第177話 一人、ただ漠然と思うのは。


 LEDランタンを置いたテーブルの上で、輪太郎が作ってくれたキノコ付き苔玉を百均のミニ鉢植えに植え付け、小さい人形を添えて完成。木じゃなくてキノコだから盆栽と言うにはややファンタジー感がある。


 ここ五日ほど忠太達が学園の図書館でサイラスの手がかりを探してくれている時間は、大抵こうして輪太郎と盆栽もどきを作っているものの、輪太郎は喋れないから一緒に作業をしていても静かなものだ。


 禅の心とか侘び寂びはあんまり分からないけど、フリマサイトで和風アニメやマンガのファンがキャラの人形用に和箪笥を売っているのを見て、こういうのも需要があるのでは? と思って作り始めてみたのだが、これが結構楽しい。ちなみに植わっているキノコは暗闇でぼんやり光る。


 忠太が調べたところによるとヤコウタケに似ているとのことだったが、通常寿命が三日しかないヤコウタケとは違って、輪太郎のくれるものは萎れない。ダンジョン産だから特殊なのかもしれない。鉢の色違いを幾つか作って、近々ミニチュア家具の装飾品として売り出そうと目論んでいる。


「ふー……こんなもんかな。どうだ輪太郎、これなら売れそうか?」


 次の盆栽用の苔玉を作っている輪太郎に今し方完成したものを見せると、本体をくるくると回して全方向から眺める。小さい子供の見た目な割に職人魂があって結構頑固なところもあるから、輪太郎のチェックを抜けたら商品として出しても恥はかかないだろう。たぶん金太郎の系譜を色濃く継いだんだな。


 結局合計六つ作った鉢のうち、一つを除いて合格。弾かれた一つは分解して輪太郎が食べた。食べられた素材はそのうちまた生えてくる。どういう構造なのかは分からないが便利だ。光るキノコは十本も揃えば本くらいなら読めるので、ちょっと大きめな苔玉を作って幻想的なブックライトにしても良いかもしれない。金魚鉢に入れて寄せ植えっぽくして、鹿とかウサギのミニチュア添えたら映えそうだ。

 

 その後もさらに少しだけ大きめの盆栽もどきを作り、輪太郎のお眼鏡に適うものを選定してもらったところ、次に必要な手引書についてうっすらと察しがついた。ミニチュア模型の本を買おう。廃車とか廃墟のオブジェを置いたら絶対良い。


「キリも良いし、ちょっと休憩するか。輪太郎のお茶請はこれ。今夜のはあんまり食べすぎるとアルカリ性に寄っちゃうやつだから、食べ過ぎは禁止な」


 夕方に注文しておいた固形肥料の小袋を渡すと、早速嬉しそうに封を切ってくれとせがむファーム・ゴーレム。切り口を引っ張って保存チャックを開けたら、あの固形肥料特有の香りが鼻をついた。それを小皿に開けてやれば、すぐに土で出来た手が横から伸びてくる。


「美味いか?」


 咀嚼するのではなく、ラムネ菓子や飴を唾液で溶かすみたいに食べるらしい輪太郎に尋ねると、コクコクと何度も頷いた。その答えに満足して私も魔法瓶に淹れておいたホットコーヒーを飲む。ネットスーパーで見かけたカニ雑炊(米入り)の缶飲料は、腹に溜まりそうだし興味はあったけどイロモノすぎたから敬遠した。

 

「…………静かだな」


 ぽつりと零した声に輪太郎が小首を傾げる。次いで小皿を差し出されたものの、お気持ちだけ頂いて丁重にお断りした。目蓋を瞑ると、森を渡る風の音が聞こえる。この五日間こうして忠太がいない時間を過ごしていると、時々とても不安になっている自分がいた。サイラスの相棒の名前を探すように依頼したのは私なのに勝手な話だ。


 先に寝ていろと言われても、翌朝目を覚まして隣に輪太郎しかいなかったらと思うと怖い。スマホもない、忠太も金太郎もいないでは、この森から出て街を目指すまでの道程すら危うい。


 前世だとこんな時間は当たり前だったし、何とも思っていなかった。むしろ次のバイトまで静かに寝れるくらいに思ってたはずだ。それが転生してからというもの、ハツカネズミの姿でも人型でも、忠太と離れて過ごす時間はほとんどない。金太郎と離れる時間はあっても、忠太と離れることは絶対になかった。これが――。


「寂しい……ってやつか」


 部屋に明かりがないわけじゃない。輪太郎がいてくれるから一人ぼっちとも違う。でも説明のつかない空洞に飲み込まれそうになる。この五日間でサイラスがこれまで感じてきた孤独感を感じるには程遠いのに、それでも寂しいと感じてしまう。そもそもサイラスと忠太が仲良くなりすぎだ。守護精霊同士のあるある話や、サイラスの失敗談の半分以上を忠太が秘匿するのにも疎外感を感じる。


 前世なら何も感じなかった一人の時間に意味を見出すなんて妙な気分だ。時計がないからぼんやりとしか時間の概念がない。だから不安になるのだろう。


 学園内で巡回している警備員に見つかって捕まった? それとも駄神の気まぐれで何か面倒事に巻き込まれたのか? そんなよくない状況が頭を過り、慌てて首を振る。


「……昨日より帰って来るの遅いんじゃねぇの」


 そう呟いて魔法瓶の口から立ち上る湯気にふーっと吐息を吹きかけたその時、パッと室内が光に包まれた。咄嗟に目を庇って顔を背けたものの、次の瞬間トッと身体に微かな衝撃を感じて。目蓋を開けば足許に小さな白い毛玉が引っ付いていた。その毛玉は一緒に戻って来たクマのマスコットが背負う巾着に戻り、その中で一瞬ごそごそしたかと思うと、すぐにまた這い出してくるや否や、グンッと目線が追いついた。


「ただいま戻りましたマリ。起きていてくれたのは嬉しいですけれど、もう四時ですよ。先に寝てて下さいと言ったじゃないですか」


 そう言って困った風に眉根を寄せる相棒の肩に拳をお見舞いして、何でもない風に「もう寝ようと思ってたとこだって」と返すのは、何だか少しバツが悪い。とはいえ今日も無事に帰ってきたことに内心でホッとしていたら、テーブルの上にある新しい苔玉を見た忠太が「また作ったんですね。可愛いです」と笑う。


 金太郎はといえば、さっきの輪太郎同様に周りを一周して出来栄えを確認している。お、頷いてるってことは合格っぽいな。輪太郎の頭によじ登って撫でている。弟子扱いだな。


「それで忠太、今夜の首尾はどうだった?」


 五日間くり返してきた質問にきっと今夜も肩を落とすだろうと慰めの言葉を準備していると、忠太が申し訳なさそうな顔で巾着の中からスマホを取り出し――……。


「それらしい名を見つけましたよ。画面が暗くて見えにくいですが」


 シレッと直前まで浮かべていた悲哀の表情を引っ込めて、満面の笑みを浮かべながら写真のファイルを開いてくれたが、それを見る前に忠太の鳩尾に軽く突きを入れた私は悪くないぞ。

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ナイナイ尽くしの異世界転生◆翌日から始めるDIY生活◆ ナユタ @44332011

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