第139話 一人と一匹、談笑の前に。


「おおー、結構混んでるなぁ」


【はんじょうしてる は ふきんしんですよね】


「不謹慎だろうけど、それだけ頼りにされてるってことだよなぁ」


 現在時刻はスマホによれば十一時四十分。


 前世でもこの時間なら患者が少ないだろうと踏んで病院に行き、同じ考えの患者で俄かに混雑する時間帯だ。この混み具合だと十二時から休憩なのかもしれない。まぁパッと見た感じ人数的に十二時半くらいまで押しそうだが。


 チェスターのところで昼前から酒(度数は低い)を飲んで来ただけあって、夏の日差しの照り返しを顔面に受けても堪えられる。湿気がないからたぶん二十分くらいは。それ以降は普通に暑いから厳しいが。


「しばらく忙しそうだし、少しよそに行って時間潰すか」


 私の提案に胸ポケットの忠太が頷いたので、途中で見かけた雑貨屋にでもと思って回れ右をしたその時、背後から「そこにいるのはマリか?」と声をかけられた。振り向けば老婆の手首で脈を取ろうとしていたっぽいエリックと目が合う。


「何でここにっ……あ、いや、違う! 来てくれて嬉しい! 少し待っててくれ、もうすぐ午前の診療も終わるから!」


 患者の手前こっちに駆け寄って来ることも出来ず、アワアワと手を振ってそう言う姿に思わず苦笑してしまった。こちらが手を振り返すとはにかむ美少年医師に、老婆の付き添いの女性もポカンとしている。


 最初に会った時の肩肘張った尊大さはどこにいったんだ。これも豪勢に玉子を二個乗せしたジャンクフード効果か。流石は日ノ本一歴史のあるヒヨコだ。


【どうしますか】


「待ってろって言うんだから待つさ。それにほら、忙しいお医者様に代わっておもてなし要員が来るみたいだぞ」


 忠太にそう目配せすれば、エリックの声を聞きつけたのだろう、久々に見る元紅葉で現オニキスの骨の鹿がこちらに歩いてくるところだった。足許まで身体を覆う織物は前世で見たペルーとかのそれに似ている。この様子だと聖女オタクエリックに崇められてるんだろうなぁ。


【おにきす おひさしぶりです】


「マリにチュータ、こんなに早く訪ねて来てくれるとは嬉しいことだ。双方とも息災だったか?」


「ああ、元気にしてるよ。お前も元気そうで良かった。私達のところになんかきて、エリックの手伝いをしないでも良いのか?」


「わたしがいると怯える患者も多い。心配せずともあれに呼ばれれば行く。キンタローの姿が見えないようだが……何かあったのか」


 骨の頭を傾げて心配そうな(?)オニキスを安心させるために、金太郎の特殊任務について説明すると、彼はその巨体を揺すって「それは良い」と笑った。なんというか別れた時より少し人間ぽくなったのは、エリックと上手くやれている証拠だろう。そんなオニキスに「こんなところでは何だ。奥にある休憩室でもてなそう」と言われ、そのあとに続いた。


 通された部屋は広すぎず狭すぎず。仮眠用のベッドとお湯を沸かしたり出来る程度の小さいキッチン、古びたテーブルと椅子、時々泊まり込みでもするのだろう、数日分の着替えの入りそうなチェストもあった。他には数冊の本があるだけの簡素な部屋である。大凡貴族の部屋だとは思えない。


 職業柄清潔感を重視した白基調の診療所とは違って、こちらは学者の部屋って感じの落ち着いた木目調だ。


「エリックを待っている間に茶でも淹れよう。紅茶で構わないか」


「へぇ、オニキスってお茶淹れられるんだ?」


「呼ばれるまでここで待つのは暇なのでな。手慰みだ。さほど美味くはないぞ」


【だったら さっきもらった はちみつ いれましょう よほどのしっぱい ないかぎり おいしくなります ついでに おみやげぶんも わたす】


「あ、そうだな。はいこれ、オニキスとエリックにお土産。ここに来る前にチェスターのとこに寄って一仕事して来たんだけど、診療所に行くって言ったら渡してくれって頼まれてさ」


「ほう……この香りはレッドスピアーの蜜か。滋養強壮にとても良いものだ。ありがたく頂戴しよう。そこに座って待っていたまえ」


 知性を取り戻した瞬間賢くなったオニキスの言葉は、時々かなりまだるっこしく感じる。同じことを思っていたのか、胸ポケットからこちらを見上げて小さく肩をすくめる忠太。


 オニキスが淹れてくれた紅茶に蜂蜜を入れ一口飲むと、膝を折って視線の高さを合わせてくれたオニキスが「それで、最近はどんな調子だ忠太。マリの守護精霊としてきちんと仕えているか」と切り出してきたことで、今度こそ堪えきれずに噴き出す。


「んんふ、オニキスお前そんな、昭和のホームドラマに出てくる父親みたいな距離の詰め方って、待って、変なツボに入ったわ」


【これが おとうさん すなわち ふせい】


「わたしはそんなにおかしなことを言ったのか……ふむ。それで、最近はどんな調子なのだ息子よ」


【え あ はい ぼちぼち かな】


 冷静に混乱するオニキスの生真面目さと困惑で返す忠太に、いよいよ腹筋がヤバイことになっていたその時、部屋の入口から一人のちびっ子が覗いていることに気付いた。四歳くらいに見えるし迷子か?


「おっと、おちびさん。ここは先生のお家だから、勝手に入ってきちゃ駄目だぞ」

 

 次いでオニキスと忠太も入口の珍客に気付いて入口の方を見るものだから、ちびっ子は居心地悪そうにモジモジしだした。ハツカネズミの忠太はともかく、ホラーゲームの様相をしたオニキスが怖いのだろう。私達は見慣れてるから平気だけど、初見のちびっ子はトラウマものに違いない。


「たぶん表にいた患者のうちの誰かの子供だろ。待ってる間に迷い込んだのかもしれないし、ちょっと送ってくるわ。忠太も一緒に――、」


「いや、待ってくれ。彼とはまだ話したいことがある。申し訳ないが、その子のことを頼めるだろうか?」


「え? あ、ああ……それは別に構わないけど。忠太もそれで良いか?」


【  ええ だいじょうぶ です はやくいって あげて】


「そっか。じゃあすぐ戻ってくるから、ちょっとだけ待っててくれな」


 直前まで寸劇をしていたとは思えない一匹と一体に急かされて。若干後ろ髪を引かれつつも、ちびっ子の親探しミッションに同行するために湯気の立つ蜂蜜入り紅茶と相棒を置いて部屋を出た。

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