第140話 一匹、先輩の助言を賜る。
マリが迷い込んできた女の子の手を引いて部屋から出て行く背中を見送り、その気配が完全になくなったところで、同じく首を伸ばして耳をそばだてていたオニキスがこちらを振り返った。
空洞な眼窩に底知れない知性の光を放つ姿にやや気圧される。紅葉の頃の彼ならいざ知らず、真名を取り戻した彼のことは実のところ少々苦手だ。元から中級精霊で顕現し、最終的に準上級精霊まで登りつめた彼の威圧感は、空気中を漂っていただけの木端下級精霊には重すぎる。
「さて、チュータ。その姿では会話をしにくい。マリの置いていったそれで人型をとってくれないか」
基本的にわたしとオニキスは同族なので、どれほど姿が違おうとも言葉自体は通じる。思念体の金太郎も大まかに分類すればこちら側なので平気だ。だというのにそんなことを言ってきたことから察するに、十中八九今からお叱りの言葉を賜るのだろう。
こんなことで貴重なポイントを使うのは嫌だったものの力量差は歴然だ。逆らう方が面倒なことになる。渋々スマホでポイントを消費し、二十分だけ人型をとれるようにした。
「相変わらず面白い能力だな」
「恐縮です」
「そう畏まるな。以前と同じように接してくれて構わない」
「いえ……まぁ、それよりも人の出入りが気になるので、ここでこの姿は十五分しか保てません。要件を仰って頂けますか」
「ふむ、それもそうだな。ではまず現在保有している君の
拒否権はないのだろう。告げると同時にこちらに伸ばされた蔓に、言われた通り能力値の振り分け画面を開いたスマホを渡す。すると彼は慣れた手つき(?)で画面をスクロールさせ、そこに記載された情報を読み進めていく。
さっきの子供ではないが、居心地が悪い。そもそもの問題として、こういった守護精霊同士の情報交換は恐らく相当珍しいか、前例がないものだと思う。加えて自分より遥かに上位の存在に成績を見られるのは恥ずかしい。
三分ほどで目を通し終えたらしい彼はスマホをこちらに返してくれた。そして「分からんな」と首を横にゆるりと振った。それこそ彼の指す〝分からない〟がどういう類のものかが分からず、続く言葉を待つ。
「マリは転生してきてまだ一年と数ヶ月ほどだったか」
「ええ、そうですが……それが何か?」
「この情報を見る限りで判断するなら
「恐縮です」
準上級精霊の彼にそう言われて一瞬誇らしい気持ちになる。声音に少し乗ってしまったのだろう。オニキスは鷹揚に頷いて「大いに誇れ」と言ってくれた。直属の上司である○神に同じことを言われれば身構えるが、先輩精霊に言われるとマリに褒められるのとはまた違った嬉しさがある。だが――。
「気になるのは、かなりな回数に渡って行われているポイントの無駄遣いと、君を喚び出した上級精霊からのペナルティによる減点だ。ポイントの使い道はその姿を得ることだと理解しているが、この減点は……わたしと出会う前か。守護対象者を危険にさらすのは感心しない」
褒めてからやや下げる。これもさっきマリの言っていた、昭和のホームドラマに出てくる父親みたいな距離の詰め方なのだろうか。緊張するこちらに「楽にしなさい」と言うところも、ますますそれっぽい。
「わたしを喚び出した上級精霊がいうには、確か〝攻略する選択肢の順番を間違えた〟と。それが何なのか詳しくは分かりませんでしたが」
「ああ成程……まだその辺りで躓いているのだな。しかし転生してきた期間を考えたらそれも納得出来る。この短期間で訪ねて来たということは、わたしは彼女と君がすでに喚び出してきた上級精霊からの課題を、解き明かしたのかと思っていた」
「上級精霊からの課題? 待って下さい、話が見えない。何の話をしているのですかオニキス」
「詳しく教えてやりたいところではあるのだが、我々には喚び出した上級精霊によって制約がかせられている。それは君も同じことだろう。だが現状のわたしは、そのくびきから少々外れた存在でもある。しかしそれ故に不安定な存在だ。まだあの
勿体ぶっているわけではないのは分かるものの、オニキスの言わんとすることがさっぱり分からない。上級精霊からの制約は絶対的な力がある。しかしその線引きはあやふやで、気分屋の彼や彼女の機嫌次第で引っかかったり、引っかからなかったりするものだ。
引っかかれば当然何の躊躇もなく消される。自我も何もなかった頃よりももっと無に近くなる。混乱と焦りで咄嗟に訊くべき言葉が出てこないわたしを見つめ、オニキスが「人型になる発想は、どこからきた」と尋ねてきた。何故そんなことを聞くのか分からない。
「わたしはフレデリカを守護するのに、この姿で困ったことは一度もなかった」
「それはそうでしょう。貴方は中級精霊だ。元の姿で困ることは――、」
「違う。その理論でいけば、今の君も中級精霊だ。貯めたポイントで能力値をあげればマリを守護するのに困ることはない。ネズミの姿のままでも人語を操れるようにもなるはずだ。なのに何故、君は非効率的な〝人型〟をとることにこだわる?」
「いったい……何が、言いたいのです」
「別に答えなくとも構わない。わたしから言ってやれることは、マリとずっと共にありたいのなら、読めない精霊文字の数値は貯めるな。しかし彼女のことを思うのであれば、貯めてやるべきかもしれないということだけだ」
彼のその言葉と同時に狙いすましたかのように人化の魔法が切れ、廊下から二人分の足音と話し声が聞こえてきたのだった。
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