第137話 一人と一匹、あゝ夏休み。


 夏休み二日目は予定通り、泳いでびしょ濡れの身体を渇かすついでに釣りをして、釣った魚と畑の野菜でたらふく栄養を摂って、木陰でゆっくり昼寝して。夕飯は昼間の健康的な飯を台無しにするピザとハンバーガーと酒という、最高に最悪な組み合わせで自堕落にキメた。


 忠太は誰もいない時は人型で食事をすることにハマったらしく、毛皮を汚す心配がないのを良いことにピザとハンバーガーに齧り付いて、食べるだけ食べたらハツカネズミの姿に戻るという、何とも面白い解決方法を見つけたようだ。


 夜は昼寝のし過ぎで冴えた目で星空観察を楽しんだものの、こっちの世界だけでなく前世も星座とかにまったく興味がなかったから、ただ星が綺麗だということしか話題に出来ず、いつもは博識な忠太もここは同じだった。

 

 あと転生してから釣りの才能に目覚めるとは思ってなかったけど、案外悪くない。正しくスローライフっぽい。前世だと退職後のオッサンか、金を持ってるユー◯ューバーか、週末になったら仲間内でキャンプする奴等の趣味だと思ってた。


 そしてその前日により圧倒的な才能を発露した忠太。こいつは本当に器用過ぎる。動画を見ての初散髪とかではないクオリティーだった。


 伸ばしっ放しだった髪は前髪は少し短めに、サイドを耳朶下から斜めにぱっつん切り、後頭部は髪の毛を多めに残して丸く重めに、バサッと広がっていた後ろ髪は透いてキジの尾羽みたいに細く長めに残してくれた。洗いやすくて、乾きやすくて、くくれるから邪魔にもならない。いやもうお前才能の宝庫か?


 しかも切り終わってからアレンジまでしてくれた。後ろ髪を細い三つ編みにして頭に纏めたら一気に編み込みっぽくなるとか……女子力カンストだろ。


 ――とまぁ、夏休み二日目までで充分に楽しんだわけだが。


 本日で三日目。ラーナ達の店は明日見に行くとして、今日は前夜に忠太から【〝あしたは いちにち まりとかいもの したいです〟】とお願いされたので、完全に街ブラに徹することになっている。


 かなり早くに出発したので、まだ朝市が出ている時間だ。昼間に比べれば人通りはまだ少ないものの、さっきから歩いているだけで小さく黄色い声が耳に入ってくる。その原因となっている隣についと視線をやれば、超ご機嫌な忠太が「どうしました、マリ?」と微笑みを向けてきた。


 その瞬間どこからともなく聞こえてくる女性達の小さな悲鳴と溜息。時々忘れそうになるがこの設定過積載ネズミ、イケメンでもあるんだよな……と。


「マリ? 疲れたのならどこかで休みましょうか?」


「あ、いや大丈夫。流石は王都だ。マルカと違って、朝から色んな業種の人がたくさんいるもんだなぁと思ってただけだから」


「本当に? 体調が優れない時は無理をしないですぐに言って下さいね。荷物持ちはわたしに任せてくれたら良いんですから」


「本当の本当だって。心配性だな忠太は」


 あまりに心配そうな声と表情をするのでついついそう言って笑ったら、忠太もつられてくすりと笑った。


 今日はダンジョンに潜る時みたいに素性を隠す格好ではないので、私はカリブ丈の迷彩ズボンに黒いタンクトップと、ライムグリーンの半袖パーカーに編み上げサンダルというラフな格好。


 対する忠太は神父が着ている服を簡略化したみたいな服を着ている。神官職と言われたら納得するような装いだ。二人で並んで歩くと違和感しかない。パッと見では関係性がまったく分からん。周囲もそう思っているのだろう。感じる視線にはその手の疑問系も含まれているっぽい。


 チラチラ向けられる視線を無視して忠太と朝市の美味しい物探しに精を出し、たまにマルカの町で売っていた食料品を見かければ店主に声をかけ、ハリス運輸の評判と保冷庫についてそれとなく探りを入れた。


 結果としてハリス運輸が来るようになったおかげで、個人商店は助かっているようだ。理由はマルカの商店と同じく店の規模。ただし王都に店を持てるだけで相当凄いというのは大前提。でもマルカの町とは家賃が桁違いなせいで、売って仕入れれば店の貯蓄に回せない。


 そこに現れたのが新参者のハリス運輸。クラーク運送と組んでいる高級品を扱う大きな商店とは違い、品質はそこそこで、やや珍しい田舎の食材や保存食を買い付けられるとあれば、中小規模の個人商店が放っておかないのは当然だった。


 そんなこんなでハリス運輸とうちの保冷庫についての心配はなし。昼頃には食べ歩きですっかりお腹もいっぱいになって、たっぷり自由時間が残った。


 マルカの町は必要な物を直接買いに行く店が多いので、ここみたいに不必要な物を見て回るウィンドウショッピングは出来ない。謎な商品や怪しい店が軒を連ねる裏通りなんかも、忠太と一緒なら安心して覗くことが出来た。


 裏通りを三本ほど制覇して両手に戦利品をぶら下げて歩いていると、忠太がふと表通りの方を見やり「せっかく王都まで来たのですし、この後は服屋を回ってみませんか?」と言った。


「別に良いけど服なら持ってるだろ。スマホで買えるし。何だ買い物って服のことだったのか? 遠慮しないでも欲しいものがあるなら言ってくれたら――、」


「それはそうなのですが、マリはこちらの世界の服はあまり持っていませんよね。この機会に数着ほど購入しては如何でしょうか」


 指摘されてみてふと記憶を振り返ってみれば、確かにこっちの世界で服を購入したことはないな。もらい物だったり借り物だったりはあったけど、自分から店に足を運んで選んだ記憶はなかった。


「言われてみればそうかも。でもそれは忠太だってそうだろう?」


「わたしはこちらの世界の服を人化する際にイメージして着ていますから、その必要はありません。それであの……もしよろしければなのですが、わたしにマリの服を選ばせて頂いても構いませんか?」


 おずおずとそう訪ねられてハッとする。もしかしなくても、暗に周囲から多少浮いてるのを感じていた忠太が、今日はかなり婉曲にそのことを伝えてくれようとしているのではないかこれ。こんなに出来た相棒に恥をかかせ続けるのは忍びない。


 かといっていつも適当に値段で服を選んでいるから、これといってこだわりのない私は、やっぱりこの相棒に全てを丸投――……委ねることにした。


「ん。だったら頼むわ。忠太のセンスを信じてるからな!」


 不憫可愛い相棒は、面倒事を投げられたとも気付かずにとても嬉しそうに「お任せ下さい」と。普通の女性なら蕩けるような顔で微笑んだ。

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