♘幕間♘わたし〝が〟やりたいこと。


 星輪祭から一週間。

 新年になってまだ二日目。


 新年のお休みが明けるのは五日だから、お店が開くまでまだ三日もある。いつもなら長い方が嬉しいお休みも、今回はちょっとゆううつ。そりゃあ、全部自分のせいだって分かってるけど……。


「それでエドはまだ拗ねてんのか?」


「分かんない……でも何を話しかけても反応が悪いの」


「ふぅん。それじゃあ拗ねてるってよりは心ここにあらずって感じだ」


 新年休みなのにこうしてお店の一角で相談に乗ってくれるマリに感謝する気持ちと、星輪祭のお土産にってくれた本のせいでこんなことになったのよっていう、八つ当たりの気持ちでついムスッとした顔と声になっちゃう。


 せっかくチュータを連れてこないでってわがまままで言って、女同士の秘密を守ってもらってるのに。だけどマリは嫌な顔の一つもしないで「これ新しく作ってみた野菜。土中で寝かしてたから見た目が悪いけど、白菜と大根。どっちもミルク煮に出来るぞ」と言って、ウリみたいな楕円形の葉野菜と、長いカブみたいな野菜を分けてくれた。


 ずっしり重たくてひんやりしたそれは、まだちょっと土が残っていて冬の野菜らしく雪の匂いがする。


 ハクサイの方は上を麻ヒモで縛ってあって、黄色く変色した葉っぱは食べて良いようには見えないけど、マリが苦笑しながら「色が変わってるのは剥いで食べろよ?」と教えてくれたから、ホッとしながら頷いた。でも本当の問題はちっとも解決してない。


「……やっぱり他の町の学校に行きたいなんて言わない方が良かったかな」


「別に良いんじゃないかぁ? レティーの人生はレティーのもんだろ。エドもそこは分かってると思うぞ。少なくとも私はレティーの年齢の時は勉強はあんまり好きじゃなかったから、もっと学びたいってレティーは偉いよ」


 うちのお店は元々生活雑貨だけを扱ってたけど、マリが来てからは可愛い物がいっぱい増えて、店番が楽しくなったのもある。だけどマリがくれたドージンシ【今をときめく女性経営者のお店~私のこだわり百選!~】で、本当にやりたいことが分かってしまった。


 お父さんのお店の半分。マリが装飾品を置いてくれてるところをもっと広げて、自分の思ったように飾ったり、女の子の好きな可愛い商品だけで固めてみたい。それはただ可愛い物だけを仕入れれば良いわけじゃなくて。


 流行、仕入値、卸値、原価率、運搬費……今まで何となくお父さんのやってくれてたことを、全部自分でやらないといけなくて。そのためには今の学校の授業じゃ足りないくらい、色んなことを学ばないといけないと気付いたんだけど――。


「でも、お金がかかるし……わたしがいなくなったら、働き手が減るし、えっと、じん……じんけんひ? がかかるもん」


「あ゛? エドの奴、金のことで何か言ってたのか?」


「い、言ってない! 言ってないよ! わたしが勝手にそう思ったの!!」


 急にマリの声が低くなったから慌てて野菜を床において両手を振りながら答えたら、マリは立ち上がりかけていた腰をまた下ろして「何だよ、危うく早とちりしてエドのとこに行くとこだった」と笑った。止めなかったらどうなってたのか聞かなくても分かるところがマリって感じ。


「エドが反対してるのは単に子離れ出来てないだけだ。心配すんな。それに向こうではエリンが面倒見てくれるんだろ?」


「うん……手紙を出したらそう返事をくれたよ。でも、向こうの学校はマルカよりずっと大きくて、勉強出来る子がいっぱいいるんでしょう? だったら――、」


「自分なんかが行ったって恥かくだけだって思うんだ?」


 いつも生意気なこと言ってるのに、本当は弱虫なのを見透かされた恥ずかしさに俯けば、マリの手が乱暴に頭を撫でてくれる。マリのティアラを縁に時々うちと取引をするようになったエリンさんは、元はマルカの粉屋の娘さんで、町から出ることなんてないと思ってたと言っていた。


 それが今では旦那さんと一緒に、一週間も馬車に揺られて違う町まで買い付けに行くようになったのだって。ちょっとだけ嬉しそうで、凄くキラキラしてた。


「別にかけば良いだろ。だってレティーはまだ今年で十二歳なんだから。それに私は知らないことが多いのは悪いだけじゃないと思うぞ」


 とても簡単なことみたいにそう言ってくれるマリにあの本をもらった時、一番最初にそのエリンさんが教えてくれた学校の話を思い出した。エリンさんがいる町はマルカ学校より年齢が上まで行ける学校があって、ずっと難しいことを教えてくれるって。


 そこに行けばもっと色んなことが出来るようになるのかもしれないし、そんなのは気のせいなのかもしれない。わたしはこの町を出ることなんてないと思ってた。マリがいなかったらずっとそうだったと思う。お父さんと一緒に、たまに出てくるお母さんの思い出を話したりして、お店を続けていくんだって信じてた。


 でもそこにわたしが自分でやりたいことを足したら、もっとずっと素敵なことが起こる気がしてワクワクする。


「えぇぇ? 知らないことがあるって格好悪いよぉ」


「知りたいことが多いってことでもあるだろ。第一何でも知ってる神様なんてのは……ああ、こっちだと精霊になんのか……と、まぁ、つまりろくな奴じゃない。知ってることしかこの世にはなくて退屈だから、人間に無理難題ふっかけて楽しんでるんだよ。絶対断言出来る。レティーはそうならないようにまだまだ知らないことばっかでいろよ」


 ――だって。


 物凄く真剣にそんなことを言うから思わず声を立てて笑ったら、マリが「そうそう。そうやって笑ってろ。エドには私が話をつけといてやるよ」と言ってくれるから。ああ、何だか大丈夫な気がしてきたな。今夜はこのハクサイで、お母さんのノートにあった冬野菜のミルク煮を作ろうっと。

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