8
怪物が笑いながら、通路からやってくる。
記憶で見た通りの………いや、それ以上の気味悪さでやってくる。
「な、なん、なの、アレ」
美妃先輩は記憶を見ていない分、初めて怪物を見て、言葉を詰まらせながら喋る。
妹さんの真珠さんは、見ないように京介の背中で顔を隠していた。
「ほら、呆けてるの? 鬼ごっこはもう始まってるんだよ」
シンパンの言葉にすぐに反応できたのは、俺と京介のみ。
今にも腰を抜かしそうな先輩を背に背負い、走り出す。
「マジかよ。アイツ気づいて待ち伏せしてたのかよ!」
走る俺たちは、来た道とは逆の道へと走り出す。
「ここのマップは頭の中に入ってる。そこを右!」
走り出し、逃げる俺たちを、
「gsけいcっhgskfjしぇjkhdkdb」
訳の分からない叫び声を上げ、追いかけてくる。
「うんん、どうやら1度認識されたら終わりみたいだね」
「どういう意味だよ!」
少しでも体力を削らないように、極力喋らない俺の代わりに訊き出す京介。
「ほら、僕は認識されないって言ったじゃないか? でも、アイツは今僕を認識している。多分、そこの彼女と、ここに来たからなんだろうけどね」
つまり、認識されたら終わりの使い切りの能力ってわけか。
「どうするの、慎二君?」
「馬鹿、こいつに話し掛けるな! 元々ない体力が更に無くなるだろう!」
元々ないは余計だけどな。
「ここは、ハア。ひとまず、ハア。逃げる」
「他の人たちを見捨てて?」
「見捨てない。お前がいればまたここに来れるだろう! 見捨てたりなんか絶対にしない!」
絶対に見捨てない。
全員を助ける。
それには、
「アイツを倒す」
「そう」
アイツを倒さなきゃ救えない。
あの悪虐を止め、
「そう言えば、怪物が叫んだでしょう? 何って言ったか分かった?」
は? あの訳の分からない叫びが言葉だったのか?
当然の疑問に、京介が聞きかけす。
「あれが言葉なのかよ。ってか、お前分かるのかよ」
「うん、分かるよ。なんて言ったか教えてあげるよ、慎二君」
何で俺に教える?
聞き返したのは京介なんだぞ?
別に興味なんて、
「アイツはね、『何故邪魔をする。正義を執行している途中だというのに!』って言ったんだよ?」
……………………は?
シンパンの言葉を聞き、逃げる脚が止まる。
正義………だと?
人を誘拐して閉じ込めて、逃げる人をあんな惨い殺し方をしといて、正義だと。
ふざけるなよ、アイツ。
「あんなもの正義なんかじゃあない。父さんや母さんのような行いこそが正義であって、あんな行為と一緒にするな!」
逃げている最中に、怪物に居場所が特定されるような声で叫ぶのは厳禁。
だが、叫ばずにはいられなかった。
「だよね! あんなものが同じ正義な訳ないよね! 君の両親は正義を持って行動し、正義を成して殉職した警官だものね。………じゃあ、どうするのかな? 偽の正義が目の前にいるのに、君は逃げるのかな?」
そうだ、父さんも母さんも人を守って死んでいった。ニュースやSNSでは『傲慢だ』『ヒーロ気取りかよ』『もっと他の方法があったんじゃないのか』なんて言われていたが、正義を成したんだ。
逃げる?
ああ、逃げるさ。今出来ることは逃げることしかない。
シンパンが言っていた、『世界』からの力さえあれば、あれば、
「正義を成せるのに」
力なき自分に怒りを感じる。
そんな自分の前に、シンパンが口角を上げ、
「藤慎二。世界から今言葉を預かった。だから告げる」
シンパンの目の色が黒から金色へと変わり、表情が全て抜け落ち、感情を持たないかのような顔をする。
『お前たち人間には、この現象はとても可笑しく不気味に思えるのだろうな』
目の色、表情だけでなく、声も変わっていた。少年というよりかは、女性の声、喋り方をしている。
『藤慎二、汝に問う。この奇々怪界で摩訶不思議な事象を止めてみたいか?』
今、俺が見ているシンパンはシンパンではない。多分、彼女が『世界』なのだろう。
もちろん、返答は。
「止めてやるさ」
『正義を掲げてか?』
「掲げる? 違うな」
違う。掲げるだけじゃあ意味がないんだ。
「正義は掲げるためのあるんじゃない。成すために存在するだ」
父さんや母さんのように。
『ふふふ、ならば汝に
『正しき行いを、正当な判決を。
「グッ、ガアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
彼女がそう唱えると、突然背中が焼けるような痛みに襲われる。
鋭利な物によって皮膚を裂かれているような、高温で熱された焼きごてで烙印を押されたかのような、想像も出来ない痛み。
『汝の信じた正義が誤りでないことを切に願う、11番の
彼女が目を閉じると、シンパンは大量の汗をかき始め、壁へと寄りかかる。
「………これで、君も、こっち側の、人間になったんだよ」
背中の痛みは段々と薄らいでいき、やがて何もなかったかのように消えていく。
「だ、大丈夫。背中痛がっていたけど」
痛さのあまり忘れてはいたが、美妃先輩を背負ったままだった。
「はい、すみません。驚かせてしまって」
京介は俺の方を心配そうに見るが、俺よりも酷く疲労しきっているシンパンの方に駆けつける。
先程の俺の叫びで居場所がバレたらしく、怪物が怒鳴り散らしながらこちらへと向かってくる。
「ここはひとまず逃げよう。それから考えるぞ」
京介は真珠さんを背負い、シンパンを脇に抱え走り出す。
腰を抜かしていた美妃先輩も、走れるようになり、俺たちはそのまま東京駅の外へと出た。
「………じゃあ今日は1人救出ということでいいんだね?」
「ああ。それでいい」
逃したことに怒りを感じているのか、東京駅の外だというのに怪物の怒号が聞こえる。
「何が『正義の執行を邪魔しやがって!』だ。お前のそれは正義なんかじゃない。明日だ。明日、本当の正義を見してやる」
異世界の東京駅から俺たちは姿を消した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます