第141話 一人と一匹、お久しぶりジャンク飯。


 迷子を送り届けたら、ちょうど最後の診察が終わって待合室に戻ったのに、子供がいなくて半泣きの若い母親がいた。ところが母親の姿を見つけて安心したちびっ子が、急に私と手を繋いだまま泣き出したから、さぁ大変。


 騒ぎに気付いたエリックが診察室から出てきて誤解を解いてくれなかったら、あわや子供を誘拐しようとした不審者として異世界の交番にしょっ引かれてしまうところだった。


 人相で人攫いに間違われそうになるって……友好的に見えるように笑っただけなのに。八重歯がそんなに怖いか。歯並びは持って生まれたものだしよっぽど金がないと触れないんだぞ――て、異世界の医療レベルで言っても仕方ないけど。


 そんなこんなですっごい角度で頭を下げて謝ってくる母親(妊婦さん)を宥め、誤解が解けたことでエリックが笑い出し、珍しく年相応に笑う美少年を見た患者達が足を止めるもんだから、もう――。

 

「エリックは人前で無闇に笑わない方が良いんじゃないか? もしくは笑顔が珍しくないくらい常に笑っておくべき」


「だから笑って悪かったと言ってるだろう。ちょっと誘拐犯に間違われただけでそんなに拗ねるな」


「べっつに拗ねてません〜。それよりその誘拐犯に間違われた話、忠太にはするなよ? 妊婦以外の患者を氷漬けにしかねないから」


「はは、まさかそんなわけ――……ある、かもな。うん。言わない」


「賢明な判断だ。あと今から昼休みなんだろ? お湯を用意してくれたら前みたいに何か作ってやるけど、ど――、」


「絶対食べたいぞ!!」


「うおっ、食い気味な返事は止めろよな。びっくりするだろ。分かった分かった。何か適当なの作ってやるよ」


 というようなジャンクフードに目覚めた医者の卵と緩いやり取りをしつつ、忠太とオニキスの待つ部屋に戻ったのだが――。


「なぁ……どうしたんだ二人共。何か私が出てった時より距離遠くないか?」


【べつに なんでもありません】 


「わたしが近付きすぎるとチュータを踏み潰してしまうだろう。だからこの距離感で間違いはないさ」


 いやだからさっきより遠いって言ってるじゃん――とは言いにくい雰囲気に、喧嘩でもしたのだと推測した。これあれだ。バイト先の休憩室で複数人で談笑してて、途中で呼び出しくらって席外してた間に誰かと誰かが揉めた、みたいなあの独特な居心地の悪い空気。


「ふぅん? ま、別に当人同士が意思の疎通に困らない距離なら構わないけど」


【こまりませんとも それよりも おひさしぶりです えりっく】


「ああ、久しいなチュータ。会いに来てくれて嬉しいぞ。今からマリが前に作ってくれた食事を食べさせてくれるそうだ」


【おや それはいい さっそくおゆを わかしましょう】


 気遣い屋の忠太にしてはややおざなりな印象を受けたものの、チラッと目配せ(?)してきたオニキスの反応を見るに、ここで下手に指摘すると蒸し返してしまうかもしれないし、帰ったら忠太に直接聞けば良いだろ。


 今日の昼飯は○.F.O.爆盛バーレル。店頭だとレアなんだけど、ネットだと関係ないからありがたい。トッピングはエリックには紅生姜と追い乾燥野菜。私は鰹節粉、紅生姜、追いソースと乾燥野菜、ラー油。今回は使わないけど、キムチの素と白菜キムチを足しても旨い。


 爆盛は味に飽きがくるので、パス○のドッグロールとマヨネーズ(弁当用)を購入。これであの購買で学生の胃袋わし掴みアイテムも出来るって寸法だ。


 どでかいカップに乾燥野菜を足した分、少し余分に湯を注いで待つ間もワクワクするエリックと、植木鉢サイズの容器に【かろりー やばそう ですね】とおののく忠太。確かにこの容器だと忠太が何匹入るかってサイズ感だもんな。


 湯切りをしてソースをまんべんなく混ぜ終わる頃には、部屋に入ってきた時にあったあの緊張感も消え失せていた。やっぱり食は偉大だ。


「これも、初めて食べる味だが、旨いな!」


「お気に召したようで何より。単品食いに飽きたら、こっちのパンにそれを挟んで上からこの白いソースかけてみろ」


【きめてみな とぶぞ】


「ほう、マリの世界の食事はマジックアイテムにもなるのか。実に興味深い」


「オニキス、違うから。忠太のそれは比喩。実際に空を飛べるようになるわけじゃないから。忠太も身内でしか通じないギャグ止めぃ」


 普通サイズならすぐに冷めて麺がくっつき始めるけど、この大きさは割と冷めにくくて麺がくっつくまでに時間がある。半分ほど食べ進めたところでエリックの方を見たら、まさかの完食一歩前。ジャンク飯に耐性がない世界線舐めてたわ。


 こっちと目が合うと「だって……飽きなかった」と言うので、仕方なくもう一個作ってやった結果、二袋買っておいたドッグロールも無事に完売した。成長途上の男子の食欲はヤバイな。


 食後にオニキスが紅茶(苦い)を淹れてくれたので、チェスターにもらった蜂蜜をたっぷり入れて一息つく。よっぽど蜂蜜が気に入ったらしいエリックは、空のカップに蜂蜜を垂らしてスプーンで食べて、オニキスから「あまり食べると虫歯になるぞ」と叱られていたため、歯ブラシと歯みがき粉をプレゼントした。


 その和やかな流れのままお互いの近況報告をしていたら、さっきの迷子の話から妊婦さんの話題になったので、悪阻の酷いレベッカ友人でも食べられそうな物を聞いたりと有意義な時間を過ごせた。


 ただやっぱりそこは開業医の悲哀。元から一時までしかないエリックの昼休みは、午前中の診療が長引いたせいで四十五分で切り上げとなってしまう。名残惜しそうなエリックに「また来てくれるか?」とせがまれ、忠太の方をチラリと見れば【もちろんです】と打ち込んでいたからホッとした。


 ――と、背中がいきなりむず痒くなったので掻こうと手を伸ばしたら、指先に紙のような感触が触れて。そーっと視線だけを背後に向ければ、そこには何か書かれた紙片を差し出すオニキスの蔦。


 何となく忠太に知られない方が良いのかなと思ったので、背中を掻くふりをして紙片を服の中に落とす。質の悪い紙は腰の辺りで止まってチクチクと不愉快に肌を刺激する。エリックと忠太が話している間に、ズボンのポケットに入れ直してオニキスの方を盗み見ると、小さく頷いたようだった。


 再訪の約束を交わし、診療所の札を〝休診中〟から〝診療中〟に返すついでに見送ってくれて。そのことで〝夏休み・完〟とさせてしまいそうになった私に、チェスターのところに寄るよう思い出させてくれたのは、やはり頼りになるハツカネズミの相棒でした。脳の大きさと記憶力は必ずしも比例しない。良いな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る