第163話 一人と一匹、推される。


「うあぁ〜……効くぅ……肩凝りと疲れ目に染みる」


 忠太お手性のバスボムが香る五右衛門風呂に浸かって肩を揉みながら、思わずオッサンみたいなことを言うと、同じ湯を注いだティーカップに浸かっていた忠太が笑う気配を感じた。ハツカネズミって笑うとヒゲが上を向く気がするな。あくまで感覚だが。


 金太郎は自宅警備員をしてくれつつ、精霊アパートへの呼び込みも忘れない。何で分かるかと言えば、寝室の窓辺に置いてある水槽がホワホワ光ってるからだ。精霊テイマーとかいう能力が働いてるんだろう。どんな子が増えたかあとで忠太に聞くか。


 デレクからもらった竜鱗鉱の使い道が眺めるだけでは勿体ないなと、つい最近百均のキャンドル用ランタンのキャンドル部分に据えたその灯りが暗闇で映える。にごり湯っぽい感じだから湯の中も透けないし、高級感があって善き。


 昼頃にクラーク商会のローガンから購入したアダモラの糸で織られた生地は、普通の針どころか百均レザーアイテム用のカシメも通さず、結局ホームセンターの内装用タッカーを試してようやく縫え(?)た。針の色を金と銀で使い分けたから、ややハード系な仕上がりながら一周回ってお洒落に見えなくもない。あれはミシンの代用品の可能性を秘めてるな。


 ――て、まぁ、そこに至るまでに手芸針を八本、革用の針を十本へし折り、折れた針で指を血みどろにしては血相を変えた忠太に治癒してもらい、諦めてカシメ使うかとなった段階で金太郎が木槌でテーブルを破壊しそうになったり、取り上げて自分でやってみたらカシメの頭を滑った木槌で指を打ったりしたけど。


 控えめに言って阿鼻叫喚地獄。正直こんなに不器用だったっけと自信喪失もしかけたけど、考えてみたら一から自分で加工してない魔物の素材は初めてだったから、きっと企業秘密的な何かがあるんだろうとちっぽけな自尊心を納得させた。なまじ実店舗を持ってしまったせいで、変に自信が肥大化する前に鼻を折られて良かったと思おう。


 取り敢えず荒削りな実験作品は自分で使うやつにするとして、蛇腹折りにしたりして容量を増やしてみるのも試したい。五個くらい作ってみてその中で一番出来が良いのをレティーに……あ、待てよ。保冷付与の札とか、保温付与の札を入れるポケットとか付けたら、薬師とか採取業の連中に売れるな。冒険者ギルドのポーター達にも受けそうでは?


 そんなことを考えつつ湯船のお湯で顔を洗っていたら、ティーカップから身を乗り出した忠太が、ジップ○ックに入れたスマホに何か打ち込み始めた。絶対お小言だという確信を持って覗き込めば、やっぱり【それはそうと まり きょう おひとよし でした ききかん たりてません】とある。せっかくのリフレッシュタイムなのに真面目な奴め。


「そりゃあそうかもだけどさ、生地が手に入ったんだからそう怒るなよ。今日は金太郎もいたし。あいつも前みたいに魅了魔法だっけ? 使ってこなかっただろ」


【こんかい みりょうまほう つかわなかっただけ つぎはどうか わかりません かんたんにしんよう だめ ぜったい】


「いや、んー……でも、大丈夫っぽかったぞ?」


【こーでぃーたち まちにいないひ しってたのも まりがほしいもの しってたのも おかしいです すとーかーですよ じょせいのてき】


「ストーカーは大袈裟……でもないか。うん。その辺のは確かにあれだったよ。ただ悪意とかはあんま感じなかった気がする。まぁ……罵って発言とか、ゴミを見る視線を下さい発言は若干引いたけど」


 ふと忠太と金太郎に表に叩き出されたあと、怪我がないかの確認のために近寄った時に言われた言葉を思い出して苦笑するも、忠太は【じゃっかん ちがう はげしく きもちわるいです】と手厳しい。滅茶苦茶歯軋りしてる……。


 さらに【あのひ いたいめみせた わたしの そんざい むしですよ】とご立腹である。確かに『貴女のような女性なら、過激な取り巻きの一人や二人いてもおかしくない』と謎の言葉も頂いてしまった。


 それがまた何故か駄神のツボにはまったらしく、あの増えたら駄目なポイントがガツンと増えてしまった。いつか私と忠太で使えるポイントで駄神を実体化して殴りたい。その時のボコリ担当は金太郎に任せるつもりだ。それはともかく。


 どうやら私は親父に打たれたこともなければ、全肯定する同性の取り巻きや、女性に冷たくされたこともない男の〝おもしれー女〟枠に入ってしまったらしい。あれ異世界だと簡単に入れる枠なのか? 笑いの沸点低いにもほどがあるだろ。


 しかもハリス運送の動向に至っては『いずれは気にしなければならないだろうが、今のところ目立って顧客を取り合うほどでもない』と、ブレントとコーディーが聞いたら怒り出しそうなことまで言っていた。持ってる人間ていうのはああいうところあるよな。それともあいつがそうなだけなのか。


「何にしても品物の品質は良かったし、素材の説明もしっかり出来てた。ちゃんと……自分達の商ってる物の価値が、分かってる。おかげで今日で一番難航してた材料は見つかった。あとの素材とかは……ハリスに頼めば何とかなるから、もう……つるむことは、ないだろ」


 段々お湯の心地よさに眠気が首をもたげ始めて目蓋が重たくなってきた。頭を振って眠気を誤魔化そうとしても抗いがたい。ぼやけた視界の中で忠太が何かしてるなぁ……とか、そのままフワフワとした浮遊感に意識が飲まれて。


 ――――気が付けばベッドの上でカーテンから差し込む朝日を見ていた。しかもすでに結構陽が昇ってる。


「ええ……嘘だろ……寝落ちた……?」


 ここまで自力で帰ってきた記憶も、着替えた記憶も、髪を乾かした記憶もない。なのにしっかり寝間着を着てここに転がっている可能性は一つ。風呂で寝落ちた私を忠太が運んでくれたのだ。それしかない。忠太と金太郎がいないのは畑に行っているからか?


 流石に人型の忠太に全部やってもらった気まずさに頭を抱えて悶絶していたその時、玄関のドアを乱暴に叩く音がした。

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