第143話 一人と一匹、打ち上がらない花火。
シャンデリアの下で食べる夕食は相変わらず慣れないものだ。特に屋敷の主が仕事でいないのに歓待されると背中がムズムズする。今回はどうしても抜けられない仕事だったそうなので、次回会った時は強めのしっぺで許そう。
幸いなことに飯は美味いし、友人だからということで小難しいテーブルマナーもなく、食欲が失せてはいるものの、終始楽しげにこの一週間の話をしてくれるレベッカとの食事を楽しみ、無事にデザートまで辿り着いた。
こっちの世界では珍しい気泡の入っていないガラスの器に盛られるには、色々と見劣りする手作りブドウゼリー。
それに銀のスプーンを潜り込ませて一匙掬う。当然スプーンが変色したりとかいうサスペンスな流れにはならず、難なくフルンとスプーンの侵入を許したそれを口に運べば、舌に乗せただけで蕩けた。
ゼラチンの箱の裏に書いてあった分量に生のブドウを入れたからか、少し普通のゼリーより緩いけど、むしろ寒天がまんま入ってるのかみたいな固いゼリーよりこっちの方が好きだ。
向かいの席に座る貧血でやや気怠げなレベッカも「はぁ……フルフルで冷たくて美味しいわ」と笑顔を見せた。本当はさっきまでテーブルに並べられていた食事を食べた方が良い。配膳の人も下げる時に困った顔をしてたし、対抗馬がゼリーとか申し訳なくなってくる。
でも食べられないものは仕方ない。ゼリーに栄養なんてあんまりないけど、糖分を摂るのは良いことだろう。が――。
「さっきのさ、領主館の庭に避雷針と丸太があるって不思議な光景だったけど……その、美観とか大丈夫か?」
「ええ、平気よ。あそこはどのみちかなり親しい人間しか立ち入れないから。避雷針はベルので、丸太がキンタローのよ。この一週間で避雷針はこれまでに四回、丸太は八回ほど新調したわ」
「ああ、うん、だと思ったよ。可愛い名前をもらえて良かったな、ベル」
レベッカに名前を呼ばれたオレンジ色のクマがぴょこんとお辞儀する。そのはずみに首のカタバミの花飾りが揺れた。名前をもらえたことで自我が固定されたのか、七日前に見た時よりも女の子感が増した気がする。
天を突くようにそびえる、あの綺麗な装飾を施された避雷針が四本目だということを聞かなければ、もっと可愛く見えたかもしれない。
「で、だ。ベルの落ち着きを少しは見習えよ金太郎〜。久しぶりだからって飛び回るゴキ○リを思わせる動きをするな。まだ食事中だぞ」
「まぁマリ、その表現はどうかと思うわ。まだ食事中なのに」
「いや、でもさ残像しか見えない相手に他に何て言えば良いんだよ。レベッカも身動ぎしたらぶつかりそうで、おちおちゼリーも食べられないだろ?」
こちらの呆れた声に苦笑して「それはそうね」と苦笑するレベッカと、動体視力は身体に引っ張られている忠太が【きんたろう だいぶ あぐれっしぶ どうどう】と、私には茶色い球体にしか見えない金太郎を指してそう言った。
ちなみにブドウゼリーで紫色の忠太はあとで丸洗いの未来が待っている。本人もさっきからガラスの器に浮いた水で、懸命に口の周りと手を洗っているが……その努力は実ることなく、手の周辺と口周りの毛に薄紫の染みを作っていく。ブドウの染みってブドウで取れるんだっけ? あ、でもあれってワインだけの話か?
「きっとベルの成長をマリに自慢したいのよ。せっかくだし食後に少し散歩も兼ねて、マリがわたくしに授けてくれたこの子の雷撃魔法が、さっきの避雷針をどう彩るのか見てほしいわ」
「散歩は別に構わないけど、そんな高電圧な場所に妊婦が出向いて良いのか?」
「大丈夫よ。一本目を駄目にしてしまった時に、フレディ様がご自身の持っている護符の中で、一番強力なのを下さったから。お腹の子とわたくしだけでなく、きっとマリ達の身も守ってくれるわ。ね、行きましょう? 大迫力なんだから」
そう美味しい食事を前にした時よりももっと嬉しそうな顔で言うレベッカの肩で、ベルが大きく頷いて兄貴分の金太郎を捕まえに飛び降りた。この一週間で体捌きをしっかりと覚え込ませただけあって、妹分にお縄になる金太郎。
そんなことはお構いなしに毛皮の汚れを必死で何とかしようとして、紫の斑点だらけになっている忠太の首根っこを掴んで胸ポケットに収め、レベッカをエスコートすべく席を立つ。
「はいはい、仰せのままにお嬢様。お手をどうぞ?」
「ふふ、良くてよ。ついてらっしゃい」
滑らかで柔らかい指先と掌が私の肉刺だらけでかさついた掌と指先に触れる。前世で夏の夜に見るのは爆竹とロケット花火が定番だったけど、こっちの夜は青白い火花に彩られるエレクトリック○レードな避雷針で。線香花火の侘び寂が恋しくなるようなエキセントリックな夜になった。
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