第二章 第13番小隊 都市奇襲計画編

第13番小隊 都市奇襲計画 一日目





全ての日本人は『方舟』から『ポータル』を通過し、世界中の焦がれた大地に放り出された。

日本に戻ることのできた者もいれば、エジプトの砂漠に飛ばされた者も、北極の氷土に飛ばされた者もいた。


 日本人が世界中に再配置されると、ホーキングの手により、全残存人類に平等に資源と食料が配られたが、それらが長く持つわけもなく、彼の言っていた通り、原始的な強奪と食人の時代がやってきたのだった。





そうして、『食事』に地球が飲み喰われてから数十年が経過した。













「……こちらは…………こえ……か?」


赤黒い血を流して横たわる青年の腰に巻き付けられた無線機が、ジリジリと砂混じりに喋り始めた。


「くそ、傘の角度を変え…………し、それ…………しもし、応答し…………れ!」


アギトは欠けたナイフで紐を裂いて、それを拾って口元にあてる。


「ノイズが酷いぞ、どうした」

「……こちらコード、50…………む、救援要請を…………ンディットの襲撃で……」

「座標を言え」

「コード、5028! 全探索班に繰り……す、救援要せ…………が…………くれ!」


ギリリ、と音量のつまみを回して、無線機の画面に表示された周波数を胸元の手帳にメモする。


「通信が悪すぎる。 これじゃあ情報は聞き出せない。 タイミング悪いな、こんな時に『略奪者バンディット』の襲撃なんて」

「もしかしたら、俺達の奇襲計画が漏れていたのかもしれない」

「どうやって」

「どうやってって、俺達がこいつら探索班の計画を諜報したみたいに」


アギトは手帳を閉じてクチキに渡し、ふざけやがってと愚痴をこぼす。


「お前だって聞いたろ。 京都の諜報部隊の噂」

「オレ達の国にスパイが侵入してるなんて馬鹿馬鹿しい。 剥ぎとれ。 今日はもう帰るぞ」

「おい、奇襲はどうするんだ。 まだ計画は第一段階だぞ」

「これをみろ」


アギトが指を指したのは、頭部が半分抉れた青年の死体の腰みの。 そこに魚の尾のようにくくりつけられた、砂に汚れた四重の布だった。


「これを引きずって、足跡を消しながら歩いて来たんだ。 奇襲を警戒してる証拠だ。 鹵獲した無線機もうまく動かない。 こいつらが来た方向は分かるが、これでは敵の拠点を詳しく見つける術がない。 作戦は中止すべきだ」

「なあ、アギト。 これは副隊長としての意見なんだが……、小隊の安全を考えてくれるのは本当に嬉しい。 けどよ、一晩くらいここらで過ごして、無線機がうまく動き出すのを待ってもいいんじゃないか。 例の『流れ星』が昇ってからというもの、気象はおかしくなっちまってる。 雨がいつ降り出すかわからない。 国民は物資不足で困ってる。 少しくらい強引でも、計画を進めるべきだ」

「……ジュウベエ、残りの装備は」


敵の兵士の肩に刺さり込んだスコップを抜くのに試行錯誤していたジュウベエは「はい」と答えてアギトの元に駆け寄った。


「ナイフ四本、うち二本が欠損。 石刃付き刺股一本、洗剤ガス袋一つ、テトラポット爆竹二個、火炎瓶一本。それと、抜けないスコップが一本。弓は二具しかありませんが、一帯の死体から紐を奪って矢尻をくくりつける時間をいただければ、まだ戦えます。 敵部隊からは金属片の括り付けられた鉄パイプを鹵獲しました」

「食料は」

「約三日分ほど。 発火器具があるので、仏の肉も含めば五日は大丈夫かと」

「ありがとう」


ジュウベエは敬礼を見せて、スコップ抜きの作業に戻った。


「物資的に余裕がある。 戦闘はしたが負傷者はでてない。 アギト、まだやろう。 他の作戦チームにも示しがつかない」

「……わかった。 25分前に通過したビルの残骸の影で夜を越す。 クチキはサナダとテントを張る準備をしてくれ。 ジュウベエとトシは敵の死体から衣類剥ぎと解体を。 ノブユキ、発火器具で火をつけてくれ」


「「「了解」」」


「アギト小隊長、私は何をすれば」

「ユリはオレと周囲の警戒を。 明日の進行ルートの候補を出しておきたい」

「了解しました」


第13番小隊の紅一点、ユリ。

安全第一と書かれた、サイズ違いの泥塗りヘルメットを片手で抑え、瓦礫の上で望遠鏡を覗く。


「小隊長、二時の方向にあるものはなんでしょうか」

「あれは『塔』の残骸だ。」

「『塔』?」


六分目くらいで折れ曲がり、先を失った鉄塔の跡。

アギトは望遠鏡を下ろしてユリに問う。


「お前、の大戦についてどこまで知っている?」

「……当時の日本は一つの国で、大いなる海の外にある、日本よりも大きな国々と争いあった、ということしか」

「日本はあの『塔』を使って他国からの攻撃を凌いでいた……、らしい。 オレも詳しく聞いたわけじゃない。 当時生きてたやつは痴呆の老人か土の下か、弾薬にされちまったからな」

「あの『塔』を占領することはできないのでしょうか。 素材は鉄に見えますから焼き外せば加工できますし、もしかしたら兵器として再利用できるかもしれません」

「お前は天才だな、どうして今まで思いつかなかったんだろう」

「……ですよね、すいません」

「以前に別の探索班が調査した。 地上から確認できるだけでも、既にエネルギータンクには穴が空き、あらゆる設備が朽ちている。 それと、どうやら『塔』の下には大戦で使われた地下空間があるらしく、そこを『都市シェルター』にしている勢力がいるらしい。 きっと『略奪者バンディット』の巨大キャンプだろう」

「折れ曲がっていて、設備も朽ちているのに、どうして『略奪者バンディット』はそんな場所に? あんな目立つ場所では別の『略奪者バンディット』に奇襲される可能性もあるのに」

「さあな、そこらは上層部の情報規制の網に引っかかってるんだろう。 オレ達みたいな死兵には知る由もないさ」


その日は、順に見張り番をしながら無線機を待ったが、夜中に一度だけノイズが届いただけで、それ以降は黙ってしまった。

敵の足の肉を入念に焼いて、腹を膨らませ、焚き火をランタンに移し、その夜は静かに寝た。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る