第9話 赤電車下車

徐々に減速する赤電車車内。

二人は仮想空間窓から投げ出され、ボックスシートの座席に転がった。


「どぁー!」


仰向けで着地した男性の風圧で、座席に置いていた紙がヒラリと床に落ちる。


「戻ったのか…。というか、報告書書かなきゃ!」


男性は、床に落ちるかのように降りて紙に覆い被さり、紙をざっと見てから顔を上げた。


「モトクマ!なんか書くものもってる?」


「あ、えーっと。ちょっと待ってて!」


モトクマは向かいのボックスシートに座っているニシキゴイに話しかけた。


「ごめんコイジイ!ペン貸してちょうだい!」


すると老人のコイは、目を細めてモトクマを見た後、カバンから電車デザインが施されたボールペンを取り出した。


「なんじゃいモトクマ、また忘れたのかい。お前さんにペンをやるのはこの前で最後じゃと思っとったのに。」


コイジイは、床に這いつくばる男性をじっと見る。

そして、モトクマに視線を移した後、大きなため息をついた。


「お前さんはいつも騒がしいのう。今度は何をしでかすんだか。まず…頑張ってみなさい。」


電車ペンを両手で受け取ったモトクマは、ペンを抱きしめて、ニコッと笑った。


「コイジイいつもありがとう!」


そう言うとモトクマはクルッと回り、男性と報告書を書き始めた。





報告書の1番上の欄には『報告者氏名』と書いてある。


「あ、そこは僕の名前の『モトクマ』って書いて!僕はユメノ鉄道と契約しているから給料出るけど、兄ちゃんの名前だとボランティアになるから。」


「俺はゴーストライターって事ね。」


「ピッタリじゃん!」


「まだ死んでねぇし!」


男性は、ツッコミながら窓をチラッと見た。次の駅がすぐそこまで迫っている。

とりあえず、何か書かなくては。



『報告者氏名 モトクマ

夢の内容 駒爪石(昔話)


元気な馬の蹄跡が残ったとされる石を祀ると、ますます名馬が生まれたという昔話。昔から今日まで、この地に住む人々の畜産業繁栄への願いが込められた話である。』


男性は、ここまで書いて手を止めた。

これだけでは恐らくダメだ。

これまで長年、何回も繰り返されたネタと普通の報告書では、高評価は貰えないだろう。


(「後は…今までに無い見方をしなきゃいけないよな…。オタクのモトクマが食いつく様な何か…。」)


男性は、ボートソリの上で飼い主と話した事を思い出しながら、再びペンを動かした。


『これは石に爪跡を付ける話であると同時に、地に足を付けて粘り強く生きていく人間の話でもある。これからの時代は“願いを込める駒爪石”ではなく、“勇気を与える駒爪石”として物語を観る事ができるだろう。自然は厳しい。この地のマタギは昔から、季節や環境に合わせて仕事をしてきた。畜産業・農業・漁業・狩猟など、職種は多岐にわたる。そして時が進むにつれ、自然だけでは無く、人間界もマタギにとって厳しい態度をとるようになる。道具の規制がかかりつつ、“現金”が必要な時代が来たのだ。』


ここまで書くと、報告書の欄がいっぱいになってしまった。

もう少し簡潔に書き直したほうがいいだろうか?

いや、そんな時間は無い。

男性は紙を裏返し、続きを書いた。


『物々交換が成立する地元では、現金を手に入れる事は難しい。故にマタギ達は、街に出る必要があった。街近くの山で狩りをし、獲物を販売するのだ。しかし、この狭い日本では、意外とそれも難しい。動物同様に、人間にも縄張りというものが存在する。他人の敷地で銃を所持し狩りをすれば、そこの住人は黙ってはいない。江戸時代ぐらいであれば、簡単に打首にされる。そこでマタギ達は、厳しい人間社会も生き抜く為に、“他の地でも銃による猟をしていい許可証”を藩から発行してもらう事に成功した。これにより、旅先の猟師達にはうとまれながらも、後にマタギの優れた狩りの技術は全国へと広まって行く事になる。』


「そうなんだ!?県外に出た昔の人間の話は、なかなか知る機会が無いからびっくり!」


モトクマの感想には反応せず、男性は報告書の仕上げ段階へと入った。


『マタギ達は、季節や時代に応じて常に変化してきた、生命力あふれる人種である。この“駒爪石”という話は、“飼い主が実はマタギだった”という設定を付け加える事によって、現代の仕事に対する考え方を見直せる昔話へと進化する事ができる。


月日がたっても変わらない物と、月日がたって変えなければいけないもの。この判別は非常に難しい。かなりの勇気もいるだろう。世界の情勢が刻一刻と変わる今、時代の情勢をクリアしていった先人達の話は心強い。新解釈の昔話駒爪石を聞く事で、“昔の人も困難を乗り越えてきたのだ。ならば、自分達にも出来るはずだ。”と、勇気の出る作品にレベルアップする事も、この昔話ならば可能であるだろう。』


ここまでペンを走らせた男性は顔を上げた。

乗車していた動物達は、もうほとんどが電車を降りていて、残るは自分達とコイジイだけだった。

すでに運賃を支払い終わったコイジイが、心配そうに出口から声をかける。


「おーい!お前たち降りんのか?」


「あ、降ります!」

「今行きま~す!」


男性とモトクマは運転席横のドアまで急いだ。


「ご乗車ありがとうございます。報告書をお持ちですね。」


男性は運転席を見た。

誰もいない。


「ん?幽霊?」


キョロキョロする男性に向けて、声の主は機械の上でぴょんぴょん飛び跳ねてアピールをした。


「こっち、こっち!下でございます~!」


声がする方へ目をやると、車掌の服を着たネズミが短い腕をふっている。


「さあ、お早く。こちらの両替機に報告書をお入れ下さい。間もなく出発の時刻になります。」


「これに…入れるの?え、どっから…?」


せかされてあたふたしている男性を見て、モトクマがここだよ!と指し示す。


ウィーン!


モーター音を鳴らして報告書を飲み込んだ両替機は、男性が見た事のない硬貨を何枚か吐き出した。


「では、運賃はこちらからお入れください。」


「えーっと、すみません。運賃表の文字が私読めないんですけど…。」


表には見たこともない不思議な文字が書かれていた。

いや、もしかしたら見た事があるのかもしれない。

ここがあの世とこの世の境目だということを考えると…。


「お坊さん達が使う梵字(ぼんじ)?」


男性は、なぜか自分の後頭部に貼り付いているモトクマに助けを求めた。


「ねえ、モトクマ。運賃っていくら?」


「………6文。(小声+もごもご声)」


「なんて?」


モトクマが男性に突っ伏したまましゃべるので、よく聞こえない。


「ごめん、ちゃんと喋って!時間ないから。」


少し苛立ち始めた男性に向かって、ネズミの車掌が心配そうに声をかけた。


「あの、モトクマ様。いつもと声が少し違いますね?具合が悪いのでしょうか?無理しないでくださいね。」


「どうもすみません。」


男性はネズミの車掌に軽くお辞儀をした。


「運賃は6文で、茶色のお金が6枚でございます。」


男性は教えてもらった通りに運賃を支払い、精算を終えた。

手元には4枚の硬貨が残った。


「ご迷惑をお掛けしてすみません。ありがとうございました。」


男性はネズミ車掌にお礼を言って下車した。


「いえいえ。赤色は第一チャクラの色です。生命力を忘れたら、またいつでもご乗車下さい。」


そう言うとネズミの車掌は、赤い電車と共にホームから去っていった。

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