第158話 一人と一匹、星輪祭の夜に②


 会場内に一歩足を踏み入れると、そこは貴族社会の縮図と言うよりは何と言うか……思ってたのと違った。一見すればドラマで見たことのあるような、高級ホテルの立食パーティーに似ているのだが、熱気に満ちた会場内のテーブルにあるのは食事ではなく【本】だ。


 しかも一冊や二冊ではない。そんなテーブルがズラーッと会場内の端から端まで並んでいる。何かこういう光景をどっかで見たことがある気もするんだけど、たぶん自分の生活圏内じゃない。でも確かに知っているという謎の自信はある。はて何だったっけなぁ?


 さらに奇妙なことに、一緒に入場してきたはずの紳士淑女はほぼ全員が入口付近でパートナーと別れ、それぞれ一目散に別々のテーブルに向かっていく。そしてそのテーブルの前にはこれまた紳士や淑女が並んでおり、そのテーブルの向こう側には頬を上気させた……貴族だったり、この場に居合わせるにはだいぶ違和感のある私と同じような一般人が座っている。


 並んでいる人達も、座っている人達も年齢、性別共にバラバラ。同じなのは熱量くらいのものだろう。中には熱心にテーブルの向こう側の人と言葉を交わす人もいた。どちらも楽しそうなので迷惑行為にはあたらないのか、会場内にいる護衛ガードマン達は動かない。


 そして早くも会場の壁際に集まっている人達は、あれを製本といって良いのか微妙な紙を糸で綴って束ねただけに見える本を手に、女性陣はお上品に悶えたり、男性陣は何か熱い討論的なものを繰り広げている。


 ただ時々娘や妻に付き合わされて来たっぽい年配の紳士達が肩身狭そうにしていると、どこからかやってきた給仕が別室へと案内している姿もあった。そんな感じでホール全体が本の乗ったテーブルにジャックされているので、心配していたダンスとかはなさそうなのにはホッとしたが、かえってこの催しへの謎が深まる。


 助けを求めてストールのポケットにいる忠太を見下ろすも、正装したハツカネズミは、スマホに向かって一心不乱に調べ物をしている最中だった。うーん……こうなった忠太は疑問が解決するまでしばらく会話は無理か。


「あのさコーディーさん。あんまり詳しい内容を聞いてなかったんだけどさ、今夜のこれって一体どういう会なわけ?」


 仕方なく隣に立って周囲を見回していたコーディーにそう声をかけると、彼は少しだけ考える素振りを見せ、考えがまとまったらしく口を開いた。


「今夜のこの集いは出版社事業を立ち上げたコルテス夫人が開いた、作家の卵や作家志望の人間と出版社の人間を繋ぐ会だ。あとはうちみたいな商人で、出版社の人間に出版物を卸してくれるように営業をかけに出張っている。招待されている貴族達は夫人の知己か、夫人が出版した本へのファンレターを送ってきた方達らしい」


「へぇ、それじゃあ今夜のこれはまだ日の目を見てない小説家もどきと、看板になりそうな新人小説家の発掘と、パトロン探しの合せ技みたいな催しなわけだ」


「大体それで間違いではないかと。ただうちみたいなところが今夜潜り込めたのは、お嬢のおかげです。親父が喜んでいた。感謝しています」


「そこは普通にハリス運送の実力だって。コルテス夫人はしっかりした人だ。依怙贔屓はしたりしない。まぁともかく、ダンスがあったり堅苦しい挨拶があったりする席でないって分かって安心したわ。さっきから色々気になってるところがあるみたいだし、私達はその辺でうろうろしてるから営業に行ってきたらどうだ?」


「いえ、お嬢を一人にするわけには。夜会ですので奥は普通のパーティー会場ですよ。一応ダンスもあります。それにコルテス夫人への挨拶も――、」


 コーディーには悪いがそういう無用な気遣いが面倒だったので、説得するより先に「一人じゃないって。ほら」とストールの内側をめくって忠太の後頭部をを見せれば、何故か「……分かりましたから、ストールを戻して下さい」と顔を反らされてしまった。何でだ。


 そして呆れなのか気疲れなのか、溜息をつきながら「ではお言葉に甘えて少し会場内を一周して来ますが、おかしな輩が混じっていないとも限りませんので、くれぐれも今のような行動は謹んで下さい」と言って会場内に消えていった。


 その背中を見送ってさてどこに何を見に行くかと思っていると、ストールを内側からツンツンと引っ張られる。開けっ広げにして怒られたところなので控えめに中を覗けば、スマホでの検索が完了したらしい忠太が【こみけ かいじょう にてます】と打ち込んでいた。画面に顔を近付けすぎたのか、静電気でヒゲが顔の中心に寄ってるところが可愛い。


 コミケ。通称コミックマーケット。前世でプロもアマチュアも関係なく物語を創作する者達が集うお祭りだ。またの名をオタクの祭典。ニュースで夏と年末に大々的に見るやつ。ご丁寧に画像の載った記事まで引っ張ってきてくれる敏腕ぶりだ。


「あ、そっか、それだわ。何か見たことある光景だなーって思ってたんだよ。調べてくれてありがとな。スッキリしたわ」


【いえいえ それほどでも なにより ふじん すごいです このぶんか おそわらずに おもいつくなんて】


「な。貴族よりも起業家とかの方が向いてそうだ」


【このかいじょうは こっちのせかいで おたくぶんか はっしょうのち】


「うーん……そう言われるといーのかなーって気持ちになるな」


【しゅうきょう からまない おし けんこうにいい それはそうと まり さこつがみえるどれす いせいのまえで すとーるひらく たぶん よくない】


「え、あぁ? さっきのコーディーの反応ってそういう反応?」


【たぶん そうかと にんげん むずかしいです】


 そう打ち込んで小首を傾げるハツカネズミ守護精霊と同じレベルの私。前世だとイベント設営のバイトでタンクトップで働いてた時もそんなこと注意されたことがないぞ……。この世界は意外と女性扱いをされる範疇が広いのかもしれないなぁなんて思っていたその時、どこからか「あそこにいるの、マリじゃない?」「でも隣にいたのはロビンではなかったわ」という声が聞こえてきて。


 ぐるーっと周囲を見回したら一際人だかりが出来ているテーブルの方から、見覚えのある人物が二人飛び出して駆け寄ってきた。言わずもがな、泣き言を綴った手紙で私達をここに呼び寄せたサーラとラーナだ。


「やっぱりマリも来てくれたのね! 嬉しいわ! それはそうとマリは勿論〝檻の名は、楽園〟派よね?」


「え?」


「そう頭ごなしに決めつけては駄目よラーナ。もしかしたらマリもわたしと同じ〝煤と金剛〟派かもしれないもの」


「は?」


「決めつけは確かに良くないけど、誘導だって良くないわよサーラ」


「誘導だなんて人聞きが悪いわ。ただの可能性の提示よ?」


 ルーグルーの民族衣装だろうか? アラビアンな色違いのドレスに身を包んだ二人にがっちり両側を挟まれ、久々の再会のはずが圧と勢いが強いせいで素直に喜べない。捕まった宇宙人の気分だ。何だこの状況。


【やはり こうなって しまいましたね】


「どうしてどっちもありっていう落としどころがないんだ……」


【それが つうようすれば せかいに せんそう ありませんね】


「えぇー……世界巻き込んじゃったのか?」


【では まり けっこんしてるのに こいびとつくるひと どうおもいます】


「死ぬべきだと思う」


【それです】


 思わず同じか? と困惑する私に、ネットのパイセンである忠太は【かぷの たちいち みぎか ひだりかで ちをみる せかい】と追い打ちをかけてきた。右か左って思想の話か、視力検査の話か、利き手の話とかじゃないのか。異世界の中の異世界を覗いた気分。


 しかも二人の会話内容から上製本二冊同時購入者には、特典としてオフィシャルガイドブック(非売品)がつくと分かった。中身は櫻子さんの小説のキャラクター設定集だが、神絵師によるカラー絵が載っていて、さらに限定本ならではの会員番号シリアルナンバー刻印というマニア垂涎本。


 こうなるとすでにペーパーバックを購入していても欲しくなるというのが、世のオタクの心理らしい。本編は同じ中身のはずなんだが良いのか――……とか思っていたら、両側の双子から「「さぁ、答えて!!」」と迫られて。


 「どっちにも良いとこ……」と言いかけた瞬間、双子の視線に加え、近くにいた紳士淑女達から針のような視線を向けられたのだった。

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