第138話 一人と一匹、休み下手。


「マリ、今度はこっちを当ててみて下さい」


「うおぉ……まだ見るのか? もう六着も買ったんだから良いって」


「まだ夏ですし、洗い替えの分を考えたら足りませんよ。少なくともせめてあともう四着は必要です」


「いやいや、絶対そんなに必要ないって」


 戻れるものなら二時間前の自分の判断ミスに頬の内側を噛む。六着全てを違う店で購入していることを考えると、残りの四着も全部違う店で購入する羽目になるだろう。忠太に服を選んでもらうのは失敗だったかもしれない。


 棚の上に積み上げられた服を片付けてくれる店主も苦笑いだ。でもあんまり嬉しそうな忠太のおかげでそこまで反感は買ってなさそうである。その証拠にまた新しく服を出してきてくれ、鏡に映る私の顔の横で広げて「こういう柄はどうかしら。お嬢さんの身長なら映えると思いますよ」と言ってくれる。


 お勧めされた柄は黒地に白のカラーが何本もスッと咲いているワンピース。綺麗だとは思うけど美人しか着たら駄目なやつだろこれは。


 思わず鏡に向かって「いやー……どうッスかね」と引きつった笑顔を浮かべると、忠太が「これもとても似合いますね。流石はご店主。けれど彼女はご覧のようにとても活発なので、あちらの可動域が広そうなのを見せて頂けますか?」と、申し訳なさそうでありながら爽やかにこちらの要望を伝えてくれた。


 結局朝顔の花みたいなワンピースを一枚購入し、どうしてもそれを着てこの後の買い物がしたいと言う忠太に押し切られて。着替えて退店する時に店主から「優しい彼ね。デート応援してるわ」とこっそりエールを送られたけど……そんな風に見えてるの絶対貴女だけですとは言わなかった。


「もうさ、私の服は良いよ。次は忠太の物を買おう。何か欲しい物ないのか? 食べ物以外でだぞ」


「そんな釘を刺さないでも、食べ物はもう買いませんよ」


「さぁそれは、どうだかなぁ。チーズとパンと燻製肉で、持ってきたあづま袋の大きいやつ一袋丸々使ってるからなぁ」


「それは……面目ないです」


「ふふ、真面目か。冗談だって。とにかく手持ちのあづま袋ももう残り少ないんだ。服ばっかり買ってたら勿体ないだろ」


「分かりました。ではあと二着だけにしましょう。これ以上は譲れません」


 きっぱりとそう言い切られて微妙に納得いかねぇと思いつつも、真剣すぎるその眼差しとあの店主の発言に押され、不承不承ではあるが頷いてしまった。我ながら愚かである。


 さらに二時間服を見繕われてやっと忠太の買い物の番だと思ったら、ソツのない相棒は来た道を引き返し「さっき店を覗いた時に目に入ったんです」と、文房具屋で瑠璃色のガラスペンを一本とインクを買った。買い物時間、引き返した分も含めて二十分。こういう奴だよなこの野郎。


 もっと粘ろうと思っていたのにあっさり買い物を完了されたせいで、明らかに家に帰るには早い時間だ。仕方がないので明日の下見をしようと思い立ち、ラーナとカーラの店を偵察に行ったのだが――。


「えー……タイミング悪いなぁ。仕入れ休業だってよ」


「ふむ、わたし達の夏休み中は閉まってますね」


「だな。まぁこればっかりは仕方ないか。会えないのは残念だけどまた今度来たら良いさ。それよりも明日の予定が一日余ったな。どうする?」


「では半日は当初通り街歩きをして、もう半日は森の小川に脚をつけて休めながら、ネットショップに現在並べている商品の見直しでもしませんか?」


 どうしたいと聞いた手前、それって前半は別に良いけど後半は仕事してることになるのでは……とは言えず。しかし敏い相棒はこちらの表情の変化に気付いたのか、フッと笑って言葉を続けた。


「実は運営側経由で先日出版社の方からメールを頂きまして。あのネットショップに出展されている作家さん達の作品の作り方を、数点まとめて書籍にしないかと。一応まだ〝検討してみます〟としか返事はしていないので、マリの気が進まないようならお断りメールをしておきます」


「あ、へぇ……ソウナンダ?」


「はい。やっと向こうでもマリの素晴らしさを認知し始めたようで嬉しいです。それから向こうの世界でネット銀行に預けているお金の残高照会もしましょう。足りなくなっていたらこちらから入金しないと」


「お、押忍」


 マジか。全然知らなかったぞ。マネジメントの鬼なの? 基本的にネットショップのメールは、ビジネス構文が得意な忠太が管理してくれている。最近時々深夜にポチポチやってるなと思ったらこれだったらしい。


 詳細を聞けば、以前に学園のローブを作ってくれたカノンさんや、魔法学園シリーズのチョコミントさん等も候補に上がっているそうだ。どういう客層向けか分かりやすくて良いな。たとえ作れなくても、絶対ファンタジー系の作品書いたり読んだりしてる人とか好きそう。


 あまり大した金額が入ってくるわけではないそうだが、面白そうだ。つまりは私達にとって悪い話ではないってことだな。


「まぁそういうことなら分かったよ。じゃあ明日は半日B級グルメの食べ歩きで、午後はショップの商品見直しな――……って、結局連日何かしら食べてるな?」


「良いじゃないですか、連日胃袋感謝祭。楽しみです」


「ほんと綺麗な顔してるくせに大食漢だよ、お前は」


「でも食費が危なくなったらネズミになれば良い省エネ設計ですよ」


 悪びれずにケロッとそう言う忠太の背中を平手で叩き、笑いを噛み殺して「家電みたいな自己アピールするな」と突っ込んで。はきなれないスカートの裾を押さえつつつ、忠太の「はぐれないように、ね?」と差し伸べられた手を握った。

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