第174話 一人と一匹、ゴーレムチャレンジ。
相棒を失った過去は話し辛いかもしれないというこっちの心配は、説明開始直後にあっさり裏切られた。
『〝あの子は地学学者でした。ただ残念ながらこの世界は
――というような話を皮切りに、それまで大人しかったファーム・ゴーレムが自身の身体から教材用として土を分けてくれた。手触りは水を足しすぎてちょっとダレた紙粘土と、夏場に水を抜いて一週間放置された田んぼの泥の間くらいか。
その土にゲーミングカラーの呪いで絶賛巾着に引きこもり中の忠太が、布越しに細工しやすい湿り気にしてくれた。それを私がサイラスの指示に従いながら手で形を整えてしっかりと固めていく。造形大好きな金太郎は、ひとまず観客側に回ることにしたようだ。
サイラスに粘土で遊ぶくらい気軽に形を作ってみて下さいと言われたものの、十五分くらいで某メガネをかけたおじいちゃんうさぎと暮らす茶色いのになってしまった。版権N○Kはまずい。分かってたけどオリジナリティもセンスも皆無。
仕方ないので一旦ビデオ通話を解除してスマホを操作し、百均の彫刻刀を購入して急遽うちの
彫刻刀を持たせた瞬間、金太郎は一心不乱に土を削り出す。その姿はまるで仏師だ。まぁスケール自体は、私の脹脛くらいの高さという小ささではあるけど。金太郎を見守りながら、巾着入り忠太とサイラスの昔話に耳を傾ける。
「〝このダンジョンの中に詳しいのも、ゴーレムに使えそうな土を探すために何度も訪れたからです。あなた達が見たというその本は、あの子が書いたものに間違いないと思います。ただ守護精霊だった僕が言うのも何ですが、当時でも流行ってから三百年も経っていた、とても地味で忘れ去られて久しい学問なので。マリの御学友が探し当てたのは奇跡かと〟」
新進気鋭と言えば聞こえは良いが、精霊や魔法があるこの世界ではあまり発展しない学問だったらしい。だから学園の図書館にもそんな本がなかったのだ。サーラとラーナが持ってきたあの本は奇跡の大発見だったと言える。でもあの本はうっかり死にかけたドタバタで、その後どうしたんだったか記憶が定かではない。
「そんなにかよ。確かに百年前の代物にしたってかなりボロボロだったけどさぁ。地学は地震が多かった前世の私の国ではかなり重要な学問だったぞ?」
「〝それは興味深い。あの子がここにいたらさぞ喜んだでしょうに、残念です〟」
本当に残念そうな声音に巾着の中から忠太が手をもぞもぞさせる。励ましたいんだろう。掌に乗せて軽く撫でると巾着の口から鼻先を出した――が。申し訳ないけど眩しいので突いて潜ってもらった。中から聞こえる「チュー……」という悲壮感漂う声に「ごめんな」と返したものの、あとで光らなくなった時に拗ねてそうだ。
こっちの会話などお構いなしでせっせと成型していく金太郎を横目に、サイラスは簡単にゴーレム学について教えてくれた。まずゴーレムの原動力の授け方には小さい神様が憑依するタイプと、術者が魔力を込めるタイプがあること。
あと制作方法だと本体だけ原型師に別注する方法と、一から術者の真名を彫って魔力を封じ込める方法、今みたいに一から同じ術者が作ったゴーレムに土を分けてもらって、上書きで魔力を注ぐ方法があること。今回土を分けてくれたファーム・ゴーレムの作者は【アドルフ】という人物らしかった。
前者は使用される用途によって最初から細かく肉付けが出来、後者は身体が崩れるまで半永久的に動き続けさせることが出来ること。土を分けてもらったものは本物とは別の個体扱いになること。
ちなみにサイラスの相棒は一から作って真名で縛れるタイプだったそうだ。デザインから組み立て塗装までしっかりこなすオタクの鏡である。
他にもダンジョンの攻略としてはその時に必須である守護対象者の特殊能力の取得数、守護精霊の能力値が不足していたのではないかということだった。聞けばサイラス達が私達と同じジャパニーズホラーな靄に遭遇したのは、入学から五年目で特殊条件を十個クリアした直後のことだったらしい。
――で。
サイラスとその相棒は靄の正体をあの時の私達と同じくそれが足りずにダンジョンに挑み、わけも分からないまま不慮の死を遂げた転生者の成れ果ての姿であるのではないかと仮定した。理由については単純にあの幾つも手が生えた靄に捕まった時に、頭の中に響いてきた無数の怨嗟の声だったそうだ。
サイラスが引きずり出したおかげで相棒は短時間しか靄に触れなかったそうだが、生きる気力や希望なんかをごっそりと抜き取られたと言っていたという。ベルは退けることに成功してたけど、雷とか強い光が苦手なんだろうか? ま、何にしても次に見かけることがあっても戦わないで逃げる方がよさそうだな。
ビギナーズラックと駄神がくれた加護付きブローチのおかげ(たぶん)で、魔力を込めることに成功した金太郎はともかく、レベッカに作った方は成れ果ての一部を吸い込んだのではないかと推測されたが、本当のところは駄神のみぞ知るだ。ベルからレベッカに対する悪意を感じたことはないけど、帰ったらすぐに様子を見に行こうと思う。
しかしここまでの説明を受ける間に誰一人として金太郎に注意を向けていなかった。
いや、厳密に言えば、たった一体だけ金太郎の姿を見て応援していた奴はいた。そう、自身の土を分けてくれたファーム・ゴーレムだ。彼(?)は私と忠太がサイラスの昔語りに聞き入っている間も、金太郎の観客をしてくれていた。ゴーレム仲間に見守られてやる気を出したその結果爆誕してしまった。見た目は前世の世紀の芸術作品と瓜二つ。
「…………」
「〝これはまた随分と逞しいゴーレムですね〟」
出来上がったゴーレムを見たサイラスは微笑ましげに「〝緑の指を持っているあなた方の助けには少々心許ないですが、ファーム・ゴーレムは農園管理が得意です。持っていて損はない〟」と太鼓判を押してくれたけど、美術的素養が高かろうが小さかろうが、色々モロ出しのゴーレムは連れ歩きたくない。
「ちょ、力作を作ってもらったところ悪いんだけど、金太郎……こいつと畑仕事が出来る気がしないから、作り直してもらっても良いか……?」
思わずリテイクを出してしまったそれは、身長が脹脛くらいまでの小さなダビデ像。ミケランジェロを知らないこの世界で爆誕した世紀の美術品は、陽の目を浴びる前のダンジョン内で、そっとその姿を変えたのだった。
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