第131話 一人、おつかいに行ったきり。
ジニアとカロムへの納品から二日。
あの後二人から細かな手直しを頼まれたので、残っている依頼品のティアラと平行して爆速で修正し、再度指定された納品場所に持っていったのだが――。
「マリ、飲んでるか!?」
「はいはい飲んでる飲んでる。この酒場にいる皆がグラス空くたびに注いでいくから、始まってこの方ずーっと飲んでるよ。むしろジニアは飲みすぎだろそれ」
現在冒険者達の有志で貸し切られた酒場にて、今日の主役の新婦からワインを手酌されながら絡まれていた。酒は好きだからアルハラにはならないけど、たぶん普通の結婚式ではないなこれ。虫の知らせで大声と大きな音が苦手な忠太を家に置いてきて良かった。
そもそも教会で式を挙げてない。籍を入れる手続きの書類だけさっさと教会で用意して提出を済ませた二人は、なんとこの酒場で挙式擬きのパーティーを開いている。いきなり二次会のノリだ。
理由としては荒くれ者の集団である冒険者ギルドの面々が、教会での式だと羽目を外して器物破損をしかねないということからだそうだ。蛮族か何かか? 見間違いじゃなければうちの浅漬けと保冷庫で冷やした酒が出回っている。エドのとこからレンタルしたのかもしれない。
「何言ってるのさ! まだまだ店の酒樽はいっぱいあるんだ。全部今夜中に空けたらタダなんだよ! 飲まないと損だって。ほらほら~」
「おいおいおい溢れる溢れる! 手許見ろってば!」
この店にいる出席者全員から一杯ずつ祝い酒を振る舞われていたジニアは、ご機嫌に頬を染めあげて隙あらばわんこワインを狙ってくる。肩を組んでくる剥き出しの銀色の義手には、カロムによって刻印された小さな花が咲き乱れ、薬指にはくるりと一周するシロツメクサが刻印されていた。
どんなドレスや高価な指輪よりずっと今日の彼女に似合ってる。酔い以外にも誇らしいような照れくさいような、そんな微笑みを浮かべる彼女の頭上には私達が作ったティアラが輝いていて、こちらもなかなかの出来映えだ。
彼女のパーティーの仲間達も、今日のこの飲みの席で好みの男性を物色中という肉食ぶりをみせている。全員タイプの違う美人だから男性陣もアピール合戦に余念がない。勿論他の冒険者パーティーもそんな感じ。各々楽しんでいるみたいだからこれで良いのだろう。
時折女性陣の会話の中に出てくる、ミステリアスなフードの新人魔法使いが気になったが、混ざると面倒なことになりそうなのでグッと好奇心を我慢した。でもそいつたぶん今頃うちでクマのマスコットと留守番してる。
「ごめんねマリ。納品先を指定した上に巻き込んでしまって。でもやっぱり君にもこの作品がこんなに幸せを運んでくれたんだって見てほしくて」
「その通り! マリのおかげでここにいる皆幸せだぞぉ!」
「ほらほらジニア水も飲んで。せっかくのティアラがずれてるよ」
「なんだよカロム、酒も液体だから元は水! 問題ないぞー!」
「そんなわけないだろ。酒は酒だっての。カロム、この花嫁ちょっと店の奥で休ませたらどうだ? そのうち脱ぎかねないぞ」
「あー……うん、そうしたいのは山々なんだけど、僕の力じゃあ納得してないジニアを御せないんだよ」
そう言ってカロムが周囲に視線を向ければ、男女の関係なく円形に人がいなくなる。この冒険者ギルドで、上から数えた方が早い実力者の花嫁(状態異常)を前にしたら、そりゃそうもなるだろう。だがその距離を取った冒険者達の壁を割ってジニアのパーティーメンバー達が現れた――が、こっちもかなり出来上がっている。
「なぁんか騒がしいと思ったら、また酔ってるのぉ?」
「こうなると厄介なんよね、この子」
「大丈夫よ。ここに最強の酔い醒ましがいるじゃない」
「あぁ、そうね。カロムさんちょっと力を貸して下さいな」
同じくらい……よりややマシ程度に姦しい彼女達のうち一人が、ツカツカと歩み寄ったかと思うと「?」を浮かべる二人を強引に向かい合わせ、いきなりキスをさせた。瞬間馬鹿騒ぎになる店内。周囲から囃されたカロムがはにかむと、ジニアの顔が茹でダコみたいに真っ赤になった。
正気に戻ったというよりは羞恥によるショック療法って感じだが、少し大人しくなったジニアに変わり、今度は幸せの凝縮空間に当てられた独身者から次々注がれる酒、酒、酒。
明らかにこの後荒れる気配しかないのでとっととお暇しようとしたら、不意に女性冒険者達に進路を塞がれたかと思うと、それぞれかなり真剣にティアラについての質問をされた。
良縁に恵まれるティアラとか、一目惚れされて玉の輿に乗れるティアラだとか、クズ男に捨てられてからが本番ティアラとかって……どんな深夜番組の怪しい商品なんだそれは。片っ端から突っ込みたくなったものの、酒の席での発言なのと、こっちも酔いが回ってきたのとで途中から割と面白くなってきて。
あと普通に忠太が言っていたように、普通にジニアのティアラみたいな装備は作れないかと聞かれ、肉弾戦が得意そうな女性陣だけで壁際のテーブルに寄って、あれこれとメモを取りながら色々と構想を練った。
冒険者の集団らしく素材が拾える場所も次々教えてもらえ、もう祝の席というよりは商談会場の体をなしてきていたその時。
店の入口の方から「奥の魔宝飾具師にお迎えだぞ~!」という声が聞こえてきたので、ようやく帰る口実も出来たとふらつく足取りで入口に辿り着けば、そこには頭上に人間一人くらいなら余裕で入りそうな木箱を担いだ金太郎がいて。
断る間もなくそれに積み込まれたまま丘の上の我が家まで全力ダッシュされ、玄関開けたら仁王立ちのハツカネズミに【ひるにでた かえってこない しんぱいした いま なんじとおもってる】とこっ酷く叱られた。
そう言われて空を見たらすでに星が瞬いていて、そりゃ怒られるわなと納得したけど、意識が残っていたのはそこまでで。次に目が覚めたのは二日酔いの洗礼に悶えるベッドの上。
その枕元で盥につけたタオルを絞っている人型の忠太が「おはようございます、マリ。目が覚めたのなら昨日のお小言の続きですよ?」と。ちっとも目の奥が笑っていない微笑みを浮かべる地獄。
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