第2話 けもニキ、クマの幽霊に助けてもらう。

体全体が痛い。

とても動けそうにない。

男性は目をつむり、道路の真ん中でうずくまっていた。


「ねーねー大丈夫?」


幼い声がする。

男の子なのか女の子なのかは、よくわからない。

痛すぎて目が開けられない。


「ごめんきみ、大人の人に救急車呼ぶように言ってくれないかな。」


すると幼い声は、微笑みながら元気に答えた。


「大丈夫だよ。この世界では肉体的なケガはしないから!」


(は?何を言っているんだこの子は。)


男性は少しイライラしてきた。

いくら子供でも、この状況を見れば分かるだろう。

30すぎの男が痛みでこんなにもだえて…。


「…。痛くない?」


男性は目を開け、眉間にしわを寄せた。


「ほらね、言ったでしょう?」


寝ころんだまま声のする方へ顔を向けてみると、白い小さなお化けが目と鼻の先に漂っていた。


「どわぁーっつ!」


驚いた男性は上半身を起こし、座ったま2~3メートル後ずさりをした。

が、男性とお化けとの距離は離れなかった。

よく見ると、お化けの尻尾みたいなものが、自分から出ている。

風船のひもを持って移動するような形となっただけだった。


きっと目がおかしくなったのだ。

メガネを取って目をこすった男性だったが、すぐにメガネをかけ直した。


「手が…く…ま?」


一気に血の気が引いていく。

辺りを見回し、水たまりを見つけた男性は、お化けを引っ張りながら駆け寄った。

小さな水たまりでは、はっきりとは見えないがこれだけは分かる。


メガネをかけたクマがいる!


「はぁ…マジか…。」


男性は、ぺたんと腰を下ろした。


なんかもう、自分の脳みそが追い付かない。

ダメだダメだ。

こういう時こそ冷静にならなければ。

以前よりもだいぶ高くなった鼻をフルに使って深く息を吸う。

少し止めて、ゆっくりと口から吐く。

少しでも多く、酸素をとれるように。

少しでも早く、冷静さを取り戻せるように。


数回深呼吸を繰り返した男性は、お化けを少し睨んで問いかけた。


「君、誰?というか、何?」


幽霊とかお化けとかよくわからないが、自分の勘が言っている。

いくらマスコットみたいな見た目をしていても、

こういうやつらには気を許してはいけない。

笑いながら自分の頭をぱっくりいく可能性だってある。

きぜんとした態度をとらねば…。


「ちょっとちょっとー、命の恩人に対して冷たくない?」


「恩人?助けてくれたって事か?」


男性の構えが少し和らいだ。


「僕は、元クマの幽霊なんだ。電車で人間界に行く途中だったんだけど、窓からお兄さんが見えてさー。お兄さんの体じゃ事故の衝撃に耐えられないと思ったから乗り移ったんだ!ナイスフォロー僕!」


(こいつ、良いやつなのか?)


となれば、対応を変えなければならないと男性は思った。

丁寧に接しなければ、祟られるかもしれない。

それに、見た目的にそうだろうとは予想していたが、やはりクマであった。

この辺の山に住んでいたのだろうか。

野生とペットは違う。

いつ噛みついてくるか分からない。


「それは、どうもありがとうございました。クマさん。」


男性は軽く会釈をした。

しかし、クマの幽霊は口をぷっくり膨らませて急に不機嫌になった。


「元クマね!それに敬語じゃなくていいよ。お兄さんは人生の先輩なんだから!」


「はあ…。」


(“元”というか今もクマの形してるじゃねえか。)


というツッコミは恐らく彼にとって地雷なため、飲み込む事にした。


「それじゃあモトクマくん、早速で悪いんだけどこの体戻してくれない?帰りたいんだけど。」


楽しそうにふわふわしていたモトクマの動きがぴたりと止まる。

続けて男性は辺りを見回しながら問いかけた。


「あと、ここ。さっきまでいた場所の様で違うでしょ。詳しくは分かんないけどなんか雰囲気が違う。まさか、俺ら天国にいるとか言わないよね?」


「…えっ!?」


「は?」


沈黙が流れた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る