第154話 一人と一匹と一体、余白を探る⑥


 不思議な二日間を過ごしたせいか時差ボケが少し残ったものの、忠太も金太郎も心得た様子でさらっと探索部隊に合流し、何とか無事に新たなダンジョン最深部のマッピングを終え、今晩は前夜と同じく野営をすることになった。


 食事をとったあとはハリス運送の従業員達と冒険者ギルドからの派遣組が、薬師と私達はしっかり休むようにと寝ずの番を引き受けてくれたので、お言葉に甘えて少しだけ離れた場所にあった岩壁の窪みに帆布の目隠しを張り、ようやっと忠太と金太郎とアイスブレイクでホッと一息。ダンジョンで食べる○見だいふく最高。


 さてそろそろ駄神のメールでも読むか……となったところでスマホの受信メールを開いたら、まぁ案の定な現実がそこにあった。やっぱ一回シバキ倒したいなあいつとは思いつつ、予想していた通りなので殺意までは湧かない。据え置き判定。


◆◆◆


₪₪₱▼₫₣₪■℘℘守護精霊値 7000PP+

℘₪℘₣■■₪₪₰℘守護対象者幸福値 11000PP+

₫√₱▼▲▲₪₣℘◆生存期待値 20000PP+


守護対象〝マリ〟の生涯獲得ポイント更新。

ΨΦΔΔ■ΣΨΦ ΔΔΦ//ΨΨΦ 180000PP+


◆◆◆


 増えてた。よりにもよってあの増えてちゃ駄目だと言われてたやつが。とはいえ忠太も「ですよね」と悟りの表情を浮かべる余裕がある。上司の無茶振りにショックを受ける峠を越したらしい。


 金太郎はといえば、役割を終えたザリヒゲを丁寧に磨いている。もしかして持って帰るつもりなのか……? 駄目元で明日ダンジョンの入口で捨てるように言おう。これを許したら次から何でも拾って持って帰りかねない。


 子供は変な物を拾って執着する天才だって、バイト先のパートさんが言ってたっけ。一度持ち帰ることを許せば最後だとも。怖すぎるだろ子供――と。


「能力で増えてるのはこの【スクロール】だけど、これって要はこうやってスマホの画面を動かすのと同じ意味だろ? 実際どういうやつか分かるか?」


「スクロールはこの動きを指す言葉でもありますが、元々は紙の巻物、もしくは書物全般を指す言葉のようですね。能力的に分かりやすく言えば、触れるだけでお手軽に欲しい書物の写本が出来るみたいです」


「便利なのか不便なのか判断しかねるけど、駄神クオリティだから仕方ないか」


「いいえマリ。これはとても使えますよ。ほらこことか」


 スクロールの使い方的な項目を見つけた忠太の指がスマホ画面をタップする。文字が大きく抜粋されたそこには、コピー機能と言語の自動変換、そして欠けた部分の修復パッチ機能までついていると書かれていた。


「古文書や魔道書の欠損部分にも有効でしょう。そうなれば写本の価値も高くなります。相手が地位や権力を振りかざす嫌いなタイプの人種であっても、勿体ぶればいくらでも依頼料は吹っかけられますし、副業に最適かと」


「成程。確かにそれは凄く良いな。想像しやすくて分かりやすい」


「ね、そうでしょう?」


 紅い目を細めて優しげにサラッと悪どいことを言う相棒が頼もしい。でもそういうことなら駄神グッジョブってとこか。ひとまずこの瞬間だけは。何にせよ転売ヤー撲滅ポイント以来の有益なスキルということになる。さらに読み進めていくと、見覚えのない称号も増えていた。


ーーーー


 ☆新たな称号【時空の観測者】が加わりました!


ーーーー


 今回生存目標である第五難関〝悠久回廊〟をクリアで入手。


 守護精霊の人化ポイントの微軽減が可能。

 アイテムボックスの使用が可能。

 衛生魔法が使用可能。

 他世界線にいる精霊とのメールが可能。


 なお、新しい称号を得たことで加護オプションにつきましては、上記のいずれかを二つお選び下さい。


ーーーー


 だそうだ。選べる加護オプションも悪くない。しかしここで気になるのは、一番最後の項目。見間違えかと思って一度メールを閉じてもう一回開いてみたものの、変わらずそこに何食わぬ顔で載っている。他世界線ていうと……三時間前くらいまでいたところだろう。


 無言のまま視線を忠太に向けると、同じことを思い悩んでいるのだと分かる複雑な心境を前面に出した表情をしている。選べるオプションは二つ。


 普通に考えればここ数日の遠征や、ダンジョン探索時に便利な衛生魔法と人化ポイントの軽減。もしくは人化ポイント軽減とアイテムボックスだ。悩む必要なんてこれっぽっちもない。ない――……はずなんだけど。


『このアパートの敷地内からは出られません。何分特殊な存在ですから。交代要員もほとんど現れず、現れたとしても***が後任者に会うことはありません。交代と同時に消滅するので』


 一瞬私の脳裏を過ったのはそんな言葉だった。忠太はどうなんだろうとこっちが尋ねる前に、ふと溜息混じりに「わたしのいない場所で、マリの顔であんな風に落ち込まれるのは嫌ですね」と言ってくれ、ずっと私達の話に興味がなさそうだった金太郎がザリヒゲでスマホをつつく。


 だったら迷う必要なんてもうないか。適当にけしかけはしたけど、もしもあいつがその気になって新刊が出たらそれはそれで気になるし。そもそも考えてみたらこのスクロールギフトを選んでくれたのは駄神じゃない。駄神はあの空間でだけあいつにギフトを贈る権限を与えてやる代わりに、あいつが何を選んで与えるか面白がってるだけだと推測。性格悪いからこの推測はたぶん遠くない。


「満場一致っぽいからもう選ぶけど、良いか?」


「わたしも金太郎もマリの決定に不服はありません」


「はっ、どれにするかも聞いてないのに言うねぇ。でもま、それでお前達が良いならいくぞ。ポチポチッと」


 おどけるみたいに肩をすくめる忠太と、その真似っこをする金太郎を見て笑いながらスマホの画面を二度タップすれば、ややあってから〝ポーン〟と軽快な電子音が鳴り響き。これまで駄神からの一方通行だった空っぽの電話帳に連絡先が一件追加された。ともあれ一番最初のメッセージはやっぱりこれだよな。


 〝先生、次回作の進捗お待ちしてます!〟

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