第148話 一人と一匹と一体、余白に挑む①


 眼前に広がるのは真珠色の鍾乳洞のような不思議な空間。

 

 そのただ中にあるターコイズブルーの泉の水面が俄に盛り上がり、そこから巨大なザリガニ(仮)が現れた。色は泉と全く同じ。美しい保護色に惚れ惚れする間もなく、両手のハサミの先からパリパリと青白い火花を散らせ、成人男性の掌三枚分はあろうかという目を赤く明滅させる。


 それを見た中堅薬師と新しく合流した若い薬師が息を飲む気配がしたが、初見でヤバイと分かるそれに、隣に立った忠太が人差し指を向けて「ψ₪▼▲₡₡¤鋭き棘よ」と涼やかな声で告げた。瞬間、勢いよく放たれた氷の槍がザリガニの身体を覆い尽くす。硬そうな鎧で身を固めたことに胡座をかいていたザリガニは、文字通り瞬殺されてしまった。


 たぶんここに至るまでに仕留めたカナブン(仮)より強かっただろうに……その片鱗も見せられずに退場とは、敵ながら憐れだなと思う――と、同時にデカイ目玉と火花を消失させたハサミをドロップ。


 目玉は落下直後からシュワシュワと泡を噴き始め、みるみるうちに真珠色の核が現れた。それを見た薬師達からは退治出来た安堵だけではなさそうな歓声が上がる。中堅の薬師が代表して「あの、お金はお支払しますので、あれを譲っていただいても?」と聞きにきたものの、冷静さを装いきれずに声が震えていた。

 

 聞けばあの目玉の核を磨り潰し数種類の薬草と低級ポーションと合わせれば、大出血を止める超強力な止血剤が出来るらしい。冒険者ギルドだと任務中に回復魔法を使うメンバーが魔力切れを起こした時に、運悪く欠損したりという大怪我をした場合使われるんだとか。


 薬師達にお代はもう充分ハリス運送からもらっているし、無償で譲るから好きにしてくれと言ったら拝まれた。ついでに氷柱で串刺しになったザリガニ本体から他にも何か採れるかもと、金太郎に頼んで探ってきてもらうことにする。早速頭を分解する辺り、モデルになったクマの狩猟本能を感じるのがまた……。


 お祭り騒ぎなハリス運送の従業員と薬師達から離れて壁際に移動したら、隣から肩を突かれて。振り向けば人型になっていることを忘れているのか、頭をこちらに傾ける忠太がいた。


「こら馬鹿、お前なぁミツネ・・・


「え? え……ああ! すみません無自覚でした」


「はぁ、無自覚ならまぁしょうがないな。どのみち褒めようとは思ってたし。今のもここに来るまでのも凄かった。私経由でお前が呼ばれたのも納得だよ」


「そう、でしょうか……」


「勿論。ミツネも金太郎も即戦力だ。鼻が高いよ」


「だとしたら嬉しいですが、それこそマリのおかげです。貴女がいないとわたしと金太郎は存在出来ない」


「あのなぁ……せっかく褒めたんだ。褒め返すなってば。終わらないだろ」


 苦笑しつつそう言ってはみたものの、実際はここに来るまでで結構大変だった。スマホで移動出来ないのが久々だったのもあるけど、本気で旅慣れてる人達の移動速度を舐めてたのも若干ある。


 何にせよ鳩での呼び出しを食ってから丸四日馬車に揺られ、この天然ダンジョンに来たわけだが、到着したその日にダンジョンの入口で負傷したハリス運送の従業員と薬師達、それから冒険者ギルドから仕事を請けた護衛達とここに潜ることになった。幸い全員軽症だったのは同行していた中堅薬師の腕のおかげだろう。


 そもそも自然発生のダンジョンとは、金や宝石が採れる鉱山と同じような扱いのものらしい。薬師と従業員からその説明を受けた時は、一般人からしたらダンジョンも鉱山も縁遠いから同じようなもんだよなと思った。


 ちなみにこのダンジョンにわざわざ忠太のご指名付きで呼ばれたのは、忠太がギルドで仕事を受けずに素材だけ売りに来ることと、それ以外で姿を見るのが私の周辺であること、そして水場の多いダンジョンに有利な属性だったことにある。


 水と水なのに? と思ったのは最初だけで、凍らせれば確かに有利な属性だったと認めざるを得ない。この二日間で嫌というほど染み付いた。身体のほとんどが水で出来ているスライムに転生したら、絶対に忠太とは敵対したくない。


 ついでに言うならばここはすでに発見されたダンジョンであったものの、近年の地殻変動などで新しいエリアが出てくることがあるのだとかで、ここがまさにそうだったという。分かった理由としては、数年に一回しか採取に来なくても迷わないように持っていた地図にある。前回行き止まりだった向こう側から未記入の道が現れたのだ。


 ハリス運送の古参ぽい従業員が近付いてきて、画板に貼り付けられた書きかけの地図っぽいものを広げながら口を開いた。


「あのデカさのギズモアを一撃で仕留めちまうとは……凄いもんだな兄ちゃん。流石はお嬢の知り合いだけある。あのちんまいゴーレムもかなりやりますな。ここは天井も低いし、道幅も狭いんで小回りが利くのが助かりますよ」


「ありがとうございます。ですがまだランクは銅ですから大したことは。もっと精進しないと」


 忠太はそう言って謙遜するもののプレートには序列があって下から錫、鉄、銅、白銅、銀、白銀、金と順に上がっていく。しかし忠太が冒険者ギルドへ登録してまだニヶ月くらいしか経っていないうえに、特定の依頼を請けたことがないことを考えれば、かなりな飛び級ぶりらしい。


「またまた、ご謙遜を。もっと手柄は誇らねぇと報酬に響きますよ。お二人とちんまいののおかげでもうすぐ最深部に到達出来そうですよ」


「それは困るな。マルカのギルドに戻ったら最大限に誇れよミツネ」


 軽口のついでに背中を叩いて発破をかければ、照れ笑い混じりに「では存分に誇ります」と答える忠太。その言葉に満足げに頷いた古参の従業員は画板を叩いて。


「まさかだいぶ前に発見されたはずのダンジョンに、まだ奥があるとは。この歳になっても驚きがあるなんてのは贅沢で良い。新しいルートは全部マッピングしたんで帰ったらギルドで売れますよ」


「ダンジョンのマップを売るって……ボロボロだけど売れるのか、これ」


「いやお嬢、流石に外に出てから清書しますって。あとちゃんと売れますよ。それも結構な高値でね。だから冒険者ギルドには、ダンジョンのマッピングを主な仕事にしてる奴等もいます。年に数人未帰還になりますが」


 そう不穏なことを人を二、三人埋めていそうな彼がのたまい、親指でダンジョンの奥を指差した。

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