第170話 一人と一匹、秘密は秘密に。


 一日の仕事終わりの楽しみといえば、風呂と晩酌という人は多い。特に後者はネット環境があれば鬼に金棒だ。というわけで、今夜も見知った手作りサイトのネットロゴをタップして飛んだマイページ。


 そこにズラリと並ぶ赤文字に思わず隣の忠太と無言でハイタッチを交わす。金太郎が面白半分で購入した百均のパーティークラッカーを持ち出したが、そこは死守した。せっかく毎日足がつかないようにマップを飛んだ先で宿を探しているのだ。変な騒ぎを起こして目立ってたまるか――と。


 【善き魔女の千里眼】     〝SOLD OUT〟   取り扱い未定

 【隠者の愛した木漏れ日】   〝SOLD OUT〟   取り扱い未定

 【愚者の導き星】       〝SOLD OUT〟   取り扱い未定

 【聖女の殺した恋心】     〝SOLD OUT〟   取り扱い未定

 【極楽鳥殺し】        〝SOLD OUT〟   取り扱い未定


 画面に並ぶクセ強厨二病なネーミングのアクセサリー達は上からそれぞれ、


 黄色と緑色のキャッツ・アイぽいガラスビーズを、ブドウの房みたいに伸ばした形のネックレス。


 黄色とオレンジをグラデーションにした丸型レジンに、葉っぱモチーフのチャームをつけたピアス。


 アンティークな王冠ぽい台座に、ビー玉大のレジンの惑星を据えた指輪。


 小粒のローズクオーツと、形の不揃いな白蝶貝を紅珊瑚に模したレジンのピン留めに盛りまくった髪飾り。


 目茶苦茶カラフルな折り紙で折った超小さい鳥をレジンで包み、刺し貫いて束ねたかんざし。


 ――となっている。朝はダンジョン、夕方からは道具はマルカの家より少ないものの、聖女の森の仮工房で殻を使って魔宝飾具作りを始めて一週間。それなりに順調に仕事はこなせていた。


 エドの店に偽名を使って近況報告の手紙を出しているけど、向こうからの手紙を受け取る手は隠遁生活中のこちらにはない。せめてレティ―の鞄が完成したのかは知りたいものの、一方通行だからこればっかりはな。


 ネットフリマで販売する商品のほとんどはこっちの世界で作った魔宝飾具の偽物……は、聞こえが悪いけど、中級レアアイテム部分をレジンや似た色のアクセサリーパーツで代用している。


 その分前に作ったことのある夜泣き解消グッズ的な不思議能力はやや控えめだ。多少足が早くなっていつもの踏切や横断歩道に捕まらなくなったり、階段を三段飛ばしで駆け上がれるようになるくらい。


 本来だとそれぞれ上から風と水、土と水、風の二乗、火の二乗、風と土の加護つきだ。中級のは一日五個までしか複製出来ないと言っても、加工してしまえば完成品は全部込みで一個換算。一個作れば対を複製出来るピアスやイヤリングは、コストパフォーマンス抜群である。


 集めた素材も一セットずつ手許に残しておけばストックに困ることもない――……と前置きはしてみたものの、結局のところは、


「いや~何回見てもこの〝SOLD OUT〟って並ぶの、焦るけど良いよなぁ。爽快」


 この一言に尽きるのである。そんな私の言葉を聞く忠太も「このままいけば、今月はサイトのネット広告のバナーにピックアップされそうですね」とご満悦だ。


 金太郎も自作の尖ったデザインのかんざしの売れ行きに大満足っぽい。売れるんだなぁ……この闇と狂気と無邪気をごった煮にしたアクセサリー。購入者のメッセージから、病み系和服キャラのコスプレに使われてるようだ。


 毎日ナビを頼りにダンジョンに潜って、運が良ければそこそこレアな魔物と戦って素材を剥ぎ、食べられそうなら持ち帰って調理(主に焼く、煮る)して食べる。


 一回だけ金太郎がご執心だったザリヒゲの持ち主を狩りにあの洞窟を再訪し、へし折った脚を七輪で焼いて実食したけど、スーパーの見切り品の寿司に入ってる海老みたいな味で意外と美味だった。


「今回もきっとすぐにボーナス・・・・も入りますよ。それに作り貯めてる魔宝飾具では、コカトリスの卵の殻の欠片と風切り羽で作ったイミテーションピアスも売れそうですよね。属性も地属性と風属性の両方ありますし、何よりコスパが最強」


「それな。ちょっと大きめの欠片は穴開けて繋げるし、細かく砕けたやつもレジンで硬めたら金箔みたいで無駄にならないとか、一羽で相当お得感あるぞあいつ」


「コカトリスに捨てるところなし、ですかね? 乱獲して絶滅させないように注意しないと」


 そう綺麗な顔で冗談ぽく笑う忠太に同意を示して頷けば、コカトリスの卵の殻が大好きな金太郎がもっと大きく頷いた。もう金色と銀色なら何でも良いのではないかこいつと思わせてくれる羊毛フェルトゴーレムだ。いっそのこと〝かねたろう〟に変名してやろうか。

 

「まだ肉を食ってないから何とも言えないけど、鳥の部分はいけそうだよな」


「蛇は骨が多くて食用にはあまり向かないそうですからね」


「分かった。尾っぽは酒に漬けよう。マムシ酒とかあるくらいだしいけるだろ。で、鳥の部分は食う。オークとかは流石に二足歩行するからちょっと忌避感あるわ。この世界にいるのか知らないけど」


「せめて四足歩行ですね。大きい方が素材になる部分も多そうです。サイラスが聞いたら〝蛮族ですか〟と呆れられそうですが、明日も彼のナビに期待しましょう」


 内容の方はあれとしてキャッキャしていたものの、そこで一瞬スン……となった。理由はそう、サイラスだ。あの後新たにのり弁ライブラリーに加わったサイラスの情報に〝守護***を*害〟という、かなり気になる内容が載っていた。だってなぁ……◯害ってつく単語なんてそうそうないし。


 前の文字が〝を〟なのも余計な想像を掻き立てられてしまう。これがせめて〝が〟なら意味が多少変わってくるんだけど。心持ち程度に。


 恐らく駄神は最高にモヤる疑惑の判定を見た私達が見たくて、ライブラリーの閲覧範囲を広げたのだろう。ただ見てしまった直後は驚いたのだが、この一週間毎日楽しげに穏やかな声でナビをしてくれ、ポエム一歩手前の小説を執筆しているロマンチストな彼が、理由もなく最後に害不穏なことをするとは思えない。


 なのでこれは駄神の趣味の悪い暇潰しか、万歩譲ってあの部屋からの開放を……いや、まさかな。あの駄神がそんな優しい理由で動くはずがない。それにまだサイラスの口から理由は聞いていないというのを抜きにしても、きっとあの謎空間に縛りつけられている原因はそこら辺にあるんじゃないかと感じている。だからこそ、検証が大切になってくるのだ。


 勘違いならそれで良し。違わないならあのクソ空間から出られるように手助けがしたいと思ったまま、腰抜けにも何も聞けずにもう一週間が経ってしまっているわけだが。


「……明日こそは何かこう、良い感じの会話の糸口を見つけなきゃだな」


「そうですね……明日こそは、何か、ええ」


 急に歯切れ悪く溜息混じりにそんな言葉を交わし、人化を解いた忠太と金太郎と一緒に狭いベッドに横になって目を瞑ったのだが――その数時間後、サイラスから届いたテンションの高い〝この同人誌が凄いんです!!〟メールにブチ切れかけたのは、また別の話。

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