第4話 ユメノ鉄道の役割

2人は近くの無人駅まで来た。

見た目は人間界の無人駅とほとんど変わらない。


「あ、そういえば、電車ってお金必要?」


男性が不安げに確認する。

熊へ変身した時に、肩からかけていたカバンと服が消失してしまい、今は一文無しなのだ。

結局、今日1日で形状が無事なのはメガネだけである。

なぜだろう。

買ったばかりで、まだ自分の物だという認識が薄いからだろうか。


「もちろん、電車を利用するにはお金がかかるよ!」


「ですよねー。今持ってるのメガネしかないんだけど、どっかに質屋ある?」


男性はメガネをとって、傷などが無いか確認し始めた。


「大丈夫、大丈夫!運賃は稼げるから!ユメノ鉄道は、人間界のローカル線とは少し違うんだよ。」


モトクマ曰く、この世界の電車は幽霊を運ぶ以外に、人の願いや祈り、夢なども載せて天国へ走るらしい。

この世界に電車ができる前は、思いが強い願いしか天国まで到達することが出来なかったようだ。

しかしそれでは、願いを叶えられる案件の数が少ないため、人間界を良くしていくのに時間がかかってしまう。

そこで、大小様々な願い・祈り・夢を、いっきに天国まで運ぶために導入されたのが、この“ユメノ鉄道”である。

どうやら、見た目などは人間界にあるローカル線を参考にして作られているらしい。

開業当初は人々の願い等を積み込んで、そのまま天国の神様まで運んでいたのだとか。

しかし近年では文明の発展に伴い、人々の願い・祈り・夢が、多種多様化してきた。

そのため、天国の仕事の量が増え、神殿に勤める者達だけでは対処しきれなくなったようである。

そこで打開策として考えられたのが、業務の一部を一般幽霊へ委託するというものであった。


“夢を叶える”という仕事は行程が何段階かに分かれており、この世界ではよく料理に例えられるのだと言う。


1)まずは注文。

人間達の願い・祈り・夢などの意思が天へ向けて発せられる。

例を挙げると、恋する女の子の「王子様と結婚したい」がこれである。

2)皮をむいたり実を取り出したりする、下処理。

注文を受けると見習い達が、願いという材料を解体・分解して、中にある本質を取り出す。

例えば「王子様と結婚したい」というぼんやりとした殻を取り、「誰に対しても優しくて誠実な、私にとっての王子様とお付き合いしてみたい」という真に願っている事を取り出す。

3)調理。

取り出した食材に一番合う人生のスパイスを選び出し、合わせる。

例えば、素敵な男性と出会わせるために、急な転勤・転職・転校等をする事になる。

4)料理を席(人間界)まで運び、注文の品がこれで良いか確認する。

「ください」と決断して言うことができれば食事ができ、満腹になる事ができる。

例えば、素敵な人が会社の同じ部署や、同じ部活などといった、手を伸ばせば届く距離まで来る。

最後は自分の決断により、告白またはお返事をするかどうかで、満足できるかが決まる。

料理をもらうか、断るかは自由である。

ちなみに、鈍い人間の場合は目の前に料理が来ても、いくら美味しそうな香りがしても気づけずに、スルーしてしまう場合もある。


以上、大きく分けると願いを叶えるためには4つの行程がある。


そして、一般幽霊へ委託される事になった業務は、2番の“下処理”の行程である。

つまり、願いという材料を解体・分解して、中にある本質を取り出すというものだ。


「ここまではOK??」


モトクマが男性に確かめる。


「うん、おそらく。」


なんだか料理の話に気が取られそうだが、要するに、「人間の考えを解読する仕事がある」と言うことだ。


「それでー、その、解読バイトはどこでやんの?無人駅の中?」


「駅では適当に夢のかけらを調達して、仕事は電車に乗っている最中にやるよ!」


「かけら?調達?」


さっきから説明を沢山受けているが、まだまだ説明が必要な事がありそうである。

今日一日で一気に不思議な事があったため、さすがに疲れてきてしまった。

男性の小さなため息を聞いたモトクマは説明モードを中断した。


「まあ、やってみたほうが分かるよね?」


そう言いながら、男性の頭をポンポンと叩いて励ます。


「よし!じゃあ、早速無人駅の中に入ってみよう!」


2人はホームの横に設置された小屋の扉を開けた。

中には簡単なベンチがあり、何やら小さな物が転がっている。


「これ、石か?」


男性は一つを手に取ってまじまじと見た。

すべすべした川の石に、絵が描かれている。

ざっと見た感じ、同じ絵は無い。

サッカーボールの絵や野球の絵。

鉛筆、ハートマーク、おにぎり…。


「どれかひとつ選んでみて!」


モトクマが石の上をスイーっと漂う。


「え?って事は、これが人間の夢?」


「そう!夢のかけらだよ。“いし”のかたまり~。例えばこの石は“サッカー選手になりたい”だねー。」


石で遊ぶモトクマを横目に、男性は小屋の中の石を端から見てまわった。

どの石でもいいのなら、モトクマの成仏に繋がる様なものを選びたい。

どこかに人間の心を深く知る事ができる石はないだろうか。

重なっている石をずらしながら考えていると、男性の目が一つの石の前で止まった。

他の石よりやや大きいサイズのそれには、絵が描かれていない。


「この絵が無い石も、夢のかけら?」


男性はモトクマに確認してみた。


「ああ、それは石の絵が描かれた石だよ。」


モトクマは近づいてゆびをさした。

よく見ると、石の柄が違う所がある。


「石の夢って何?採石場で働きたい人?」


「そういう人もいるけど、これは違うね。これは七不思議石って言う、昔話だよ。」


「え?人間の夢や願いだけじゃなくて、昔話もここに混じってんの?」


少し不思議そうな男性の質問に、モトクマはまじめ気味に答える。


「いや、昔話は人間達の“後世まで伝えたい思いや願い”のかたまりよ?何世代にもわたって地域全体で共有されるから、有名な昔話だと“思いのエネルギー”が強くて自力で天国まで飛んでくんだけどねー。」


「て事は、ここにあるのは有名じゃ無い昔話?」


「そうそう。人間界のこの辺りの山には7箇所に大きな石があってね。それぞれに名前と昔話が付けられているの。全部別々の話なんだけどね。地域住民はまとめて“七不思議石”って呼んでるみたい。」


なるほどとモトクマの話を聞いていた男性は、これはチャンスだと思った。

田舎に伝わる昔話であれば、おそらく地域の生活に密着した内容である可能性がある。

モトクマの未練は“人間を知りたい”だ。

“サッカー選手になりたい”という夢を解読するより、こっちの方が人間を知る事ができるだろう。


「モトクマ。俺、これにするよ。」


男性の選択に、モトクマは少し驚いた。


「へー兄ちゃん変わってるね?その石は目立たないから、ずっと駅の片隅に残ってたんだ。」


モトクマが石に近づき、様々な角度から観察する。


「でも、丁度いいかもね。これは一つの石に七種類の願いが入ってるし。目的地までは7つの電車を乗り継がないといけないでしょ。一つずつ解読していけば、目的地に着く頃には全部終わってるね。」


モトクマは親指を立てて、GOOD!とポーズをした。


「よし、じゃあ決まりだ!」


二人は石を持って外へ出た。

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