第135話 一人と一匹と二体、お目見えに行く。
スマホの転移機能を使って領主館までひとっ飛び。
それを思えば金太郎を説得するのに要した三日間の攻防の何と困難なことか。もう歳の離れた妹を可愛がるシスコンな羊毛フェルトゴーレムなクマのマスコットという、情報過積載な厄介野郎。
最初は当初の予定通り私がを後輩を
おまけに例の謎なΨΦΔΔ■ΣΨΦのΔΔΦ//ΨΨΦポイントも、ひっそり8000PP+ほど増えていた。あの駄神がサムズアップしている姿を幻視してしまってムカつく。
――で、現在。
金太郎達の気が変わらないうちに即日配達を敢行し、手紙が到着した数時間後に屋敷に到着した私達を見た時の使用人達と、同じ顔をするレベッカ。隣にはちゃんとウィンザー様もいる。
もしも今日も仕事を理由にここにいなかったら、出産するまでレベッカをうちで引き取ろうと思っていた。首の皮一枚だぞと心の中で言っておく。
「えっ……嘘、本当に? 本当にもう完成したの? 進捗を伝えに来てくれたとかではなくて?」
「そ、本当にもう完成したの。手紙にもちゃんとそう書いたじゃん。だから紹介に来たんだけど……辛そうだな」
【なんだか まえより やせました】
応接室のソファーで驚いた表情を浮かべるレベッカの顔は、ウィンザー様程ではないにしろ青白い。あんまり他人の顔色を気にしない私が一目で貧血なのだろうと分かるくらいだから、かなり身体が重く感じるはずだ。
でも彼女は微笑んで「ふふ、少しね。マリの手紙が届いたのはほんの二時間前なのよ。だけど退屈していたから、本当はいつ来てくれるかと楽しみにしていたの」とはしゃいだ声をあげる。そんな妻を隣から見つめるウィンザー様の表情はとても優しい。空気が甘いってこういうことだろう。
するとこちらの視線に気付いたのか、照れ臭そうにやや斜めっていた身体を正面に向け直し、ウィンザー様がレベッカに見せるのとは違う領主の笑みを浮かべて口を開いた。
「マリ、わたしからも礼を言わせてほしい。レベッカはここ最近ずっと
「ああ、やっぱりそうですよね。だと思った。何だよレベッカやせ我慢とか水臭いぞ。この意地っ張りめ」
「もうフレディ様!」
「ハハハ、すまない。けれど友人の前でまで貴夫人を装わないで良いのだよ」
「でもわたくしは領主の妻として――、」
【おなかに ひとが もうひとりいる からだつらい ふつうのこと たちば ちい かんけいない】
「そうそう。何よりしんどい時は気を張るよりダラっとした方が楽だろ。てことで、今日から意地っ張りで人に甘えられない奥様にこの子をご紹介〜」
このままだとなかなか紹介に漕ぎ着けられないので、会話の流れをぶった切り、金太郎が渾身のリボンラッピングをした小箱をレベッカの手の上に置いた。
箱の見た目の可愛さだけで顔を綻ばせる彼女に「開けてみ」と促すと、リボンを解くのが勿体ないという様子で、丁寧に丁寧に一本ずつ解いていく。箱の蓋に手をかけようとしたその時、内側から勝手に蓋がズズズッと持ち上がる。サ○エさんのオープニングみたいだ。
レベッカとウィンザー様が見守る前でペイッと蓋がぶん投げられて。中から懸垂の要領でよじ登って外に出てきたオレンジ色の後輩クマと、レベッカの視線(?)がかち合った。ジーッとレベッカを凝視する後輩の背中をポンと叩き、まるで真似しろというように頭を下げる金太郎。
兄貴分の挨拶のレクチャーにピョコンと勢い良く頭を下げ、勢いに引っ張られるまま前転を決めた後輩は、自分の身に何が起こったのか分からずポカンとしている。もしやドジっ子属性なのか?
護衛用なのにヤバイのではと不安になりかけたが、それを見たレベッカがソファーから身を乗り出して「可愛い~!!」と叫んだので、まぁ、良いらしい。
「お、おぅ……レベッカが良いなら良いんだけど。それとこの子にはまだ名前をつけてないから、レベッカがつけてやってくれ。その方がうちの子って感じがするだろうしさ」
「まぁそうなのね、分かったわ。責任重大だけど、頑張って素敵な名前を考えるからよろしくね?」
そう緊張した面持ちではあるものの、やはり自分に名付けの権利があるのは嬉しいらしい。ギュッと両手で気合の拳を作ったレベッカにそう言われた後輩は、一度首を傾げてからコクンと頷き、握手のために短い手を差し出す。
その手を指先で摘んで小さく上下させる彼女を横目に、微笑ましそうに目を細めたウィンザー様に向かって簡単な説明をすることにした。
「これからしばらく……たぶん一週間くらいですが、金太郎がこの子と一緒にここに残って護衛の何たるかを教え込みます。一週間後にはこちらから迎えに来ますので、前回のように彼女だけ向かわせるのはお控え下さい」
「了解した。マリ、君の心遣いに感謝するよ」
「いえ、そんな大袈裟なことではないので」
元々そういう約束でこのシスコン戦闘プロを連れて来た。決していきなり引き剥がすのが可哀想で絆されたわけでは――……あるが。それらしい理由をつけたところで、単純にあれだけ喜んだ金太郎から妹分を引き剥がすことなんて無理だったのだ。シルバ○アのお家は里帰り用にうちに置いておくけど、後輩のお家は基本こっちになるしな。
しかしウィンザー様へ向けたはずの言葉は、レベッカの方により強く届いたのか、それまで後輩と金太郎に向けていた視線を上げ、メロメロだった表情を強張らせて真顔になった。
「え? でもそんなことをしたらその間のマリの護衛がいなくなってしまうわ」
【おん ここに いますが】
「あ……ご、ごめんなさいチュータ! 別にその、貴方だけだと不安だというわけではないのよ?」
【とてもそうは おもえない あわてよう なぜに】
それまでの気遣い屋でホワホワしていたはずの気配は成りを潜め、産毛に包まれたピンク色の尻尾でタシタシとテーブルを叩くハツカネズミ。スマホの文字が憮然とした感じに見えるのは錯覚だろうが、ヘソを曲げたのは確かな様子だ。
「まぁまぁまぁ忠太、その辺にしときな。お前が頼りになるのは私が知ってるって。それはそうとレベッカに悪阻出てる頃かと思ったから、今日の差し入れは焼き芋じゃなくてうちの庭で採れたブドウなんだけど――……」
――と、見え透いた助け船を出した瞬間「嬉しい、今すぐ頂くわ。ね、フレディ様?」と言って乗り込むレベッカ。妻の失言に苦笑しつつ「ああ、是非頂こうか」と合わせるウィンザー様。
そのやり取りを聞いてもまだジト目の忠太に、金太郎がドヤッと胸を張っていたけれど、空気を読んだ後輩がこっちに向かって助けを求める視線を送ってきたので、半眼のハツカネズミは私の手の中に包みこんで。
「一番頼りにしてるよ、相棒」
金太郎にも聞こえない声で囁きを吹き込めば、中から「チチッ」と小さく不憫で可愛い返事が聞こえる。
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