第167話 一人と一匹と、バーチャル追加戦士。


 暦上では冬とはいえ、外部からの空気が入って来ない辺りまで潜るとダンジョン内もそう寒くない。まぁ単に左手に持っているカンテラの熱と、背中に貼りまくったカイロと、ワーク○ンで買った防寒着とボア付き安全靴のせいかもだけど。というか、たぶん絶対そう。


 朝の六時からダンジョンに潜って四時間。

 厨二病アイテム作成目標を掲げてダンジョンに潜り始めて五日目。


 厨二病アイテムを作ろうという話で固まった夜、最早悪夢の代名詞みたいになったあの白い空間の夢に駄神が現れて、


『ふふふ……また面白いことを始めそうな、そんな貴女にサプライズです。明日の朝ライブラリーを開きなさい。貴女の知り合いの精霊の真名を開示しておきました。かなりブランクはありますが、ダンジョン探索者の先輩ですよ』


 ――と言って消えた。翌朝駄神の話を鵜呑みにするのは癪だったものの、忠太と金太郎と一緒にのり弁ライブラリーを閲覧したら、確かにそれまでなかった守護精霊の真名が一つ増え、メール機能に加えてビデオ通話機能が増えていたのだ。


 前世に似た謎空間で私の姿を真似て住む精霊。元は四百年前に封じられた紺碧色の蛇で、真名をサイラス。残念ながらそれ以外の情報は読み取れなかった。そんなことを思い出していたら、スマホから「〝マリさん、カメラを少しカンテラに近付けて上げて下さい〟」と、そのご本人の声が聞こえてきた。


「このくらいか?」


「〝ええ、ちょうど良いです。少しこのままの状態で歩いてみて下さい〟」


「了解。何か気になるものが目に入ったら声をかけてくれ」


「〝はい。それでは一旦通話を切りますが、くれぐれも周囲への警戒は怠らないように〟」


 その言葉に続いてスマホの画面に通話オフのマークが表示される。


 だんだん探窟と戦闘に慣れてきた気がしているが、そのくらいが一番慢心して危ないのだと、開始三日目で今みたいにサイラスから注意された。通話後に隣を歩く忠太と先を歩く金太郎が警戒を強める。


 かくいう私もいつでも腰の軽量ピッケルを抜けるように身構えつつ、右手のスマホをカンテラに照らし出されたダンジョンの通路に翳す。カメラは動かしたまま歩いていると、自然物剥き出しのダンジョン内に、人工物丸出しのご機嫌な電子音が響いた。


 画面上にチラッと出てくるスマホの通知には、二日前にフリマアプリに出品したばかりのバッグチャームとピアスが、出品時の倍額で出回っているとある。愚か者共のおかげで臨時収入が入るのだと思うと笑いが止まらない。


「お、また馬鹿な転売ヤー共が貢いでくれてるぞ。一応最近新作出してなかったから出品してみたけど、結構稼げるな」


「魔水晶窟があって儲けものでした。粒は小さいですけど色が豊富でしたし、百均のプラスチック製の小さいフラスコや、試験管に詰めて革紐で首飾りにしただけでも可愛いです」


「ん。やっぱ厨二テイストは刺さる層には刺さるんだよ。昨日出品した三対の翼つきの【賢者の叡知が宿りしフラスコ(ネックレス)】にも、もうイイネが八十ついてるし。ま、本当はスライム軟膏が出品出来れば良かったんだけど。フリマアプリで化粧品は売っちゃ駄目だからなぁ」


「確かに女性の美への探求心は凄いですからね。でも彼のネーミングセンスのおかげで、新作アクセサリーの売上げがかなり良いのも事実です。色違いで名前を変えるだけでも売れるんですね。初めて知りました」


 結論から言うと私と忠太の心の中に厨二魂はさほど宿っていなかった。かなり言葉選びのセンスが問われるんだな、あれ。


 ちなみに現在私のつけてる剣帯は【暁月の守護者】で、忠太の装備しているドラゴンの爪みたいな指輪(指全体覆うやつ)は【黄昏の断罪者】だ。前者がホームセンターの金色チェーンと朱色チェーン(細)に、火属性の赤い魔石と、銀色の鍍金を施した羽根飾り(百均)をジャラジャラつけてあって。


 後者はいぶし銀のとんがり○ーン半分にして重ねた指の鎧みたいなやつに、レジンで作ったパーツで特に意味のないデコレーションを施してある。見た目は厳つい&やや痛いネイルアートだが、忠太がやるとお耽美系ビジュアルバンドっぽさがしてくる不思議。


「うっ、それなんだけどさ……サイラスは小説とかよりも、キャッチコピーの方が得意だったりするなのかな?」


「どうでしょう。コピーライターをしながら小説家をされている方も世の中にはいますし、向いてないわけではないと思いますが。もしかすると文章の才能がシナリオ向きなのかもしれませんね」


「シナリオ向き……ラジオドラマ……あ、待てよ。それならオーディオブックみたいな感じで、こう、前世の映画までとはいかないけど映像魔法とか、蓄音機があればそれで映像を……」


「ああ〝トーキー〟ですね。それならこっちの世界でも流行りそうです。広まるまで時間は多少かかりそうですが良いと思いますよ」


 どこまでも優しく、それでいてシビアな評価を下してくれた忠太に「トーキーって何?」と聞いていたら、スマホのビデオ通話の画面に切り替わる。


〝すみません、マリさん。そこの先の岩壁にある継ぎ目は見えますか? えぇと……五歩くらい歩いて下さいあ、そこです。その若干濡れているように見える壁。押すとあまり広くない部屋に出るのですが、中にランダムで魔物が出ます。隠し部屋の魔物は良い素材を落としますのでオススメですよ〟


 直前までの内緒話の気まずさに慌てて歩を進め、その不健康な爪の表面より滑らかで、指の腹をギリギリ段差を感じる程度の岩の表面に這わせる。


「オッケー、これな。金太郎、私が合図したらちょっとこれ強めに押してみてくれるか? 忠太は何が出てきても殺れるように魔法の準備よろしく」


 おどけてそう言えば、間髪入れずに「了解ですマリ」と答える忠太に、小さな身体で任せろと言わんばかりに爪先立つ金太郎。そんな一人と一体を前に「よくこんな複雑な道順憶えてるなサイラス」と苦笑混じりに言うと、どことなく楽しげな声で「〝このダンジョン自体が僕が封じられた数百年前とあまり変わっていませんので〟」と返ってきた。

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