第132話 一人と一匹と一体、蒼白になる。


 結構前に手に入れた体力強化(体調不良時に微回復)☆2のおかげか、寝起き二時間後にはすっかり動けるようになった。滅多に風邪もひかない健康体なのでいつ必要になるのかと思っていたが、まさかの今日。あの時にスキル取って成長させておいて本当に良かった。


 逆を言えばあれがなければ今頃はまだ二日酔いでベッドに横たわって、忠太のお小言を聞いている羽目になっていたという……考えるだけで恐ろしい。


 あの後すぐに忠太と金太郎はスマホを奪って森の畑に出かけてしまったので、昨日と立場が逆転して現在一人黙々とレジンの花弁を一枚ずつ作っている真っ最中だ。過保護共め。


 ヤットコでワイヤーを花弁の形にして、シャボン玉の液につけるみたいに膜を作る。それをチマチマUVライトで硬化させ、最終的に一輪の花の形に整えていくという……根気の塊みたいな作業。まぁ、一輪作れば複製出来るから良いけど。


 最後のティアラはギルドからの外注で、依頼主の出した条件は枯れない花。なんでもこのティアラをつける花嫁さんは太陽の光が駄目だそうで、結婚式を夜に挙げるのだとか。そこで室内の照明が映えるようにこの形に落ち着いた。


 色も形も大きさもバラバラな物を作って繋げるとそれだけでブーケみたいに華やかだ。ガラスで出来ているみたいな儚さもあって悪くない。一応自然光もランプの明かりも試したけど、どっちも綺麗に光を反射した。


 問題は作り故の脆さだが、くっつける時にはハンダごてを使うし、あとは以前取得した製品耐久力微上昇☆2でカバー可能。故意に叩きつけたりしない限りは欠けたりすることもないだろう。


「……と、これはお前にあげような」


 久々の独り言を零しつつ、留守番仲間のまだノーネームな後輩ゴーレムの首にクリーム色のサテンリボンと、黄色と紫色のカタバミの花をプレゼントする。花弁が少なくてどこにでも咲いて可愛い花だから好きなのだ。食べられるし。


 首に花付きのリボンを結わえたオレンジ色のクマは、それまでよりもどこか少し誇らしげな風に見えた。その後は一瞬でも二日酔いになったのだから、脱水症状が出ると怖いと言う忠太に勧められたアク○リアスを嫌々飲み、チマチマとレジンの花弁と花を作り続ける。


 スマホがなくても百均(実際は三百円・税抜き)で買った置き時計があるから、時間が分からないなんてことはない。安物なだけあって秒針がうるさいのが玉に瑕ではあるが。その時計の針が九時を指す頃、フォンとスマホを起動させる時の軽い電子音がして、床が青白く輝き魔法陣的なものが浮かび上がる。


「ただいま戻りました、マリ。本日分の焼き芋と……ナスとキュウリを持って帰って来ました。わたし達が留守の間に気分が悪くなったりしていませんか?」


「おかえり忠太に金太郎。子供の留守番じゃないんだから大丈夫だっての。それよりもごめんな、畑の世話と焼き芋任せちゃって」


「いいえ、問題ありませんよ。金太郎も久々に畑で思い切り作業が出来て楽しそうでしたし。ね?」


 忠太に同意を求められた金太郎が肩口で大きく頷く。椅子から立ち上がり忠太の肩から金太郎を降ろそうとしたのだが、それよりも早く勝手に飛び降りてしまった。向かう先はテーブル上の後輩だ。ブレない奴め。


「うん? あれは……随分可愛らしい物を作ってあげたんですね」


「あんま大した物じゃないけどな。作業のついでに」


「ふふ、マリは優しいですね。それに作業もかなり大詰めだと見えます」


「花はだいぶ作ったからもうハンダで繋いでいくだけかな。大体あと二時間か三時間ってとこ。出来たらギルドに納品してダンジョンに行こう」


「分かりました。では汗を流したあとに明日の浅漬けを仕込んでおきますね」


「帰ったばっかりなのにごめん、でも助かるよ。今日こそは金太郎の後輩を起こしてやらないとな」


「もしかしたらあの首飾りのおかげで、何か進展があるかもしれないですしね」


 そう言ってふわりと微笑む忠太を見ていたら、そんな簡単なことならもっと早くどうにかなってるなんて野暮な言葉は引っ込んでしまう。だからこっちもつい柄にもなく「当たり前だろ」と暢気に返してしまった。


 ――――で、二時間後。


 自由気ままに咲いている花を盛りまくった風にハンダ付けしたティアラを、我が【眠りネズミ】が誇る凄腕梱包担当金太郎にデコってもらい、商工ギルドに無事納品した。前金はもらっているが、全額もらうには依頼人が確認してからということで、今日は納品のみ。


 その足でエドの店に焼き芋と浅漬けも納品し、一旦家に帰って看板を【ご依頼受付中。留守の時は商工ギルドに伝言を】に書き直して、いざダンジョンへ。


 潜ってからの一時間程は二人と一体で、ワクワクしながら背負子の後輩(仮)の様子を見守っていたものの、やっぱりそう事は上手く行かないものなのか一切目に見えた変化はなく。


 これはまた明日以降に持ち越しかと内心がっくりしながらも、気を抜くことはせず貪欲にゴーレムを狩り倒す。勿論忠太と金太郎が。私はいつも通り戦闘中は気配を極力消して飛び散った魔石やら珍しそうな苔なんかを集める。


 金太郎がダンジョンの奥に獲物を誘いに行く。

 忠太がホイホイされた獲物に出会い頭で攻撃。

 二人(?)に倒された獲物から私が色々もらう。


 単純明快なこの工程に顔を上げることもなくなり始めた頃に、何となく目端に映った金太郎の背負子に感じた違和感。けれど動く速度が速すぎてその違和感の正体が何なのか分からない。


 結局忠太が「一度休憩しましょうか」と声をかけてくれるまでそれは続き、その言葉にピタリと動きを止めた金太郎の背負子を見て、忠太が一言。


「おや、金太郎。背中のあの子がいないようですが……マリに作ってもらった首飾りを落とすのが嫌で、どこか岩陰にでも隠してきたのですか?」


 こんなに優しい声音と微笑みにここまで背中が寒くなったのは、生まれて初めての経験だった。

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