第3話 けもニキ、人間界を目指す。

「終わった…。」


不思議な色の青空を眺めながら、男性が呟いた。


「いや!まだ人間に戻れるし、まだ天国でもないよ!お兄さん!」


モトクマが慌てて視界に入り、大きく手を振る。


「まだ?」


て事は、いずれは人間に戻れなくなるという事なのか。

ここが天国でないのなら、いったいどこなのか。

説明を求められているのを察したモトクマは、なるべく笑顔をキープしながら話した。


「まずはこの場所についてだね。ここは天国と人間界の間の世界だよ。まあ、地球には人間以外にも沢山の生き物がいるから、人間界っていう表現は違うのかもしれないけどさ。お兄さんに分かりやすく説明するとそういう事だよ。要するに、あの世とこの世の境目ね!」


「三途の川的な所か。」


納得はしていないが、理解はできた。

モトクマが、大体そんなもん!と頷いた。


「たまにあるんだよね、境目の世界と人間界が繋がる事。僕が乗ってたの、人間界行きの電車だったしなー。なんか、人間界で時空の歪みが起きたりしなかった?デジャブとか…。」


「デジャブ…。ああ、あった!」


男性は事故の前を思い出し、大きく頷く。


「やっぱりね。僕の予想なんだけど、お兄さんが列車を見れたのは死の間際だったから、意識が繋がりやすかったんじゃないかなー。僕も体乗っ取りやすかったし!」


モトクマが親指を立てて、ポーズをする。


「グッド!じゃねーよ…。」


反射的にツッコミつつも、モトクマのしたことがどれだけありがたい事かは分かっていた。


「その…。ありがとな。」


両手の指を組んだりいじったりしながら言う男性を見て、モトクマは意地悪そうな顔をやめた。

そして、優しい表情で問いかける。


「お兄さん。人間界に戻りたい?」


「もちろんだよ!まだ死にたくないね。」


男性が、ぎゅっと指を一本握っている事にモトクマは気付いた。


「そっか…。」


ほほ笑み…いや、泣いている?

自分が言った感謝の言葉に感動してくれているのだろうか。

にしてはちょっと落ち込んでいるようにも見えるのだが…。


「わかった。お前、俺と離れるのがさみしいんだろう。」


意地悪そうな顔で笑う男性を見て、モトクマがクスリと笑う。


「なーんだ。バレちゃったー?」


モトクマの本調子が戻ってきた。


「よーし!僕が兄ちゃんを人間界に帰してあげるよ!」


まかせなさいと、ポンと胸をたたく姿は、小さいけれども心強い。

自分は天国の一歩手前にいる。

あまりにも状況が悪すぎると、逆に面白くなってくるのか。

よく歌や本で“幸せは君次第”みたいなフレーズを目にする度にどこか引っ掛かってた自分だったが、今なら少し分かる気がする。

男性は、こんな状況下でわくわくした気分になるなど、思ってもいなかった。


「何、にやにやしてんの?作戦会議始めるよー?」


モトクマは落ちている石を拾い、この世界の道路に落書きを始めた。




モトクマ曰く人間界へ帰る方法としては、天国近くの駅から発車している、地上行きの電車に乗車すればいいとの事だった。

先ほど男性が見た、あのくまどり柄車両らしい。

どうやらあれには神様のまじないがかけられているようで、あれに乗らなければ人間界への最寄り駅までは到達できないようだ。

したがって男性の、線路沿いをひたすら歩く案は却下された。

では、地上行きが発車する天国近くの駅へはどう行けばよいのか。

男性の問いに、モトクマは電車を7本乗り継ぎすればよいと答えた。


「よかった。人間界に行く方法は存在するんだね。」


戻る方法は無い!とか言われたらどうしようかと、男性は内心ひやひやしていたのだ。


安堵した男性は、次に人間への戻り方を聞いた。

これに関してはあまり前例が無く、モトクマも自信は無いようだった。

モトクマが憑依して体が変化した事を考えると、憑依をやめれば元に戻るのではないか。

まず二人はこう考え、お互い距離的に離れてみた。

しかし、結果は失敗。

モトクマのしっぽが、どこまでも伸びるだけだった。

次に、モトクマのしっぽを引っこ抜いてみようとした。

やはり、結果は失敗だった。

引きちぎったり、噛みちぎったりしようともしたが、モトクマが絶叫するだけである。


「やっぱり人と結んだ縁は、なかなか切れないもんだなぁー。神様の力が無いと無理かなー?」


「そうだ、神様に頼んで戻してもらえばいいんじゃん!存在するんだろ?神様。」


「いるけどさー、そうめったに会えるお方じゃないんだよ?忙しいから基本神殿にいるし。入り待ちや出待ちすれば会えなくもないけど。神殿って境目の世界じゃなくて、天国にあるからね?兄ちゃん天国に足踏み入れると、死亡確定だからね?」


「うっ…。だめか。」


「やっぱり、僕が未練無く成仏できれば兄ちゃんの体から抜け出せるのかなぁ?」


「それだ!」


急に大きな声を出した男性に、モトクマは驚いて飛び跳ねた。


「ホラー物の定番じゃん。何ですぐ思いつかなかったんだろ…。てか、モトクマって未練とかあるの?」


急にモトクマが、もしもじし始める。


「あのね、ホントは無かったんだけどね、無いから天国に行けたんだけどね、今日出来たんだけどね、出来ると思ってなかったんだけどね…。」


何を言いたいのかがさっぱり分からない。

そして、なぜもじもじしているのか。

男性は、声を大きめにして問いただしてみる。


「結局どっちなの?未練。あるの?ないの?」


「あ、ある!」


「それは何!」


「人間大好き!人間を知りたい!」


モトクマは、真っ直ぐな目で男性を見た。


「兄ちゃんの事が好き!兄ちゃんの事知りたい!」


相手が得体の知れないお化けとは言え、こんなに真っ直ぐ「好き」と言われれば、こちらの方が恥ずかしくなってしまう。


「お、おう。…よし。俺の事が知りたいんだな!分かった、モトクマの質問にはなんでも答えてやる。」


「ん?今、なんでもって言った?」


モトクマの表情が変わった。


「じゃあ、キャッシュカードの場所と、番号をお聞かせ願いますか?」


「言わねーよ?」


メモを取るふりをするモトクマが、えー!と、残念そうな声を出す。


「てか、まじめに!俺の何を知りたいんだよ。」


「んーとね、兄ちゃんの事もだけど、人間ってどんなか知りたいんだ。生活とか、考え方とか。ほら、人間ってヘンテコで、面白い生き物でしょ?」


お前には言われたくないと思った男性であった。


そんなこんなあって、話し合いの結果、とりあえず男性が人間界に帰るまでの間“人間の話をたくさんしてみる”という事になった。


なんとも、ふわっとした作戦ではあったが、現段階で出来る事がこれしか思いつかないのである。

成功するかしないかを座って話しているよりも、まずは行動してみようという2人の判断だった。


こうして2人は、とりあえず駅に向かう事にしたのである。

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