◆第九章◆

第162話 一人と一匹、まさかの来客。


 レティーが隣町(馬車で四時間くらい)の学校に通うのが四月。


 普通に騒ぐような距離でもないし、何なら週末は帰ってくる約束もしているというのに、それでも意気消沈していたエドを説得して立ち直らせ、以前にも増して店の手伝いを張り切るようになったレティーを周囲も応援し、私達もそれに乗っかる形で何か門出に持たせようと思い至ったのが約一ヶ月前。


 贈りたい物の決定は早かったものの作るからには素材にもこだわりたいし、作り方も調べる必要がある。そんな諸々の事情から納得の出来るものは未だに完成させられずにいた。当然時間は待ってはくれない。今日はすでに二月五日だ。しかも現在押し売り訪問にあっている真っ最中である。


 表の庭の手入れ中にきらきらしい馬車が停まった時から嫌な予感はしてたが、下りてきた人物の姿を見て目を疑ったくらいだ。


「こちらの素材は如何でしょう。我がクラーク商会の商品の中でも稀少なバジリクスの革なのですが、付与魔法で通常の火耐性に加えて苦手な水耐性も兼ね備えさせた逸品。軽いので冒険者用の革鎧としても人気があります」


 濃い茶色の髪に琥珀色の瞳。彫りの深い顔立ちの美形の口から流れるセールストークというのは結構面白い。しかし自信満々に自宅兼工房のカウンターに広げられたそれは、確かに凄い性能なのだろうが、明らかにこちらの趣旨を理解していない色をしている。


 どうしてもって言うから店に入れてやったけどこれはちょっと……失敗だったか。一緒に見ている忠太も呆れ顔だ。そもそも忠太はこいつをうちに入れること自体嫌がっていたからなぁ。


 顔を洗うふりをしながら歯の噛み合わせを確認しているあたりヤル気満々だ。金太郎も忠太の反応でこいつを敵とみなしたらしく背後を取って臨戦態勢。うちのセ○ム達が目を光らせているし、何かしてこようものなら無事ではすまないだろう。


「却下。学生用の鞄にそんな御大層な性能いらないだろ。しかも色が悪すぎ。最初に贈る相手は十一歳の女の子だって言ったはずだぞ」


「ではこちらはどうでしょう。こちらも大変稀少なキュアラビットの毛皮です。この雪のような白さもさることながら手触りも素晴らしく、耐久性もそこそこあります。貴人女性のケープやコート、勿論ポーチにもご利用頂けますし――、」


「学生に白いファーの鞄とか正気か。日常使い出来ないだろ。しかもポーチって……教科書がポーチに入るか? 入らないよな?」


 やっぱり金持ち相手の商売しかしてない奴に一般人客の見立ては難しかったらしい。時間の無駄だったかと落胆して席を立つと、クラーク商会の跡取りであるローガン・クラークは慌てた様子でカウンターの上に新たな品物を置いた。


「で、ではこちらの熟練職人達がアダモラの糸で織った布は如何でしょうか?」


「アダモラ……って、あいつの糸は織物に使えるのか? そもそも汚くない?」


 出してもらって悪いが、こいつのセンスはどうなってるんだ。せめてパラミラの糸なら百歩譲って良かったけど、その下位互換ということに難色を示したところ、ローガンは魅了魔法封じの施された眼鏡がずれそうなほどの勢いで身を乗り出す。


「この布に使用されているアダモラは、卵を採取してきて人間が一から育てたものです。与える食べ物は果物のみ。吐き出される糸は粘りがなくなるまで水魔法を用いて洗います。仄かに甘い香りがする淡い黄緑色で、織り上げた布はこのように厚みがあり、頑丈さと撥水性に定評があります。主に冒険者が使う野営用のテントなどに使用され――、」


 そのさっきまでよりずっと熱のこもったマシンガントークに含まれる内容に、おっ、と思う。出された布地も原材料名を言わなければ帆布と見紛うくらいに丈夫そうだ。質感は蝋引きされた帆布そのまま。多少縫うには硬そうなところがネックといえばネックだが、カシメを使えば何とかなりそうではある。力作業となれば金太郎もいるし。


「何だよ、まともな商品もあるんじゃん。これをもらうわ。試作するから失敗するの前提で多めに売ってくれ」


「あ、ありがとうございます!」


 やっとこっちの口から出た好意的な発言に整った顔を輝かせるローガン。しかしその反応に【しょうだんせいりつ さっさと おひきとり ください】と即座に突っ込む忠太を見て、彼は「先程から辛辣なこちらのネズミは……?」と苦笑する。


「私の従魔の忠太だ。そっちのはゴーレムの金太郎。忠太は星輪祭でストールの中にいたから、人攫いまがいのことをしようとしたあんたに対して懐疑的なんだよ。悪いね」


【そもそも なんで ここに きたんです】


「は……ですから、星輪祭でご迷惑をかけた謝罪をと……思いまして」


【いっかげついじょう まえのことです】


「それは、謝罪に相応しい商品をご提供させて頂こうと……」


【だったら もうけっこう ぶつをおいて そっこく おひきとりを】


 ハツカネズミにタジタジになる美形というのも面白いが、忠太の疑問も尤もであり、私も信用出来ないでいる分、一刻も早く追い出したいというのが本音だ。ゴリゴリの岩塩並に塩対応な相棒の援護は正直ありがたい。人間が言うと角が立つ発言も可愛いネズミが言うのであればそんなに腹も立たないだろうし。


「お金払っとかないと後で何か要求されたら困るじゃん。あ、そういうことだから領収書頂戴。それと割引とかもいらないから。いつもそっちで売ってる金額で売ってくれ」


「は、いえ、ですが……その、お詫びですので代金は……」


「贈り物用なんだ。値切ると験担ぎ出来ないだろ。それとこういうのは今回限りにしてくれ。素材を吟味したり採取する時間がないから乗っただけだ。うちはハリスの専属じゃないけど、あの親子に義理は通したい」


 行き詰まっていたとはいえ、こうしていきなり訪ねて来られただけでも迷惑なのだ。ハリス運送の方にも当然素材の手配を頼んでいたものの、どれもあと一歩で物足りなさを感じていたから今回に限って言えば助かったところは大きい。


 だからこれっきりで関わらないでほしいと釘を刺している最中なのに、何故か相手はモゴモゴと口ごもって俯いてしまう。


 文句でも言っているのかと思い「言いたいことがあるならはっきり言え!」とカウンターを叩いた直後、勢いよく顔を上げたローガンは頬を染めて口を開いた。


「女性にあんな扱いを受けたのは初めてで、あの夜から貴女のことが忘れられないのです。こんなことは今までなかった。そこで仮説を立てました。僕はきっとあの夜から――、」


 最後まで言い終わる前に【きんたろう ごー】と打ち込まれたスマホが視界の端に映り。かと思った時には開け放たれたドアの向こうに放り出されたローガンと、そんな彼に駆け寄る従者と、両手をはたく金太郎と塩を撒く忠太の姿があった。結局幾らなんだろこの布地。

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