第155話 一人と一匹、萌えの概念を持ち込む。


 朝の空気の冷たさが日に日に増している。


 そんなベッドから抜け出すのも、森の畑に向かうのも億劫になりつつある十二月。でも焼き芋をしながら凍えた身体を温められるから、夏とどっちがマシとかいう感覚はない。どっちもどっちで辛いって方で。


 まぁ良いところは一日終わりの風呂が最高な季節になったところか。教会で作ってもらってる石鹸もかなりバリエーションが豊富になってきたので、あずま袋と合わせて結構な収益になってきているし、今後公衆浴場に卸せるようになればもっと良いと思う。


 季節的にカボチャとサツマイモしかないけど、焼き芋と干し芋、カボチャチップスとカボチャのドーナツ(ホットケーキミックス使用、丸型)は人気商品だ。


 今朝も土を払って追熟させておいたサツマイモで焼き芋を仕込み、前日金太郎が切ってくれたカボチャを焼き芋を焼いた灰に鉄鍋を埋めてじっくり蒸して潰し、ホットケーキの生地に混ぜ込んで揚げた。ついでにスライスしたカボチャも素揚げして軽く塩を振る。


 途中で「多めに揚げちゃったからな〜」【たべて かずあわせ】と言い訳をしつつ、つまみ食いで朝ごはんを済ませたら、その後は軽く煤汚れを拭いていつも通りマルカの町へ納品に向かうわけだが――。


「マリ、マリ、マーリー、聞いて聞いて! 昨日は何袋売れたと思う?」


 エドの店についた瞬間、学校に行く前のレティーに捕まった。朝食を済ませてすぐに待ち構えていたのだろう。頬に目玉焼きの黄身がくっついていたので、気付かれないようにサッと拭ってやりながら「そうだなー……一昨日は二袋だったから、四袋くらい?」と適当に話しを合わせれば、にまらぁとその頬が緩んだ。


「ハズレ! あのね、昨日は十袋中の六袋も売れたの! それに昨日の夜はお母さんのシチューも美味しく作れたのよ!」


【おや それはすごい れてぃーのくっきー おいしいですからね】


「えへへ、ありがとチュータ。でもね、味がおいしいかなんて買わなくちゃ分からないでしょう? だからえっとほら……あ、しょーいん! しょーいんはキンタローに包装してもらったおかげだと思うわ!」


「しょーいん……ああ、勝因か」


 鼻息も荒く腰にしがみついてくるレティーの頭上で、持ってきた商品を保冷庫に並べていく。栗の甘露煮っぽいのはこっちの世界にも普通にあって、何なら前世より断然安いし、今度焼き芋を潰して栗の甘露煮を入れた芋羊羹でも作ってみるかと考え中だ。


 一昨日作った栗きんとんは忠太が【〝ぜんしんうまりたい〟】と絶賛してくれた。当然丸洗いの刑に処したが。

 

 ちなみにカボチャもサツマイモも収穫期は10月くらいまでだが、収穫後に水気を飛ばす熟成期間を挟むので出荷が今の時期くらいになる。玉ねぎなんかもそう。植物の不思議だ。家庭菜園始めるまでそんなことも知らなかった。


 そもそもオニキスから譲り受けた【緑の指】がなかったら、いかに家庭菜園といえどもこんなに続かなかっただろうけど。前世も今世も農家さんに感謝。


「ま、確かに金太郎は器用だもんなぁ。銀と金の折り紙だけで、デパ地下のお菓子屋みたいなクッキー缶もどきを作れるんだから」


【もはや たくみのいき げんだいの めいこう】


 私と忠太とレティーが揃って頷けば、足許の金太郎からドヤりの気配が漂ってきた。ちなみに普段は留守番だけど、今日はこのあとにハリス運送にダンジョン深層部の地図の写本と、冒険者ギルドで頼まれた水没させてしまった魔道書の複製品の納入という大荷物だったので、金太郎には荷物持ちとしてご同行頂いている。


 自分の名前が話題に上がってご満悦なのか、丸っこい羊毛フェルトボディに二百頁の魔道書三十冊と、地図四十枚が入った木箱を頭上に乗せて得意気だ。上からだと見えないけど。勝手に動く木箱は蓋のないミミックみたいで面白い。


 普通なら潰れてぺちゃんこなところだが、謎の力で形を保っているんだよな。報酬(千代紙と金銀折り紙)を先払いしただけあってやる気にも満ちて――と。


「おいおい、レティー。時計を見てみろ。もう学校の時間だろう。マリも忙しいんだからあんまり絡むな」


「ああエド、おはよう。こっちとしては修復の練習用に使わせてくれたエドの奥さんのレシピが、娘のレティーの役に立ってるのが分かって嬉しいってもんよ」


「そうよお父さん。お母さんがレシピノートにソース零して台なしにするおっちょこちょいだったのも、料理上手だったって分かったのも、全部マリのおかげなんだから。どれだけ嬉しいか教えてただけだもん」


 ベーッと舌を出すレティーの頭を苦笑混じりに豪快に撫でながら、エドに「分かった分かった。だがマリはこのあとはギルドに納品、レティーは学校だ。そら、どっちも行ってこい」と言われたので素直に店を出て、途中まで一緒に歩いた。


 レティーと別れて横切った市場の一角。本来なら今の時間すでに捌けてるはずのそこに人だかりが出来ているのを見て、金太郎が木箱を置いて野次馬根性を発揮する前に「あれはお前も知ってるやつだよ」と声をかける。


 【流星の如く文壇に現れた女流作家、チェリー・ブロッサム。謎多き彼女の鮮烈な処女作にして問題作〝檻の名は、楽園〟と〝煤と金剛〟を再入荷しました!】と書かれた紙がデカデカと貼り出された、王都帰りのハリス運送の馬車。


 その前には年齢を問わず女性達がキャアキャア言いながら並んでいる。ある意味初版本を持っているから買う気はないけど、簡易に設けられた平積み台を覗き込めば、そこにはあの百合とバラを配した同人誌が並んでいた。


「すーごいな。また重版したんだ、あの本」


【はつばいから いっかげつ たつのに だいにんき】


「みたいだな。こっちにくるのは庶民でも何とか手が届くペーパーバックだけど、王都の金持ち連中の間だと上製本が主流らしいぞ」


 あのダンジョンから帰ってきてすぐに王都のコルテス夫人の元へ届けた同人誌。彼女は受け取った同人誌の表紙を見て非常に驚きつつも喜んでくれ、中身の確認をするから待ってくれと頼まれたのでお茶をして待っていたら、いつの間にか大量に刷って出版する流れになっていた。


 幸いにもこっちの世界の宗教的なあれやこれに同性愛は引っかからないらしいが、その代わりにそういう概念も一般に定着していないから、センセーショナルではあるようで、そこに彼女は目をつけた。そう……彼女は曾祖母の本に感銘を受け、新たに出版社を立ち上げてしまったのだ。推しは曾祖母ってなかなかないぞ。


 しかも才能のある金持ちって怖い。金稼ぎの直感が。一見何の考えもなしに湯水の如く金を使ってるように見えて、自分の好みに忠実なくせにしっかり経済も回す。前世の汚職政治家連中は夫人の爪の垢を煎じて飲んだ方が良い。


 現在ブロッサム出版は作品の持ち込みを随時受付中。メールであいつにそう伝えたらbotが書いたみたいな文章を送ってきたので、やり直しを要求しているところだ。社名とペンネームは櫻子さんの名前を英語でもじった表現にしといた。有名な単語だったから、英語評価が十段階の三な私でもギリギリ知ってるやつで助かったわ。


【せんしょくした かわせい はくおし おたんびさ ましますね】


「おう。あっちのは挿絵もついてるらしいからな。コルテス夫人の本気さが窺えるわ。あと双子が手紙で百合が良いかブロマンスが良いかで荒ぶってたの、結局どうなったんだろうな?」


【しかし このあらそいが まさかのちに たいりくぜんどを まきこむことになろうとは つづく】


 シュタタタタ、と馬鹿なナレーションを打ち込むハツカネズミの額を指でつつきながら、足元で弾む蓋なしミミックと共にハリス運送の事務所に急いだ。

 

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