第8話 めでたし、めでたし、駒爪石

一方その頃、男性はボートの陰で頭を悩ませていた。

手綱が付けれないのでは、誘導は難しい。

いっその事牧羊犬みたく、睨みを効かせながら追い込んだ方がいいだろうか?

いや、馬という走る事が得意な動物相手に、ツキノワグマ一匹では無理だろう。

追い込むどころか、追いつく事さえ難しいのではないだろうか。


(「なんか、奇跡的に装着されたりしないだろうか……。」)


さすがの男性も切羽詰まって来た様で、奇跡が起きないかと現実逃避し始めた。

すると驚く事に、モトクマが手にしていた手綱がスーッと消え、いつの間にか馬達の頭に装着されていたのである。


「お?なんだ魔法か?そうか、仮想空間だからそういう事できるのか。早く言えよーモトクマー。」


ボートの影から「装着出来ないふりしやがって」という顔を男性がする。


「いやいやいやいや!(小声)」


モトクマは手と顔をぶんぶん振って否定する。

この仕事が長いモトクマでも、こんな現象は初めてであった。


(人間の夢や願いの内容を、僕ら動物が改変できるわけ無いじゃん!しかも、多くの人の意識が混ざっている昔話なんか…。)


「あ!分かったー!兄ちゃん半分人間だから、意識が反映されたんだよ!」


モトクマはテンションが上がり、馬の耳元で大声を出した。

当然馬は驚き、逃げようとする。


「あ、待って!逃げないで!」


モトクマは、馬の首と胴体の境目に巻きつき、両手を広げて馬にくっついた。

モトクマと男性の繋がりが、ピンと張る。

馬の体力は、やはりすごい。

ボートごしにモトクマの尻尾で綱引きをしているが、熊の自分でも全く歯が立たない。


ゴロン、ドテ!


ついに男性は引っ張られ、ボートの中へと転がった。

走り出す馬。

馬に巻きつくモトクマ。

モトクマと繋がっている男性。

そして男性は、ボートにしがみつき、そのまま引っ張られて行く。


「うわぁーー!」


一行はとてもやかましい暴走ソリとなった。


次の駅到着まで、あと2分の出来事である。




「お馬さん止まってー!」


モトクマが適当に、手綱を右へ左へ引く。

当然馬は、右へ左へ進路を変える。

その結果、男性が乗っているソリボートは、横滑りしながら蛇行を繰り返す。

何度も木にぶつかりそうになりながら、気がつくと一行は二頭目の馬の方へ向かっていた。

ヘンテコな暴走ソリボートに驚いた二頭目は、幸運な事に、品評会会場方面へ逃げて行く。


「モトクマ!この調子で会場まで行こう!」


「うぇ?り、了解しました兄ちゃん!」


二頭目が脇道にそれそうになると、モトクマはわざと横滑りさせ、男性のボートを馬に近づけた。

そのタイミングで男性は、ガォーと威嚇する事で馬の進路をコントロールしていく。

2人は見事、三頭目の馬もこの要領で追い込んで行き、飼い主の家付近まで戻ってきた。


「よし、モトクマ!この感じで家を通過して、会場まで行くぞ!先に行った飼い主さんが待ってるから!」


「あの…。兄ちゃん?」


「なんだ?」


「飼い主さんが、まだあんな所にいるよ。」


「え?」


男性は体をのけぞらせて前方を見た。

進行方向中央に、細いタケノコを抱えた飼い主がいる。


「危ない!よけろモトクマ!」


しかし、モトクマが手綱で指示をする前に、馬達は飼い主を見つけて三頭とも自分で避けた。

だが制御の効かないボートは、急に避ける事はできない。


「あーー!」


横滑りしたボートは飼い主にぶつかり、ネマガリダケが中を舞う。

飼い主さんは大丈夫だろうか。

猛スピードで走るボートにしがみつきながら、男性は急いで振り返って道を見た。


(「誰もいない??」)


すると男性のすぐ後ろから、聞き覚えのあるなまりが聞こえてきた。


「はた!これ、おらいの船でねぇか?」


「乗っとる!?」

「乗っとる!?」


モトクマと男性の声がそろった。


駅到着まであと1分弱の出来事である。





「こんなに傷だらけになってー。熊さんに弁償してもらうべやー。」


すみませんとぺこぺこする男性の一方で、モトクマは「大丈夫、仮想空間だから。駅着けば大体リセットされるから。」とメタイ発言をしている。

確かに、よく考えてみれば、この人は存在しない。

しかし、こんなにもリアルな見た目をしている。

その上、昔話はおそらく実在した人物がモデルになっているはずだ。

実際生きていた人のデータと、今自分は話している。

男性は仮想空間だとは分かっていても、なんとなく無下には出来なかった。


「でもまぁ、釣りは副業の中の一つだし、いい事にするべ。」


「え?ねーねー、飼い主さんって仕事いっぱいしてるの?」


モトクマが食いついて来た。


「馬の飼育、釣り、山菜採り、畑、田んぼ、マタギ…。季節に合わせて色々やってるんだ。」


「人間ってさー、動物・植物を狩るだけじゃなくて、育てたりもするよねー?めんどくさくないの?」


「んだ、確かにな。でも生き物育てる農家だものしかたねえべ。地道に少しずつ。地に足付けてやっていくしかねえべな。」


「へー。地に足つけて…。人間って粘り強いんだね。生命力すごいやぁー。」


モトクマは感心してうなずく。


「というかご主人、マタギもやっていらっしゃるのですね?どおりで適応力があるわけだ。」


「ん?兄ちゃん、マタギって適応力すごいの?」


「モトクマは知らないか?“旅マタギ”って言葉。」


「え?知らない!もうちょっと詳しく教えて!」


初めて聞く単語に、モトクマが少し動揺しながら聞き返す。

まさか、生前この辺りの山に住んでいた人間オタクの自分が、“マタギ”関連で知らない事があるなんて!

モトクマは若干ショックを受けていた。


「旅マタギって何?適応力とどう関係が…?」


「あ!危ない!どいてくださーい!」


男性の急な慌てぶりにモトクマはハッとし、前を向く。

一行はすでに品評会会場に着いていたのだ。

広場には数十頭の馬と、飼い主らしき人間が沢山いる。

そして今まさに、自分達はその集団の中へ、全速力で飛び込もうとしている所であった。


「こらー!危ないだろうが!」


一行にひかれそうになった地元民が怒って声を荒げる。


ガタン、ガタン!


人はひかなかったが、何かの道具をひいてしまった。


ガタン、ガタン!


よく見れば、この広場には大小様々な石が転がっている。


「モトクマ、馬から離れろ!ボートを減速させなきゃ。」


男性の指示を聞き、馬に巻きついていたモトクマが離れる。

がしかし、指示をするタイミングが遅かった。

すぐ前方には熊の様に大きな石が見えた。

速度もあまり落ちないまま、制御の効かないボートは真っ直ぐに進んでゆく。

飼い主が育てた3頭のうち、2頭は華麗に避けた。

パカラッ!パカラッ!と、大地を踏む音が力強い。

続いて、ボートを引っ張っていた1頭は、大きな石を力強く踏み込んで、天高く飛んだ。

石に爪痕が残るほどの強靭な脚と筋肉が、太陽に照らされて美しく輝く。


「すげー。」

「生命力の塊。」


会場からは、驚き混じりの声が上がった。

続いてボートも、石の所まで来た。

当然、馬達の様に華麗に避けられるはずもない。


「ぶつかるぅ~!」


石と衝突したボートはお尻を浮かせ、男性・モトクマ・飼い主は、宙に投げられた。

ボートの中にばら撒かれていたネマガリダケが、ここでも宙に浮く。

男性は、本日2度目の事故だなと思いながら宙を舞っていた。

まただ。

どうも事故ると周りがスローモーションに見える体質らしい。

馬達の足音も、徐々に低音のスローに聞こえる。


パカラッ…パカラッ…!


バ…カッ………バ…カッ………!


ゴガ………ゴガ………。


ガタン……ゴトン……。


ガタン………。


ゴトン………。


馬の足音はいつの間にか、停車寸前の電車の音へと変わっていた。

そして男性は白い光に包まれ、あたり一面真っ白になっていく。


「時間になっちゃったね。」


二人は秋田の昔話、駒爪石(こまづめいし)から強制退場となった。

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