第134話 一人と一匹、どうぞどうぞ。


 ジャパニーズホラーを蹴散らした直後にまだ何かが暗闇で蠢く気配を感じ、大慌てで逃げ帰った自宅のリビング。


 その窓辺の棚に置かれたシル○ニアハウスでソファーに並んで座る金太郎と、覚醒した後輩。シル○ニアのお家(中古)リフォーム済みはお気に召して頂けたようだ。小熊が二匹コロコロと戯れ合う光景とさっきまでの光景の落差が凄まじい。


 薄っすら汚れたオレンジ色の羊毛を、小さく切ったウェットティッシュで拭ってやる金太郎はとても嬉しそうだ。考えてみたら純粋に同じ境遇の仲間がこれまでいなかったのだから、この喜びようも納得である。


 キャッキャしている二体はそのまま遊ばせてやることにして、ドッッッと疲れた私と忠太は汗と土で汚れた服を着替え、外のウッドデッキに出た。ダンジョン内とは違って風を感じる。もう夕方の六時だが、まだまだ明るい夏の陽射しが庭の緑を一層濃く引き立てた。


 ウッドデッキから手を伸ばし、たわたに実った鮮やかな紫色のブドウを二房もいで、ウッドデッキに設置してあるテーブルに直に乗せる。座ろうとしたら自然な動きで忠太が椅子を引いてくれた。


 礼を言って腰かけると忠太も向かい側の椅子にかける。こうやって中心にブドウを挟んだりすると美術の授業っぽくもなるが、そのせいで忠太の顔の綺麗さがより際立つな。色も白、赤、紫、緑で絵画っぽい。


 絵心が皆無なのでスマホで直接パシャッとやったら、一瞬驚いた表情になった忠太が面白くて、もう一枚パシャッ。そうしたら「撮影はご遠慮下さい」と笑ってスマホを取り上げられてしまった。


 仕方ないのでブドウに手を伸ばして一粒食べる。温いけど甘い。さっきダンジョンで死にかけた身体に染みる。忠太も同じように一粒口にして「疲れが取れる味がしますね」と笑った。人心地つくってたぶんこういう時の言葉だ。


「うーん、結局何がきっかけで宿ったんだろうなぁ……」


「残念ながら分かりません。分かりませんが、金太郎は嬉しそうですよ」


「だな。あれだけ毎日甲斐甲斐しく世話焼いてたら可愛くて仕方ないんだろ」


「しかしあの子は〝妹〟ということで良いんでしょうか?」


「ぽいよな。何か動きが金太郎よりも女の子っぽいし。くっつき方も恋人気取りっていうより、歳の離れた妹分って感じの微笑ましさ」


 まぁマスコットの健全じゃない絡み方なんて見たことないから知らんが。少なくとも頭によじ登ったり(おんぶのつもり?)体当たりしたりはしないと思う。あるとしたら都市伝説みたいな幼なじみカップルくらいのものだろ。


「にしてもあの状況からよく生きて帰って来られたよな」


「ええ、本当に奇跡的なことかと。ですがそれについてはまた後で金太郎とゆっくり話し合う必要がありそうですね」


「ま、まぁまぁ、忠太。せっかく後輩も目覚めて輝かしい戦功を立てたわけだし、その辺のことは今日のところは一旦保留にしとこうって。な?」


「ですがそのせいでマリが危険な目に合いかけたのですよ。もう少し考えて行動してもらわないと困ります。マリがいなくなってしまっても、わたしや金太郎は元のように漂うだけの存在になるだけですが……貴女は違うでしょう」


 そう言いながらもう一粒ブドウを食べる忠太の眉間には苦々しげな皺が寄った。いつもなら白い毛を紫に染め上げている頃だが、人型だと指先が染まるくらいなので洗わなくて良いのは助かる。本人もその利点に気付いているのか、ブドウを摘まむスピードが通常時ハツカネズミと段違いだ。


 真面目な話をしているのに身体と精神が相反しててちょっと笑える。人型とハツカネズミと本来の精神生命体感がせめぎあって、最終的に食い意地に引っ張られてる姿が不憫可愛い奴め。


「今世では簡単に死なないように気をつけるさ。忠太達と別れたくないしな。はい、この話はこれで終わり」


「はぁ、マリがそう言うのならそれで構いませんが……」


「ん、全然構わないぞ~。てことでさ。気になってたんだけど、結局忠太達が聞いてた悲鳴って誰のものだったわけ?」


「あれは恐らく金太郎の妹分であるあの子のものかと。最初にあの依り代に引き寄せられて身体を得たまでは良かったものの、他にも同じ境遇の思念体が集まって来てしまったことで、せっかく得た身体を奪われかけたのでしょう」


「ああ、成程。そういう追い剥ぎにあってる系の悲鳴だったのか。もっと呪怨的なやつかと思ったよ。あとさ、あの子の戦い方って金太郎と違うよな? 純粋に力で殴り飛ばしてるっていうより、魔法みたいなの使ってるように見えたんだけど」


「それはたぶんマリが作ってあげた花の首飾りの加護だと思います。見た感じだと雷撃系でしたね」


「それだと金太郎にも何か作って装備してやったら属性攻撃が出来るってこと?」


「確実に……とは言えませんが、あり得なくはないかもしれません」


 それは朗報だ。だったら金太郎の方が兄貴分だし、何か強そうな物を作ってやらないと。メリケンサックとか? いやでも手の甲ないから釘バットとかの方が良いのかもしれない。実際はそれ自体に強度はなくても概念的な物で良さそうだ。


「ふと思っただけなので聞き流して下さって良いのですが、金太郎達と同じ作りをした依り代をあのダンジョンに放置して、時々様子を見ながら宿るのを待って回収すれば、マリ専用の可愛いゴーレム兵団が出来そうですよね?」


 そう言われてふと色んな色で作ったクマの軍団を思い浮かべる。見た目はファンシーで中身はゴリゴリ武闘派なピク○ン。悪くないな。むしろ良い。一瞬その提案を採用しそうになったけど、よくよく考えたら今日の怖い経験と隣り合わせってことになるのか……却下だな却下。何より方々からテロリスト認定されかねない。


 苦笑しながら「馬鹿言え」と返してブドウに手を伸ばした私の前で、忠太が指を五本立てる。五、四――、


「目覚めてしまってすぐにお別れするのは寂しいですが、納品にいかないといけませんね。きっとレベッカは喜びますよ」


 三、二、一……ポヒュン。


 そんな間の抜けた音と共に消えた美形の代わりに、椅子の上にちょこんと立ち上がった真っ白なハツカネズミは、スマホを操り【きんたろうに はなしを きりだすの まかせました】と。これから待ち受ける現実的な問題を打ち込んだ。

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