第136話 一人と一匹、夏休みの計画。


 後輩と金太郎を預けてブドウに舌鼓を打った後は、長居をして気を使わせるのも何だからってことで、引き止めてくる領主夫妻にまだ納品待ちの仕事が残っていると嘯いた。


 だがそれなら……と、速度は折り紙付きだがヤバイ馬車の用意をさせようとする二人に、帰りに採取する物があるからと嘘を重ねてしまった。しかし二度とあの屋敷の馭者セレクションの馬車には乗らないと決めたのだ。


 屋敷門をくぐる際に厩の方からじっとりとした視線を感じたけど、乗らないったら乗らない。荒ぶる馬以外の生き物の声など聞こえなかった。うん。


 スマホで安心安全な帰宅を果たし、数時間前に出てきた時とまったく変わらない室内を見回して、静かだなと。何故かそんな感想を抱く。でもその違和感の正体はすぐに分かった。


 エリックの一件でオニキスがいなくなってからも、いつ何をしでかすか分からないトリックスターな金太郎がいたから、家の中が静かだと感じることはなかった。でもそれは裏を返せば常識的な忠太と私だけだと静かってことで――。


「今ふと思ったんだけどさ、忠太と二人だけってかなり久々だよな。家の中が静かすぎて一瞬違和感があったわ」


【いわれてみれば たしかに そうですね きんたろうは はなせないけど そんざいが にぎやかですから】


「まぁ金太郎の名誉のために言えば、この頃何だかんだで忙しかったし、そのせいもあるだろうけどな――ってことで、何して遊ぶ?」


【また きゅうな かいわへんこう ですね いらい うけないの ですか】


「だって帰ってきたところだろ? 別に今のところお金にも素材にも困ってないし、この間のティアラも一発合格で残りのお金ももらった。だったらさ、たまにはパーッと遊ぼう。取りあえず一週間くらい」


 とんでもない名案を思いついた気分でそう言ってみたものの、胸ポケットの忠太はしょんぼりした様子で【まりも きんたろう いないと だんじょん ふあんですか】とスマホに打ち込んだ。


 これは……あれだな。レベッカの発言がまだ尾を引いてるっぽい。あの時は手の中で納得したように思えたんだけど。気にしいなハツカネズミである。


「いーや、全然。というか言ったじゃん。一番頼りにしてるって。忠太がダンジョンに行きたいなら行くけど、それより私が忠太と遊びたいなと思っただけ」


【ほんとの ほんとに】


「本当だってば。何でそこを疑うかなぁ。相棒として寂しいぞ?」


【じゃあ やっぱり あそびたいって いったら あそんで くれますか】


「当然! だから誘ってるのに。どこ行く何する? いつも忠太には合わせてもらってばっかりだから、この一週間は私が忠太に合わせるぞ」


 やっと乗り気になってくれたことに安堵して請け負えば、こちらを見上げて目を輝かせた忠太はスマホに【だったら まず まりのかみを きりたいです】と打ち込む。ここにきても斜め上かよ。


「私の髪……散髪したいってことか? 別に構わないけど何でまたそんなもんを切りたがるんだ?」


【てんせい してから ずっと きってない のばしっぱなし いたんでます】


 そうビシッとピンク色の手で指摘された私の毛先は、確かにまぁまぁ傷んでいる。あと、言われてみればこの一年で結構伸びた。ギリギリくくれるくらいだったけど、今は肩にかかるかちょっと過ぎるくらいの長さだな。


 食べる物が以前より健康的だからか、放ったらかしでも枝毛がちょっとある以外は、ブリーチしまくって傷んでた前世よりだいぶマシなんだけど……。


「毛艶がエグいくらい良い忠太からしてみたらあれだろうけどさ、これでも前世よりは断然潤ってる方だぞ?」


【ていれしたら もっときれいなる すきなこと させてくれる やくそく】


「分かったよ。二言はない。でも切るって言ったって、忠太にそんな心得とかってあるわけ?」


【たくさん どうが みました まかせてください】


 そう言って自信満々にフンスと鼻を鳴らすハツカネズミ。思いっきり付け焼き刃な知識だろそれは。一気に物凄い不安になるわ。


 その程度の知識でどれだけ自信を蓄えるんだとは思いつつ、特に髪の手入れにこだわりはないので、忠太がご機嫌になるなら良いだろうと割り切って、スマホで家庭用散髪セットを購入した。危惧したバリカンは購入物に入っていない。そのことに少しだけホッとした。


 意外と種類が豊富で、レビューのほとんどが家で子供の髪を切る母親のもので埋まっていたところからも、世の母親業の万能さが気になる。


 とはいえ初手でこれではやりたいことの振れ幅が大きそうな気がするので、百均のノートとスケジュール帳に予定を書き込むことにした。スマホに打ち込めばいいのだが、それをすると忠太との会話をいちいち切らないと駄目になる。


 こういう時は、早く忠太がネズミ姿のままでも人語を話せるようになれば良いと思う。でもフワモコの可愛い姿から人型時の忠太の声がしても怖い……か? それとも声は見た目によって使い分けされる? 出来れば後者であってくれ。


 なんてどうでも良いことを考えながらも、一週間分のスケジュール帳はどんどん埋まっていく。この後は髪を切ってもらうとして……二日目は森の川で泳いで釣りして、畑で野菜と一緒に釣った魚を焼いて食べて、そのまま星見て小屋で一泊。


 三日目と四日目はスマホで王都に飛んで街ブラする。ついでにうちの保冷庫とハリス運送の評判を調査して、気が向いたらラーナとサーラの店を冷やかしに行って飯に誘う予定。


 五日目はアシュバフ国の王都デリドラードに飛んで、エッダは……もういないかもしれないが、あの辺で商売をすると言っていたチェスターとデレクを探して、エリックとオニキスの診療所の様子を見に行く。


 六日目くらいは少しレティーと遊んでやる必要があるだろうけど、夜は自由だから夜通し映画を見て過ごすことにした。


 最終日の七日目は午前中の早いうちからまた森でダラダラ過ごして、夕方頃に金太郎を迎えに行こうという流れに落ち着いたのだが――。


「おお……書き出してみたら結構ギッチリしたスケジュールになったなぁ。夏休みの子供が考えたみたいな体力の限界を考慮してないやつ。どこかに昼寝も挟んだ方が良さそうだな」


【じかんと たいりょくを かんがえて こなさないと だめですね】


「遊ぶのに時間配分と体力の限界を計算に入れて考えるって……ふふ、何て言うか本末転倒って感じだけど、良いじゃん。私達っぽい無謀さがあって」


【こころ おどりますね さっそくかいし しましょう】


「だな。それじゃあまずは頼むぞ、動画カリスマ美容師くん」


【がってんしょうち おまかせあれ】


 忠太のその言葉を合図に散髪セットを持ってウッドデッキへ飛び出す頬を、七日しかない貴重な夏休みの風が撫でた。

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