第160話 一人と一匹、星輪祭の夜に④


 一番最初に人生初のダンスの相手になってくれたのはコルテス夫人の長男、ギルバート様。彼女の義理の息子ということになるが、結局のところ美形。しかもコルテス夫人とは別方向に。産みの母親似らしく栗色の髪と金茶の瞳の優しい顔立ちの儚い系美人。


 ついでに彼女の実子で次男のフィリップは金髪緑眼、サラサラヘアーの天使顔の小悪魔系男子。瞳は旦那さんの色らしいが夫人の目元にあったホクロが口元に移動している以外は、彼女を男性にしたような華やかな見た目だった。


 どちらも以前お茶した時にチラッと見たことはあったけど、実際近くで見ると圧巻の美。二十四歳と十七歳の兄弟は、並ぶと未亡人と彼女の心を射止めようとする若い騎士っぽくなる。ダンスホールの女性陣の視線は彼等に釘付けだったこともあり、人生初のダンスに挑むには非常に不利な状況。


 しかし白鳥の群れの中に放り込まれたカラスになるかと思われたが、そこはギルバートに教えてもらったダンスの極意のおかげで何とか持ちこたえた。その極意というのはズバリ足の追いかけっこ。


 この彼の足を差し出す軌道を少し歩幅を狭くして追いかければ良いという、難しい説明を一切排したシンプルさのおかげで、視線が床と靴から外せない酷い出来ではあるものの、何とか一曲目を踊りきれた。


 二曲目ではやっと交互に(内訳は足元を七、相手の顔を三)見れる程度になった。奇跡的に靴を踏まずに済んだのは偏に彼の技量。おまけに意外と力が強いギルバートのおかげで、難しいターンの時には床からつま先を浮かせてもらうというズルまでやった。


 その度に「先程より上達している」と儚く微笑んでくれるものだから、これまでの人生で真面目にダンスに打ち込んできたであろう周囲の女性陣に対して、罪悪感が半端じゃなかった。面白がったフィリップ様が誘ってくれたがそれは丁重にお断り。好き好んで敵を増やすようなことはしたくないからな。


 ――が。


 どれだけ甘やかされたところで、所詮は前世も今世もスニーカーやぺたんこサンダルしか履いたことのない身。限界はすぐにやってきた。曲数にしてたったの三曲。雑魚も雑魚だ。


「くぅぅ……普段馬車移動のくせに、どんだけ体力あるんだよ……」


 ただでさえ慣れないヒールに体重のかけ方が分からないせいで踵が超痛いのに、ダンスともなればかかる圧は倍以上。つま先に重心をかけてなら歩けるが、とてもじゃないがホールの方で微笑みながら踊っているご令嬢やご婦人達のようにはいかない。化け物か?


 ドレスに使ってる布の量も装飾品もあっちは相当あるから、その重さもかかるだろうに……恐るべしだ。双子のドレスは薄い生地が幾重にも重なってるタイプだから軽いとはいえ、それでも尊敬してしまう。そんな双子と次男と夫人は未だホールにいるけど、もう今夜はあの戦場への合流は諦めた。


「体力があるというより、恐らく初めてのダンスで緊張しているというのもある。それに今夜は母が無理を言ったのだろう。申し訳なかった」


「いえ……ギルバート様にリードしてもらえて助かりました。おかげで、三回目のコーディーさんとのダンスでは、思ってたよりつま先踏む回数も少なかった、気がします。あとコーディーさんも、つま先踏んですみません」


「お嬢に踏まれたところで猫に踏まれたみたいなものですよ」


「ハリスの子息は女性に優しいようだ。それにダンスも上手い」


「恐縮です。うちは女子供と商品には優しくあれとの家訓がありますから」


「それは素晴らしい家訓だ。見習わなくてはな」


 そう言って笑い会う二人は静と動。陰と陽。攻めと受け。要するに今夜ここに集まっている女性陣の視線をかなり集めている。その分こっちに対する視線も凄いわけで。挨拶周りを先に済ませておけば少しは違っただろうが、今の私の立ち位置は百合の間に挟まる云々のあれと同じってことだ。


「私はもうダンスはいいんで、お二人は向こうに戻って下さい。ほら、男前が二人揃ってここにいると女性達の視線が痛い」


「そうか……招いた側が参加者を退屈させてはいけないな。ではすまないが、主催者側の責務を果たしてこよう」


「お嬢、それなら俺も一緒に――、」


「子供じゃないんだから、知らない場所で暗いところに一人で行ったりしないって。えっと、クロークだっけ? に預けた忠太入りのストール返してもらいに行くついでに、ちょっと向こうの会場で本でも探してみるよ。それなら良いだろ?」


 先回りして続く言葉を封じれば、コーディーはまだ何か言いたそうにしていたものの、こっちが引く気がなさそうだと分かると、渋々未来の顧客に顔を憶えてもらうためにホールへと戻っていった。


 こうして自由を得た直後煌びやかなダンスホールから逃げ出すことに成功。その足でクローク係の人に声をかけたら、人手が足りないのか、少し慌てた様子で「申し訳ありませんお客様。少々ホールの方でお待ち下さい」と言われたので、先に本を見て回ることにした。


「ふぅん、恋愛ものばっかだったらどうしようかと思ったけど、結構面白そうなのもあるなな。これなんか王都の食べ歩き本じゃん……彦○呂並の食レポつきか。下町の大衆居酒屋のまで載ってるとか良いな。今度忠太と食べ歩きする用に買お」


「失礼、レディ」


「お、小石で作るミニチュアハウスか……これ金太郎が好きそう」


「レディ?」


「あ、これはレベッカが好きそう。へぇ、こっちはレティーが好きそうだな」


「そちらの黒いドレスの魅力的なレディ」

 

 薄ら寒い台詞で話しかけられているのが自分っぽいことに気付いて振り向くと、そこにはさっきまでクソ雑魚ダンスに付き合ってくれていたギルバート様より、多少年齢が上そうな人物が立っていた。濃い茶色の髪に琥珀色の瞳。


 彫りの深い顔立ちはかなり整ってるけど、前世で培った人相見が瞬時に苦手なタイプだと割り出して警告している。


「やはりお美しい。もしお一人なのでしたらご一緒させて頂いても?」


 その目は節穴か? こういう嫌な勘ほど当たるのって何でなんだろう。深夜のバイト帰りによく捕まった鬱陶しいキャッチみたいな奴だなこいつ。目の奥が笑ってない。自分の顔の良さを鼻にかけてる奴特有の傲慢さもある。結論。無礼にはね除けて善し。


「見て分かると思うけど、今知り合いへの土産を選ぶので忙しいんだ。それと連れならいるぞ。独占欲の強い奴がな。だから悪いけど他を当たってくれ」


「ああ、そんな風に素っ気なくされるのも新鮮だ。流石はあのハリスが手中に納めたがる錬金術師殿」


 いもしない連れの話を持ち出した直後、そう言って笑みを深くした男の瞳から目が離せず、急に目眩に襲われた私の腕を男が掴んだその時――。


「ご紹介に与りました独占欲の強い貴女の連れがストールのお届けに参りましたよ。それと……早くマリからその手を離しなさい。この下郎」

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