掌は、あなた方の行動に気づかなかった事になりました。そしてこれからも、気づかない事になります。」


「えーっとつまり、見逃してくれるという事でしょうか?」


男性の問いに、はいと答えるわけにはいかないネズミは、再び微笑んだ。


「あ!ですが、運賃はしっかり2名様分頂きます。システム的な事は気づかないですが、さすがにお金は払っていただかないと、他の乗客の方が不公平になってしまいますので。」


男性は車内の動物達を見た。

みんな電車から降り始めながらも、こちらをチラチラ見ている。


「それはもう!おっしゃる通りです!未払い分は、必ずお支払いします。」


男性とモトクマは感謝を込めて、深く頭を下げた。

(なぜかギンも一緒になって頭を下げた。)


「ではそろそろ時間も有りませんので、こちらで精算をお願いします。」


「はい!」


三人は急いで精算機の前まで来た。

一般客のギンは運賃を支払い、先に降りる。

男性は報告書を持っているため、まずは両替機に報告書を入れた。

今回の報酬は……。


ジャラジャラ。


「やったー兄ちゃん!15文出てきたよ!」


モトクマが体をフリフリさせて踊り出した。

運賃は1人6文なので、今回は2人分払える。

男性は精算機にお金を入れた後、再び車掌にお礼を言った。


「本当にありがとうございました。」


「いえいえ、あなたと私達は似た境遇ですから。会えてよかったです。黄色は第三チャクラの色です。社会性や自信に困ったら、またいつでもご乗車ください。」


黄色いネクタイをした車掌はそう言い残し、黄色電車と共にホームを去っていった。

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