第146話 一人と一匹、歴史的(?)挑戦。


 新事業(仮)置き薬の話をブレントにしつこく聞き出されてから二週間。


 あのあとすぐに取りかかった小型保冷庫は、これまで作った大型保冷庫でノウハウを培っていたので二日ほどで完成し、納品したその日に本採用。


 作り自体は単純で、ホームセンターで購入したブリキ製の小型工具箱を主に、底に水の精霊が好むプレートを張り付け、上から百均で購入したコルクボードで蓋をし、ゴムパッキンで結露と冷気の抜け対策を施した一品だ。


 ブレントからは幾つほど必要になるか分からないという理由と、近隣に住む薬師達への声かけに時間がいるとのことで、待機日数を多めにもらえた。


 おかげで若干暇を持て余したが、一応手が空けば商工ギルドに行っても良いと言われていたので、情報収集をしていたのだけど……何かやたらと話しかけられて世間話をした気がする。普段は決まったことしか聞いてこない受付とか、なんならギルドマスターにまで直接声をかけられた。


 脱税疑惑でも持たれてんのかとも思ったけど、そういう帳簿系のはハリス運送の事務に丸投げしてるからクリーンなはずだし。何であんなに最近の仕事の調子とか私生活で困ってないか聞かれたんだろうか……謎だ。


 ――というようなことはさておき。


 現在まだ薄暗いハリス運送マルカ支店前では荷物の積み込みも終わり、出発前の最終点検中だが、私達は忙しく立ち働く従業員達の中で明らかに浮いている一団を観察中だ。全員揃いのオリーブグリーンの工具箱にハリス運送と彫ったプレートを付け、夏だというのに目深にフードをかぶっている。


 全員どこかキョロキョロ、オドオドと落ち着きがない。金太郎なんかはちょっかいをかけに行きたそうにウズウズしている様子だが、そうはさせまいと寸胴ボディを摘んで押し止める。それというのも彼や彼女等は、普段人前にあまり現れない人種だからだ。


「こーら、金太郎ステイだステイ。怖がらせたら元も子もないだろ」


【げんきは いいことですが ひとによっては きょうふ】


「そうそう、そういうこと。でも薬師って結構若いのも多いんだな。もっと年配の人が多いのかと思ってた」


【ですね いちばんうえでも よんじゅうだい くらい】


「口減らしに子供を棄てる際に、森の近くに住んでる薬師をあてにする輩も多いですからね。薬師の方も人間嫌いであっても、流石に赤ん坊や年端もいかない子供を捨て置くのは寝覚めが悪いんでしょう。大抵拾って育てるようです」


 いつものように忠太と二人、邪魔にならないように端によってポソポソやっていると、どこから現れたのかブレントが軽い調子で口を挟んできた。しかし内容が内容なだけに咄嗟に「へぇ」以外の言葉が出ない。そもそも気配を感じなかったから素で驚いたんだけど……。


 単純な疑問にいきなり異世界の闇をぶっ込まれた。時々そういえばここは中世ぽい異世界だったと思い出さされる。ほぼそのままの姿でこっちに来て本当に良かった。これで一から転生で、前世に引き続いて親ガチャ失敗してたらどうなってたことか――考えるだけで恐ろしい。


「ん? どうかしましたか、お嬢。知りたい情報と違いましたか?」


「いや、知りたかった情報的には合ってる。ただそんな酷な扱い受けてるのに、薬師の人達のがよっぽど人格出来てるよなぁと思って」


「薬師の始め方は余裕のある町が近かったり、教会の保護が手厚い地域でない限りほとんどが同じですよ。自分と同じ扱いをされた子供を無碍には出来ないのでしょう。今回の選抜はそういった師を持つ、遠出に耐えられる年代の薬師だけを選抜したんです。後はどの地方に向かう馬車に誰を乗せるか振り分け待ち――、」


 スラスラと疑問に答えてくれていたブレントがそこで言葉を切り、従業員達に指示を出しながらこちらに視線を向けた人物を手招く。相手は一瞬ブレントの隣にいる私を見て妙な表情をしたものの、すぐに近づいてきて「お早うございます」とぎこちなく頭を下げた。


「お早うございます、コーディーさん。あとお久しぶりです。昨日こっちに戻って来たばっかりなのに、もう出かけるなんて大変ですね」


「いえ、これがうちの仕事なので。大変なのはそんな日程に付き合ってくれる従業員達も同じですから」


 王都経由の一番長い経路を使うせいで久々に顔を見たコーディーは、そう言って珍しくほんの少し苦笑した。そんな息子を見て「この間までその従業員に連れてってもらってた立場のくせに、一丁前なことを言う」と背中を叩くブレントはどこか嬉しそうだ。


「で? どの馬車に誰を乗せていくのか決まったのか?」


「ああ。女性二人は比較的道の平らで治安の良いエボンリーとガンナットに。男性のうち若手は採取を主にしたいと言っていたから、ザリスの森を経由してロービック地方に。後の中堅どころの男性二人は、医者のいない村落が多いハンガー方面に向かってもらうつもりだ」


「んん……悪くはないが、ハンガー方面には若手と中堅を一人ずつにしろ。中堅が二人だと勉強にならん。ロービック地方には師匠が高齢な方の中堅をやれ。あんまり家を空けさせると心配だろう。女性二人は当初のままで良いぞ。安全だと分かれば次も乗ってくれるかもしれん」


 当たり前だがまだまだ聞いたことのない地名の方が多い。運送業らしく知らない土地の名前が出てくるブレントとコーディーの会話に聞き耳を立てながら、忠太が地名を打ち込んでマップを出してくれる。


 どこも医者がいない地域らしく一長一短だ。そこを行脚するだけでも大変なのに、今回はそれに加えて置き薬の販売も加わる。薬はこの世界では貴重品だ。当然賊にも狙われるだろう。その対策として護衛もいつもより多めだ。


 四十分後、微妙に張り詰めた空気の中でブレントと従業員とコーディー、そして新たに加わった薬師達は各々の目的地を目指して旅立って行った。

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