第157話 一人と一匹、星輪祭の夜に①


 ついに星輪祭がやってきてしまった。

 別に星輪祭が嫌なわけでも悪いわけでもない。


 日程がほぼほぼ前世でいうところのクリスマスと重なるので、ネットフリマの店は出版された書籍の影響もあってか、プレゼントとしての需要が年内で最高潮に達したし、その少し前からまた凝りもせずに出てきた転売ヤー達が駄神のギフト経由で投げ銭もくれた。サンタとトナカイが来なくても財布と心は潤っている。


 ――が。


 また一組、前に停まっていた馬車から煌びやかな装いの紳士淑女が降りて、優雅に今夜の会場となる屋敷に吸い込まれて行く。こっちはまだ心の準備が出来てないから待ってほしいんだけど、そんなことを今夜ここで感じるのはほんの一握りなのだろう。


「うわぁ……やっぱ無理だって。場違い感が半端ない」


「ここまで来てしまっては今更です。諦めて下さいお嬢。それよりも本当に今夜のエスコート役がミツネ殿でなく俺で良かったんですか? もしかしなくともうちの親父が無理を言ったのでは――、」


「あ、いや、それは大丈夫。ミツネは仕事が入ってたみたいでさ。むしろ助かった。もしもコーディーさんに今夜一緒にいたい人がいたんなら悪いけど」


「ハハッ、それこそ心配無用です。俺みたいにつまらん男と一緒にいたい奴は、うちの従業員以外にいませんよ」


 そう言うと珍しく目の前の彼は笑って。それを聞いた忠太が【いいおとこ けんそん すると よのだんせい かちめうす】と打ち込むから、今度は二人して笑ってしまった。


 一週間前にブレントから受け取った金縁の封書は、コルテス夫人からの星輪祭に開く夜会の招待状。内容も新しく興した出版社のお披露目を兼ねているというものだったので、ならまぁ出るかとなったのだが……考えてみれば夜会(?)なんて言葉は、貴族階級でない前世ではよっぽど金持ちでもなければ耳にしない言葉だった。


 着て行く服がない。前世とは違って買う金はあっても、そこに相応しい装いなんて知るはずもないし、前世でどれだけ金持ちだったとしても、貴族が普通にいるこの世界と比べてのフォーマルな装いとはたぶん程遠い。品とか威厳とか決まり事とかそういうのが。


 ――結果、当然の如く尻込みした。


 普通の小市民らしい神経を持っていた私は出席を止めとこうと思ったのだ。しかしそれは新しい販路開拓に燃える押しの強い魔法使いの手によって阻まれた。一度は抵抗を試みてみたものの、実際のところコルテス夫人に私を頷かせるよう命じられていたのだろう。


 やれやれといった表情で二通目に手渡された鮮やかな緑の縁取りの手紙は、ラーナとサーラからの〝当日会えるのが楽しみね! 絶対来てね?〟という、暗に同じく場違いなところに招かれた双子のSOSが綴られたものだったからだ。


 忠太をミツネとして召喚出来ないのは、双子にはロビンと名乗っていたからで。あの時からミツネと名乗らせていたら良かったと悔やむ。


 ともあれそんな学友達を見捨てることも出来なかったので仕方なーく出席を決め、せめてコルテス夫人に恥をかかない程度にかつ、誰にも気にされそうにない正装を用意してくれとブレントに頼んだのだが――。


「たださぁ……今夜出席するとは言ったけど、私は確か〝誰も近付こうと思わないような、ヤバイ女に仕立ててくれ〟って言ったよな?」


「ああ、注文通りの近寄り難い女になっていると思う。似合っているぞお嬢」


「へぇ、ありがとよ――って違うだろコーディーさん。近付こうと思わないっていう意味が違う。目立たないようにしてくれって言ったんだよ。これだとただのその筋のヤバそうな女。この会場内で悪目立ちしかしないって」


 パッと見は真っ黒なのにちょっと照明が当たれば虹色に輝く、皮膚の一部のように身体にぴったりと馴染む袖のないロングドレスの裏地は深紅。


 ちなみに膝下までのスリットが入っている。少し歩いただけで覗く色が深紅って、どう考えても堅気のデザインではない。肘を越す同色の長手袋と肩にかけた銀狼の毛皮で出来たストールが拍車をかけた。でもこのストールは裏側にポケットがついていて、スマホと忠太が収納可能な便利アイテムでもある。


 装飾品は去年忠太に作ってもらったラリエット首飾りとピアスに加え、新作の淡水パールの髪飾りと、ここだけやや清楚な感じ。ドレスと喧嘩するかと思ったけど意外と調和している。全体的に寒いのか暑いのか謎な装いだけど、任せたのがブレントというのがそもそもの間違いだった。しかし――。


「だが背の高い貴女にとても似合っていると思う。そういう点では目立つな。そこは注文に添えず申し訳ない」


 真っ直ぐに見据えられたまま淡々とそう言われては調子が狂う。苦情を連ねるのも大人げない気がしたのと、気が抜けたので「おぅ……どうも」と言うだけに留めた。するとストールのポケットから身を乗り出した忠太が【まり わたしが いちばん まりのきれいさ しってます】と打ち込んだスマホを見せてくる。


 そんな忠太の健気可愛さに、斜向かいに座っているコーディーが俯いて「くっ」と小さく声を漏らした。ふふ、そうだろう、そうだろう。ドヤァ。


 今宵の忠太はフリマサイトでシル○ニアの服を多く手がけるフクマルさん作の燕尾服……っぽい、ベストと蝶ネクタイという、凛々しいハツカネズミだ。これなら会場内で誰かの目についても摘まみ出されたりはしまい。金太郎? あいつは暴れ回ることが目に見えてるからレティーとエドの家で星輪祭だ。


「忠太もそこで変な張り合い方するなよ。でもありがとな。私がこんな格好したって馬子にも衣装だろうに、優しい奴め」


 力説した興奮からフスフスと震えるヒゲを摘んで、ピンク色の鼻の頭をつついていたら「さぁ、次はやっと俺達の番のようだ」と声がかかって。


 そう言われた直後に外から馬車のドアが開かれ、先に降りたコーディーが「お手をどうぞ、お嬢」とこちらに差し出す手を、溜息混じりに取る。このくらい通常なら飛び下りれる高さだ。けれど今夜は慣れないヒールなのでそうもいかない。


 おっかなびっくり腰が引けた状態になりつつ馬車を降りたところで、ふとあることを忘れていたことに気付き、同じことに思い至っていたらしい忠太が差し出してきたスマホを受け取る。先に入口で招待状を係の人間に提出していたコーディーが不思議そうにこちらを振り返るけど、そんなことは気にせずに。


「ちゃんとレンズ見てるか忠太? 見てるな? それじゃ、はい、チーズ!」


 スマホのフォルダにまた一枚。

 一人と一匹の思い出の画像が加算される。

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