第176話 一匹と一体、夜の図書館へGO!
草木も眠る丑三つ時……ではないけれど、街でも明かりが点るのは酒場くらいな深夜十二時。森であれば尚更のこと外は闇一色に塗り潰されている。こんな中で活動しているのは夜行性の動物と魔獣だけだろう。
――とはいえ、ここ五日ほどはわたし達の活動時間でもあるのだが。
「それじゃあ今夜もよろしく頼むな忠太、金太郎。くれぐれも危ない真似はするなよ」
すでに昨日にはなるものの、日課となっているダンジョンでの探索と新製品の開発で疲れているはずのマリは、生成りの服に黄色いレインコートを羽織った輪太郎と手を繋いで、そう心配そうに声をかけてくれる。ちなみに輪太郎の服はフリマサイトで以前もお世話になったカノンさんお手製だ。
いくらゴーレムとはいえ、身体が砂で出来ている輪太郎にとっては雨が一番の大敵だろうという見解の一致はあったものの、レインコート用の生地を縫うのには技術が足りないからとマリが注文した。某スマホゲームのマントに似せてほしいとの要望を忠実に再現してくれている。
ただ何故か親株(?)となったファーム・ゴーレムとは異なり、輪太郎の持つキノコは傘の部分が赤い。食用に向く色かどうかは別として、花冠のように頭上を彩るそれはマリが彼のために作ったレジン製の宝玉と相まって、トータルコーディネートとしては完璧だ。
ちなみにレジン製の宝玉にはそれぞれ水属性の魔石の粉と、火属性の魔石の粉が練り込まれている。苦手な属性の威力を半減させるそれらは、両の耳朶と手の甲に埋め込まれており、額にのみ輪太郎の固有能力を引き立たせるため、土の属性である宝玉を埋め込んであった。
「ええ、勿論です。場所の目星はサイラスのおかげで最低限ついていますし、今夜こそ金太郎と一緒に彼の守護対象者の名前を持ち帰ってみせますよ」
「だから気負うなってば。そういう状態が一番ヘマをしやすいんだぞ? やっぱ私も一緒に行った方が……」
「その間に輪太郎に何かあったら大変でしょう。それに探索の時はハツカネズミ姿になって行いますから、夜目も利くので光源は使いません。もしもの時だって、この五日間で食べきったキノコのおかげで憶えた新しい攻撃魔法がありますから大丈夫ですよ。だから――、」
これ以上このやりとりをする時間が勿体なくて会話が途切れたのではなく、単純に人化に使っていたポイントが消費されてしまったことによる会話終了に、マリが「そういうとこだぞ忠太」と笑う。するとやれやれと肩をすくめた(ように見える)金太郎が、潜入用に遮光布で作った巾着からスマホを取り出して縮んだわたしの前に立てかけてくれる。
【まぁ こういうことも あります それより りんたろう まりのこと たのみますよ】
失態を誤魔化すために打ち込んだ文面を見た輪太郎は、両手で大きく頭上に丸を作った。それを見たマリが「いや、流石に輪太郎に庇われるのはちょっとあれだし、大人しく留守番してるよ。な?」と、丸を作る輪太郎の手をやんわり解いて自身の手と繋ぎ直す。その光景が少し羨ましくもあったものの、時間は有限だ。
【では いってきますね ふたりは まってなくて いいので ねてて】
そう言いたいことだけ打ち込んだあとはわたしが乗ったスマホを金太郎に持ち上げてもらい、画面の地図から転移ピンを打ってある王都の学園をタップして現地に飛ぶ。毛が逆立つ感覚をやり過ごせば、そこはすでに深夜の学園の図書館だ。
埃とインクと紙の匂いがしんとした暗闇に広がり、まるでこの空間全体が一冊の古びた本のようである。当然ながら人の気配はない。ただ数時間前まで見回りされていたのだろう、火を消した蝋燭の匂いが置き土産の如く漂っている。遮光布の巾着内で腹這いのままスマホをスリープモードにしたら、頭だけ巾着から出して担いでくれている金太郎の頭をつついて発進の合図。
そうすると金太郎は前夜調査途中だった書架の前まで迷いなく一気に駆け抜けていく。羊毛フェルトの足は隠密行動に向いている。ハツカネズミは軽いとはいえどもどうしても爪の小さな音がするのだ。こういう吐息一つでも聞き取れそうなほどの静寂の中では命取りである。初日は勝手が分からず、潜入時間も早すぎたために危うく見回りの人間に見つかるところだった。
小さな身体は空を飛ぶようにぐんぐんと暗闇を進む。巾着に潜っていなかったら振り落とされそうだ。夜目の利く視界の端を、魔法歴史学、魔法職具史、従魔との共存、精霊信仰、大陸採取地理学などと書かれた書架が通り過ぎていく。ネズミの動体視力でないと見逃しちゃうねと言いたいところだが、どれも興味はあるものの、探しているのはこれらの大きな書架ではない。
サイラスの送ってきたPDFにあった失敗談にもあった書架は、当時はまだ辛うじて学生が読めるよう図書館の一番端に分類されてあったそうだが、現在はゴーレムに関して記した書物の少なさから希少本として貸出不可の特別区域に分類されている。時代が変わるとはそういうことなのだろう。
図書館の中にあるそこだけ物々しい鉄格子がはまったドアは、人間であれば鍵が必要になるものの、ハツカネズミのわたしと羊毛フェルトの金太郎、立てれば通せるスマホの前には無意味。巾着から出て金太郎とスマホを立てて鉄格子をすり抜け、お目当ての書架の前に辿り着いた。
ゴーレムと地学の関連書架はたったの一連。冊数にしても他の学問の蔵書と比べれば大したことはない。けれど問題は人化すれば警報機に引っかかるために、ハツカネズミの姿で探さなければならないということだ。
スマホを書架に立てかけた金太郎が軽くフォームを確認し、こちらを向いて頷く。わたしも身体に尻尾を巻き付けて準備完了だと伝えた。昨夜までの到達段数は下から四段目。書架の棚は全部で八段。ネズミの背丈では二段目から落ちても即死の高さだ。
ふわりと直立させた身体が地面から僅かに浮く。金太郎がわたしを持ち上げたまま後ろに数歩下がって助走をつける。この次に来るであろう衝撃に備えて身を固くした瞬間――……。
「ヂュッ゙ッ――!?」
圧倒的な重力と共に豪速で近付く五段目に漏れた声が、無人の図書館の闇に飲み込まれた。
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