第133話 一人と一匹といった……んん?
空席の背負子を前に呆然とする金太郎。
たった今気付いたのだということがはっきり分かるくらい、その背中から絶望感が滲んでいる。とても羊毛フェルトから出て良い哀愁と圧じゃない。この破壊力は初めてのおつかいで小銭落とした子供に匹敵する。
(どっかに落として来たみたいだな……)
(どうやらそのようですね)
目配せ一つでお互いの気持ちは何となく察せる。内心はこっちも心臓バクバクであるが、ここは大根でも役者になる他ない。
「まぁ、あれだ。大丈夫、大丈夫。このダンジョン内で落としたってことは、ここで見つかるってことだよ。変に町中とかじゃなくて良かった。子供が拾って家に持ち帰ったりしないからな」
「そうですね。少なくとも確実に今日探索したところ以外では失くしてないということですから。金太郎が来た道を辿れば見つかるはずです」
隣にしゃがみこんで努めて明るい声音でそう話しかけ、小さな身体と背負子を掌に乗せて持ち上げる。背負子は胸ポケットに。金太郎は肩に乗せた。そのまましがみつけるか確認してから一旦離し、スマホでLEDランタンと額につけるタイプのライトを忠太と自分用に購入する。
少し待って届いたそれを装備出来たら、肩から金太郎を地面に降ろして「ほら、迎えに行こう? 歩いて来た道を案内してくれよ」と促せば、放心状態だった金太郎も小さく頷いた。
横並びに歩きながら周囲をランタンとライトで注意深く照らしながら歩くも、当然のことながら薄暗いダンジョン内ではかなり目立つ。ゴーレムはともかく原生生物とぶち当たるのが面倒だ。そのため何とか早く見つけてやろうと集中すれば、自然と捜索中はほぼ無言になるはずだった――が。
隣を歩いていた忠太がランタンを掲げたまま不意に立ち止まった。先を歩いていた金太郎も同じく。なのでこっちも両者よりも一歩前に踏み出していた足を止めなければならなかった。
「ふむ……やはりそうだ。悲鳴が聞こえますね」
思わずこともなげにとんでもない発言をする相棒の横顔を凝視する。ランタンの明かりが潜り込んだフードの下で、白い髪と同色の睫毛が照らされて銀色に見えるのに一瞬見惚れかけたが、慌てて正気を呼び戻す。
「悲鳴って縁起でもない……っていや、そもそもやはりって何だよ忠太。その言い方だとさっきからずっと聞こえてたのか? まさか学園の生徒?」
「ああ、申し訳ありません。少し
視線を下げた先で問われた金太郎が頷く。超常現象に対応出来ないで蚊帳の外だったのは人間の私だけか。こんにゃろう。
「違う違う忠太。金太郎もキョトンじゃないんだよ。ダンジョンで人間の声以外の悲鳴が聞こえる方が絶対怖いだろ。何の悲鳴が聞こえてるんだお前達には」
「あー……成程、マリはそういう感じなんですね。正直に言うと、声というよりは現象や事象に近い感じですね。行ってみれば分かると思いますが……正直あまりついて来てほしくはないです。ただ金太郎が目指す方向もどうやらそちららしくて」
そういう感じってなんだよ。むしろ得体の知れない怖さの深度が深まったわ。留守番させようと思うならもっと良い感じのオブラートに包めと言いたい。なので困った表情の忠太にビシッと指を突きつけて宣言した。
「絶っっっ対、嫌だ! 外も、ここも、家も、お断りだからな。一人で待ったりしないぞ。パニックとかホラー映画だとそういう奴から死ぬのは定石だって知ってるだろ。ハリウッドでは常識だぞ」
「え、はぁ、それは……まぁ、確かに? ですが、あの、」
「だろ? それに一応エッダからもらったバングルもつけてきてるから、一回だけなら即死は免れる。下手にバラバラで行動するより全員で動いた方が良い。その方が危なくなった時に一緒にスマホで逃げられるしな。はい決定! 行くぞ!」
冷静になった忠太に弁舌で勝てるわけはないので、謎理論と勢いで押しきって歩き出せば、首を傾げつつも素直に後へと続く相棒。ナビは変わらず金太郎に任せて早足で彼等が言うところの〝悲鳴がする方向〟を目指す。
右、右、左、左、右、左、左、右――……。
久々に金太郎が連れて来る獲物を迎え撃つだけじゃないダンジョン攻略に、期待よりも緊張が勝る。しかも悲鳴が聞こえる距離程度だからと思っていたのに、結構奥まで来てないかこれ?
「金太郎〜、お前かなり奥まで来てたな? あんまり奥まで潜ったら学園の生徒と鉢合わせするから駄目だって言ったろ」
前方の金太郎にそう低い声で凄んで見せると、振り返ったくせに露骨に目を逸らされた。これは完璧に確信犯だな。面白パーツでもつけてやろうか。
「まぁまぁマリ。金太郎も良い素材をマリに持ち帰りたかったのでしょう。その気持ちはとても良く分かりますよ」
「いや、その気持ちは嬉しいけど危ないことはするなって話。何かさっきから嫌な予感がするし、下手したら
忘れていた洋画あるある最後のフラグを、あろうことかうっかり自分で立ててしまったその時、ランタンの明かりを照り返す壁の質感がそれまでとガラリと様子を変えた。ちょうど死んだ珊瑚みたいな穴だらけのあの忌々しい白亜の壁に。
「これは駄目ですね。残念ですが引き返しましょう」
「同感。今すぐ引き返そう。もしかしたら他の道かもしれないし」
ほぼ同時にそう言った私と忠太を振り返った金太郎は、しかし。次の瞬間単騎でランタンの明かりが届かない暗闇に向かって走り出した。
「はぁ? ちょっ、嘘だろお前!?」
「勝手な真似は止めなさい金太郎!!」
「「あ」」
――で、ここでもまた洋画の地雷を踏み抜いてしまった。大声を出すとか自殺行為だって映画みながら散々笑ってきたくせに、慌てるとやっぱ思わず叫ぶわけで。直後に前回の如くズズズズと足許から這い上がるような不気味な地響きがした。
「マリ、貴女だけでも逃げて下さい! わたしは金太郎を回収してきます!」
「んなこと出来るか馬鹿野郎! 私はバングル着けてるんだ! 金太郎の回収は私が行くから忠太が逃げろ!」
「そんな馬鹿なことを言ってる場合ですか!? 逃げるなら貴女だ!!」
三個目の地雷は無駄な口論!!
知ってるけど、案外やっちゃうんだなぁ!?
スマホを手に押し合いへし合いやってたら、人間の手を模した
するとそれは流星のように蠢く手達を切り裂いて、切り裂いて、切り裂いて。
えっ? まだ切り裂くのか? と思っていたら、いつの間にかあのウゾウゾとした奴等を駆逐しきっていた。思わず忠太と一緒にランタンを掲げれば、その明かりの先にいたのは、カタバミの花を誇らしげに見せてくるオレンジ色の後輩だった。
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