第171話 一人と一匹と一体、交換しましょ。


「〝今朝は失礼しました。ついあまりにエモい展開の話だったもので……〟」


 ダンジョンに潜って早々に、カメラをオンにしたスマホからか細い謝罪が発せられた。画面には前世で愛用していたテーブルに両手をつき、プリン頭を下げる私が・・映っている。特に害がなかったから放置してきたものの、いい加減にこの見た目を変更させないとな。自分で自分に謝罪会見するの面白すぎるし。


「いや、まぁ良いよ。こっちも同人誌の写メを送った甲斐があった」


「多少時間帯に難があっただけですよ。貴男の感じたそのエモさを次回作に活かして下さい」


「あ、あぁ……そうそう。早くコルテス夫人に書籍化したい作家がいるんですけどって言わせてくれよ」


 正直病死した夫の部屋から、それよりも前に亡くなった実兄との恋文を発見したヒロインの心情を考えると、エモくはないなと思った。純愛ってそっちかよと。しかも実の妹に対して寝取ってくるのが兄とか、どんな地獄なんだそれは。これが最近奥様方の社交で流行りらしいからあれなんだけど……なぁ?


 一番信頼する男に妹を任せたかったとか、美しい思い出の中に常に一緒にいた君を愛しく思っていたのも本当だとか、残された方にはどうでもいいと思う。むしろ私なら手紙どころか夫と一緒に暮らした家を焼いて、兄貴の入ってる墓の墓石を粉砕しに行く。子供が出来なかったら許されると思うな。同性だろうが浮気は浮気なんだよ――と。


「〝お二人とも……ありがとうございます。でしたら僕もしっかり還元しないといけませんね。本日はどのような素材をお探しですか?〟」


 創作物相手に妙な義憤に駆られていたところで、心持ち以前の平坦な声から明るくなった声でそう言われた瞬間、きた、と忠太と目配せする。


 注文する素材は勿論「「コカトリス!」」だが、今日こそは雑ながら導入部分を用意してあった。いや、違うか。用意したんじゃなくて、これまで目を逸らしていた疑問がここにきて急に浮上したという方が正しいかも。


 そしてそれには金太郎とベルの存在も若干関連している……ような気がするような、しないような? 


 あくまでこう、スマホRPGゲーム感覚の違和感でしかないけど。それでもずっと喉に刺さった魚の小骨みたいに気になっていたことがあるのだ。そう――……この羊毛フェルトゴーレム達って、何で動けるようになったんだっけ、と?


 〝何か動くようになった〟で〝何で動くようになった〟かの答えを一回も出してなかった。偶然、運良く、この学園とは関係のない方のダンジョンで命を得たというだけで、何故かそれを〝めでたし〟で認識してたけど、この世界にいる忠太精霊にも分からないのだ。


 ここで分かりそうな古参勢に聞いておかないと、駄神はああだし一生謎のままになってしまう。学園で読んだあのボロボロの本も、もしかしたらのり弁ライブラリーに載ってる転生者の書いたものの可能性だってある。


 こちらの意図を知らないサイラスは、スマホ画面の向こう側で苦笑しながら「〝隠し部屋の魔物の出現率は確率論なので確約は出来かねますが、なるべく昔よく出現した場所をお教えします〟」と言ってくれた。


 その後はここ最近の道順を辿って、すでに攻略済みの隠し部屋も確認していく。というのも一度攻略していても、時々魔獣が復活(種族はランダム)していることがあるからだ。残念ながらコカトリスではなかったものの、期待通り復活していた。新顔はいないまでもそれなりに素材として美味しい、食べるには不向きなメンツを倒しながら突き進むこと三時間が経過。


 ――……いや、いつ切り出すんだよって話なんだけど、敵を倒した後に意外とやることが多くてついつい作業に没頭してしまうのだ。ゲームみたいにドロップアイテムとかいうほぼ加工した形で落ちてくれたら、もっと回収も楽なんだけどな。


「〝この角を曲がってしばらくすると一面苔の壁があります。その壁の真ん中から右に一歩分ずれて、忠太の身長で背伸びした辺りに空間転移の魔石があるので、そこに触れてみて下さい〟」


 サイラスのその言葉通り、角を曲がって少し歩くとそこだけ鬱蒼と苔が茂る壁が現れた。学園のダンジョンではないものの、当初より魔力の濃い方向へ吸い寄せられる金太郎がさっさと壁を登って魔石を見つけ、下にいる私達に合図をする。


 そんな金太郎へと頷き返し、羊毛フェルトの手が魔石を撫でた直後、周囲の景色がぞろりと溶け落ちた。スマホで飛ぶのとは違って強制的だからか、風邪のひき始めの悪寒のような居心地の悪さを感じる。薄暗がりをカンテラで照らそうと上げかけた私の手首を、隣から忠太が掴み、そっと手から取り上げられたカンテラは近くにあった岩陰に押し込められた。


 そのまましゃがみ込むように促され、何? と尋ねる前に人差し指を唇の前に立てた忠太がちょい、と空間の先へと視線を向ける。その暗がりに蠢く影に気付き、息を殺してそーっと様子を窺うと……ほんのりと光苔が彩るだだっぴろい空間の中心に、四メートルはありそうなゴーレムっぽいものが座り込んでいるのが見えた。しかしその巨体は学園のゴーレムとも、ゲームなんかで見るゴーレムとも違っている。


 そもそも人型でずんぐり大きいというだけでゴーレムっぽいと認識しただけで、実際にこれがゴーレムかと言われたら首を傾げてしまう代物だ。全体的に丸っこく、上下で樽を重ねただけに見える。すごくふくよかな砂時計体系。


「マリ、あのゴーレム……腰にキノコが生えてます。あれも食べられるんでしょうか?」


 こそりとそう囁く忠太。ちなみにこれは断じて卑猥な喩えではない。本当に腰の周囲をグルリと囲むベルトみたいに、シメジやエリンギやエノキを思わせるキノコが生えているのだ。色柄はここからでは分からないが、キノコは素人判断では食べられないしなということで。


「サイラス、あれってどういう魔物なんだ? あと、あのキノコって食べられるものなの?」


 この世界のダンジョンなら大賢者グー◯ル先生より頼りになる先輩蛇に尋ねれば、間髪を入れずにスマホの向こう側から応答があった。


「〝ついていますね、あれはファーム・ゴーレムといって、腰のあのキノコは魔力を大量に含んだマジック・マッシュルームと呼ばれるアイテムです。あれはたぶん光苔での光合成中かと。キノコは食べれば魔力保持量が増えます。幸い温厚で多少知恵のあるゴーレムなので、キノコと光源になるカンテラの交換を申し出れば、気前良く譲ってくれますよ。食べてしばらくは身体が光って大変ですけど〟」


 喉元までそもそも名前が違法なんだよなというのと、人にコカトリスの卵を食べるなんてと言っておきながら食べたんかい、と出かかったが、それは大人の心でグッと飲み干して。スマホのテレビ電話通信を一旦切り、ネットで購入したLEDカンテラの貢物を手に膝を抱えるゴーレムへと歩み寄った。

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