第149話 一人と一匹と一体、余白に挑む②


 奥に進むとまた泉があった。ただし今回のは本当にこんこんと湧いているタイプのやつだ。サザエやトコブシの貝殻の内側(居酒屋のバイトで見た)みたいに見えるそれが水の色なのか、はたまた泉の底の砂の色なのかは分からないけど、飲んで良いかと人に聞かれたら絶対止める。


 おまけに泉の水自体が淡く発光しているようで、洞窟内なのに割と明るい。幻想的と言えなくもないが、綺麗なんだけど宝石を溶かした色の水は飲めない気がするっていうか……なぁ?


 前世だと〝工場から重金属の含まれた排水が流出〟みたいなニュースになってるやつだろこれはとか思っていたら、薬師達が小瓶を手にこぞって泉の水を掬い始めた。ランタンの明かりに翳して小瓶に掬った水を見つめる目は真剣そのものだ。


 ちなみに従業員達も各々散らばって壁面を確認する人、薬師達と一緒に水を確認する人、何かの魔法具を使って数値を測っている人、周囲を警戒している人と、自然にそれぞれの役割に分かれる。


 金太郎はさっきのザリガニの頭から毟り取ったヒゲを泉で洗っているが……ピカピカしてて綺麗ではあるけど何に使うつもりなんだ、あんなの。一応ナマモノだし腐ると嫌だからダンジョンを出る時に捨てさせるか。


 さて魔物が出る様子は今のところないし、下手にうろうろしても邪魔だろう。どうしたものかなと首を傾げていたら、隣から「ここの水脈は、かなり魔素を含んでいるようです」と声が降ってきた。


「ごめん忠太、その魔素って何だ?」


「魔素は自然界に漂う極々微量の魔力で、この世界では〝精霊の分け前〟とも呼ばれています。ただし精霊のとつくだけあって、かなり曖昧で気紛れな存在ですね。普通は魔素をそのまま人間に取り込むことは不可能ですが、一定の条件が整った場合にのみ取り込むことが可能になります」


「一定の条件……ていうと?」


「はい。このダンジョンのように密閉度が高くて狭い場所では、空気中の魔素は散らばることなく、行き場を求めて周辺の自然物に吸着してしまいます。ここだと壁の石や泉の砂なんかがそうですね。例えばあの泉の水ですが、通ってきた石や砂から魔素が漉されて、それが湧き出ている」


「てことは、あの魔素を凝縮した水を飲めば魔力を体内に取り込めたり、魔力が回復するってことか?」


「ご明察です。流石はマリ。理解が早くて教えやすいです。俗っぽく言えばあれは天然のポーションですね」


「へえぇ、ポーションってあんな風に湧くんだ。てっきり全部人間が手作業で作るものかと思ってた」


「まぁ普通は天然のポーションなんてそうそうないですね。でもだからこそきっとここの地図は高く売れますよ」


 にこにこと説明してくれる忠太の言葉に感心していると、ザリガニのヒゲを洗い終えたのか、びしょ濡れになって身体が重そうな金太郎がヒゲを引きずってこちらに戻って来た。よっぽど丁寧に洗ったのか、輝きが増してて捨てろと言い辛いことになっている。


「金太郎、お前なぁ……その水浸しの状態で肩に乗ってくれるなよ。それとあとで絞るから覚悟しとけ?」


「まぁまぁ、マリ。随分張り切ったようですから許してあげて下さい」


 足許で良いから受け取れとばかりにヒゲを差し出してきた金太郎の手から、それを受け取った忠太が困惑した様子で眉を寄せた。長さにして一メートル以上はありそうなヒゲ。鞭とかに加工したら、武器としてそのトゲトゲが良い感じに仕事しそうだ。問題は臭いだけど。


 居酒屋バイトで夏場のごみ捨ては本気で地獄だった。刺身頼んで食いきらずに残す客に殺意すら抱いたくらいである。魚介類は本当にヤバイ。臭いで死ぬ。


 でもゲームとかだと何ちゃら虫の革鎧やら、何ちゃら蟹の甲羅やらで兜を作ってるし、もしかしたら加工の仕方で臭いが出なくなるとかあるのかも――と。


「ふむ、これは……妙ですね」


「どうした、もしかしてもう生臭くなってるのか? 捨てさせる?」


「いえ、そういうのではなくて、このヒゲまだ生体反応があるみたいなんです」


 周囲を気にしてかやや声を潜めてそう言う忠太に対し、今度はこちらが眉を寄せる番だ。死んだはずの生き物から生体反応なんてあるはずがない。でも忠太がそんな下らない嘘を言うはずがないし、わざわざヒゲを洗って持ってきた金太郎にしてもそうだ。理由があるからそうしてくれる場合が圧倒的に多い。


 忠太と金太郎にならって周囲を気にかけつつ忠太の手にあるヒゲに触れるも、特に何も感じない。せいぜいが突起部分にあるトゲの感触を拾うだけだ。


「うーん? 私は特に何も感じないけど。第一このヒゲが生きてるって言っても、本体はもう死んでるぞ」


「ええ。ですので正しくは、この魔物が直前に触れた何らかの生物の残留思念が、まだうっすらとこのヒゲに残っている状態というべきでしょうか」


「ということはまた金太郎的な存在ってやつだと思って良いわけだ」


「恐らくは。ですがこれはどちらかというと形があるように感じます。気配から察するに顕現したての頃でなく、今のわたしに近しい存在かと」


 残留思念ってもっと珍しい現象っぽいのに割と出くわすせいで、だんだん〝ああまたか〟みたいな感じになってくるというか。たとえが酒のツマミで申し訳ないが、神秘も新鮮味が失せると豪華な刺身の盛り合わせから、カルパスくらいになる。要するに重要度とか関心度が下がるのだ。


 一瞬そんなことで意識が飛んでいたところを、金太郎がヒゲを引っ張ったので顔を上げれば、小さなゴーレムは私の手から取り返したヒゲを両手に持ち、忠太に抱き上げるようジェスチャーをする。


 それに従い胸の位置辺りに金太郎を抱えた忠太に頷き、ヒゲを構え直してユラユラと揺らし始めた。器用に地面スレスレを掠めるザリヒゲ。


「何だっけこれ。何か見覚えある動きなんだけど」


「たぶんダウジング……ですかね。この先が開いたところに何かがあるという非科学的なものだった気がします」


「あったなぁそんなの。科学的根拠ゼロなんだっけあれ」


「浪漫があって嫌いではないですが、何故急にそれなんですか金太郎?」


 しかし私と忠太の疑問には答える気がないのか、金太郎はふんふんとザリヒゲを揺らす。でも不思議とこの奇妙な私達の動きを同じ空間にいる誰も気にする様子はない――が、残念なことにその理由はすぐに分かった。


「うげぇ……」


「ああー……」


 激しく震えるスマホからのファンファーレと、皮肉としか思えない『おめでとうございます!!』という爆音の祝福に誰一人動かないここは、さしずめ【現実世界圏外】といったところだろう。 


「咄嗟に驚いて消音にしてしまったのですが、メールの内容をアプリで読み上げさせましょうか?」


「いや良いよもうあとで見れば。先に金太郎がしたいことをさせてやろう」


 ということで、金太郎のダウジングターンはまだ続く。

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