第147話 一人と一匹、鳩……鳩?


「おはようマリ! 今日も鳩がいっぱい来てたよ!」


「おはようさんマリ、チュータ」


 朝の開店準備をしていた手を止めて挨拶してくる二人に手を振る。周囲にバイトの気配はまだない。胸ポケットから肩の上に移動した忠太もそれにならった。金太郎は畑仕事のあとはいつも通り、庭で充電中のバッテリーと留守番だ。猛犬注意ならぬゴーレム注意(但し羊毛)。


「おう、おはようレティー、エド。これ焼き芋と浅漬けな。焼き芋はこれからが本番だけど、浅漬けはもう少ししたら野菜の種類変わるかも」


「わたしはヤキイモがあればなんでも良いわ!」


【れてぃーは やきいもの とりこですもんね】


「うん! 大好き!」


「はいはい、これがレティーの取り分な。売り物のつまみ食いはするなよ?」


「しないわよそんなこと。たまにお小遣いで買うけど」


「子供のくせに律儀かよ。そこはうちに来たら良いんだぞ?」


「駄目よマリ。友達として時々食べさせてもらうのはありだけど、ずっとタダで食べさせるのはショッケンランヨウで、ナレアイって言うんだから」


 こちらが手渡した商品入りの木箱を受け取ったレティーは、そう言いながらフフンと得意気に鼻を鳴らす。微妙に両方を併用した使い方があってるのか怪しいのがミソだ。大方エドと同業者の話が耳に入ったんだろう。


【おぼえたて たんごの はつおんから えられる えいよう】


「くっ、ふふふ、止めろ忠太。そこは言わないのが優しさだって」


「ほれほれ、うちの娘が可愛いのは分かるが、あんまり笑ってやらんでくれ。オレは商売人として正しい考え方だと思ってるぞ。なぁレティー?」


「そういうお父さんが一番嫌な笑い方してるじゃない。そういうとこ嫌」


 気を遣ったにもかかわらず頬を膨らませて辛辣なことを言う一人娘に、反射的に胸を抑える男親。うーん、切ない。まぁでも確かに猫なで声のスキンヘッドは絵面最悪だったが。


【としごろのむすめ かいしんの いちげき ちちは たおれた】


「おお、エドよ。倒れてしまうとは何事か……せめて安らかに眠れ」


「ぐうぅっ……って、おい。冗談はここまでだ。レティーも学校に行く時間だろ。そろそろ行きなさい。マリにはほれ。今朝届いた注文書だ」


「ちぇー。じゃあねマリ、チュータ。行ってきまーす」


 渋い顔で傷付いたハートを誤魔化すエドに、あっさりと返事をしたレティーが店先の鞄を肩にかけて、同じようにチラホラ姿を見せ始めた子供達の方へと駆けていく。その背中に「いってら」【っしゃーい】と声をかけて見送れば、いつの間に開店準備を終えたのか、エドが前掛けで手を拭き拭き立っていた。


「この間からのそれ、ハリス運送の新しい事業だっけか。結構良い感じらしいな。そろそろお前のとこにも伝書鳩用の止まり木設置したらどうだ?」


「ああー、止まり木なぁ。朝にクルッポークルッポーやかましく鳴かれるの嫌でさ。二度寝したい時とか邪魔だし」


「はは、分からなくはないがな。でもあれがあった方が雨の日なんかは便利だろ。いちいち町の方に下りて来ないですむぞ」


「もうちょっとこの状態が続くようなら考えとく」


 というか実際は微妙に怖いからなんだけど。あれ、鳩とは言いつつも魔物の一種らしくて、時々返り血みたいなものを浴びてるからなぁ。目を離した隙に忠太がいなくなるとかあったらと考えるだけでゾッとする。


 エドがそこのところをサクッと無視してるのは商売人だからだろう。考えてみれば魔物がいるこの世界で、大切な商談内容を書いた手紙を普通の鳩に運ばせるわけがない。手紙を奪おうとしてくる人間には容赦ない制裁が待ち受けているのだ。ちなみにこの鳩専用の職人がいたりする。本当に職業って多様だわ。


「それで、内容は何だって?」


「えーっと……小型保冷庫の追加、各方面に三十個ずつだってさ」


「そりゃまた多いな。他の仕事をやってる時間はあるのか? うちに卸してる商品は今のところ足りてるし、ヤキイモとアサヅケは無理ならしばらく止めてくれても構わんぞ」


「いや、そっちは大丈夫。小型保冷庫も数作ってるうちにだいぶ製作に慣れてきたし。夜の間にちまちま作ってるから」


【わたしと きんたろうも いますからね】


「そうか? その、あれだ。お前を向こうさんと引き合わせちまったのはオレだからよ。仕事がキツイってのをマリの方から言いにくいようだったら、オレから言う。その時は遠慮せずに言えよ?」


「ん。ありがと。そん時は頼らせてもらうな」


 本当はカタログのおかげで追加分の生産は楽々なのだが、秘密にしている手前そう言うしかない。心配してくれるエドには悪いけどこればっかりはな。世界の法則が乱れる――って厨二なモノローグが入るやつだ。まさか自分にそんな文言が適用される日が来るとは思わなかったわ。


 新事業として置き薬販売を提案してからもうすぐ一ヶ月。思いがけない反響があったらしく、ブレントもコーディーもこの間一度も帰ってきていない。


 今回は新事業の中でも未知数な試みなので、エボンリーとガンナットを経由した方面にはブレントが。ロービック方面へは古参の従業員達が。荒くれ者が多いハンガー方面にはコーディーが向かっている。王都へは通常通りの隊商しか割いていない。理由としては医者がいて、薬屋が多い土地だから。


 あくまで地方へのアプローチと、ブレントの商会と契約してくれる野生の薬師の発掘らしい。後半だけ聞くとそれどんなポケ○ンかな? って感じだけど。詳しくは分からないものの不当な扱いを受けている薬師達が、正当に働きに応じた報酬と評価を得られるようになれば良いと思う。


 そんなこんなでここ最近はハリス運送からは空になった荷馬車を、冒険者ギルドからはくたびれた冒険者を交代要員とピストン輸送している。新婚のジニアも張り切って参加してるけどカロムがちょっと気の毒ではあるか。


 そのせいでたまに冒険者が不足気味な時は私達の小遣い稼ぎ日和。人型になった忠太と金太郎と一緒にダンジョンに潜り、大物は忠太が一人でギルドに換金に行ってくれる。ボーナスステージってやつ。


 問題はまたひっそりあのわけの分からないポイントが増えてるとこだ。駄神からの接触もないし、不気味極まりない。あれが増えるたびに忠太の元気が若干なくなるから、これ以上増えないでほしいってのが本音なんだけど。

 

「お前がそれで良いなら構わんが、本当に無理はするなよ。飯もちゃんと食え。ただでさえ秘密主義なせいで畑がどこにあるかも知らんせいで、畑仕事の手伝いにも行けねぇってのに」


「んっはっはっ、だーかーらー心配しすぎだっての。そんなに柔じゃないさ。畑は楽しいし、今日もこのあと家で次に育てる野菜を考えるとこ」


 なんてことを話していたら、上空からまたクルッポーと声が聞こえて。やけに鋭い眼差しの鳩の脚から外した手紙には、何故か『〝お嬢と仲良しな凄腕冒険者、貸して下さい。出来ればお嬢も一緒に〟』と。まさかのロービック方面からご指名された。ていうか待て、どこから聞きつけたんだよ?

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