第142話 一人と一匹、お迎えに行くよ!


 夏休み七日目。

 ついにこの短いリフレッシュ休暇も最終日だというのに――、


「ねぇねぇマリ、もう終わり? ちゃんと撃ち返してきてよ」


「ちょ……レティー。せめて、あと五分休憩させてくれ。寒い……!」


「また休憩~? 若いのにえっと、そう、たるんでるわよ!」


 ずれ込んでいたレティーの遊び相手をしている真っ最中だ。夏休みの予定って前世から上手く消化出来たことないんだよ。たぶんこの調子だと今世も無理なんだろうな。


 家の井戸から汲んだ水を使って、百均の水鉄砲セットで遊びまくっていたのだが……井戸水って思った以上に身体冷えるわ。新陳代謝の化物がビシッと指を差してそんなこと言ってくるものの、肩の上にいる濡れ忠太なんて普通のハツカネズミだったら即死してるとこだ。


 百均の水鉄砲は子供に与えるもんじゃない。迂闊だった。前世ご近所で洗濯物干してる時、子供に水鉄砲撃たれて怒ってるお母さんいたけど、これは分かる。服着てる時に浴びる水で許せるのは百歩譲っても雨だけ。 


 向こうはかなりすばしっこい上に的としても小さいので不利。それが分かっているからか「全然当たらないから、暑いな~?」と煽ってくる。こっちもそこまで煽られては黙っていられないな。


「ふっふっ……そーやって調子乗ってる奴はぁ、こうだっ!」


「え、あっ? あはははっ、ひひっ、やだ、うそ、ごめんマリ、あはははっ!!」


 水鉄砲を投げ出し徒手空拳でレティーに飛びかかり、そのまま抱きついて地面に転がしてからくすぐり倒す! ついでに散々びしょびしょにされた身体をレティーの服で拭うという極悪さ。しかしこれまでの鬱憤が溜まっているので、この程度で終わらせるはずがない――てことで。


「今だ、忠太! レティーの耳にヒゲで攻撃をかけろ!!」


【りょうかいです れてぃー おかくご】


「きゃーっ!! あははははっ、ひぃっ、止めてチュータ、くすぐっ、あはは!」


 私の肩から飛び降りてレティーの耳許に駆けつけた忠太は、ソフソフとヒゲを絶妙に使いこなしてリベンジを果たしている。くすぐったさでのたうつ少女と、それを捕獲してくすぐり倒す成人女とハツカネズミ。絵面の悪さで前世なら通報される案件だ。


 レティーには悪いがこれは忠太の観察のための手段でもある。昨日帰って来てからそれとなくオニキスとどんな話しをしてたのか聞き出そうとしたものの、相手はこっちより賢い。ボロが出るのが関の山。頼みの綱のオニキスのメモにも〝読めない精霊文字に気をつけろ〟としか書いてなかった。


 ――っていっても、そんなことはうっすら承知なんだ。元々信用も信頼もしていない駄神のことをさらに警戒しようとは思うけど。知りたいのは忠太と何の話をして怒らせたかってとこなんだよな。


 こっそりとレティーの耳にヒゲを突っ込む忠太を盗み見るが、特に変わった様子はない。嬉々として仕返しをしているだけだ。


「ひ、ひひっ、マリ、チュータ、もう止めっ、ごめんなさあははは!! あ、マリ待って、来てるっ、お、お客さんっ!」


「ああん? 今更そんな命乞いしても遅ぇぞ?」


 そうくすぐり攻撃から逃げるための苦し紛れかと思いつつも、乗ってやらないのも可哀想かと庭の入口の方へと視線を向けたら、ソフト帽をかぶったブレントが笑いを堪えて立っていた。


「いやぁ、お嬢さん方はこう暑くてもご機嫌ですな」


「は、はは、あー……ブレントさん。今日って何か約束してましたっけ?」


「いいえ、少し新しいアイテムを注文してみたいと思いまして。確か明日から夏季休業明けでしょう?」


「そうです。休んでる間にギルドかここに直接来てくれたんですね」


「ええ。お休み中に訪ねるのは野暮だと思ったのですが、一番最初に予約を入れたかったものですから」


「そういうことなら……、」


 〝喜んで!〟と答えようとしたら、クイッと服を引っ張られる感覚があって。その感覚の元を辿るとしょんぼり顔のレティーがいた。うつむき加減なところからも無意識に服を引っ張ったんだろう。忠太もおやおやといった様子でうつむいたレティーの旋毛を見ている。


 最近あんま遊んでやれてなかったからなぁ。しっかりしててもまだ十一歳だ。このくらいはしょうがないか。


「えーと……今ちょっと友人と遊んでるとこなんで、また夕方……も、ちょっと用事があるから、明日にでもそっちに寄らせてもらって良いですか?」 


「ははっ、勿論ですよ。先触れもなく訪ねて来たのはこちらですからな。明日までに美味しい紅茶とお菓子をご用意してお待ちしていますよ」


 私とブレントの答えに腕の中のレティーがホッと息を吐く。それに気付いたブレントが、ソフト帽を脱いで舞台俳優みたいにキザな一礼をして「邪魔をしてすまなかったね、小さいお嬢さん」と言って立ち去る背中を、ポーッと見送るレティー。


 その姿にややオジ専疑惑を抱いたあとは、着替えて午後のレベッカへのお持たせ兼、おやつのブドウゼリーを作った。百均のお菓子作りアイテムコーナーは年々充実してて普通の店より良いくらいだ。


 還元濃縮ブドウジュースにふやかしたゼラチンを加え、ブドウ棚から採ったブドウの実も入れた。レベッカ用ではなく領主へ充てた物へは、ジュースの代わりに高級さを演出するために赤○ポートワインを採用した。


 インチキクッキングを終えた夕方、レティーに冷やしたジュース製と、ワイン製のゼリーを持たせて見送り、七日間離れている片腕の一柱である金太郎と、まだ目覚めたばかりで海のものとも山のものとも分からない、彼の妹分の成長を確認するために領主館へ飛んだ。

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