第130話 一人と一匹、刻印師と槍乙女。


 森で焼き芋を平らげて一旦自宅に戻り、シル○ニアハウスでソファーに並んで座る金太郎と眠れる後輩に留守を頼み、エドの店に納品しつつ通学前のレティーと談笑して、ようやく目的地に到着した。


 まだ朝も早めの時間とはいえ、すでに結構な人数の冒険者達がギルドを出入りしている。彼や彼女達の邪魔にならないように脇をすり抜けてドアを開けると、一斉に中にいた冒険者達がこちらを向く。何人かはうちの護符を使ったことがある連中で、こちらに手を振ってくれた。


 なのでこっちも軽く会釈を返して奥に進むわけだが……どうしても商工ギルドの方に縁が深い奴が冒険者ギルドにいるのは目立つらしい。護符を使ったことのある仲間に話を聞いた連中からの好奇心を帯びた視線がつきまとう。珍獣かよ。


 若干げんなりしつつ目当ての人物を探していたら、胸ポケットにいた忠太が肩まで登ってきて奥のカウンターを指差した。錆色の髪に青白い肌の男性。目当ての人物に間違いない。小声で「ナイスアシストだ忠太」と話しかけ、さっさと人を避けてカウンターに近づく。


「おはようカロム。注文されてたこれ納品しに来たんだけど」


「おはよう、マリにチュータ。もう出来たの? 早いね~!」


「ん。手は抜いてないけどな。ジニアは?」


「彼女ならもうすぐ依頼を終えて帰ってくる頃だよ」


 カウンターの上に置いた箱を前に、常にニコニコとしてる……ように見える今回の依頼人の一人、刻印師のカロムはそう言って(たぶん)笑った。背が百七十近い私より少し低いので、白人男性としては小さい方だと思う。でも当の本人は冒険者達にからかわれてもあまり気にしていないようだ。


 確かに男だから背が高くないといけないなんて法律はない。そんなことこだわる奴の心が小さいだけだ。


「もう結婚式まで日もないのに大丈夫か?」


「ギリギリまで稼ぐんだって。格好良いでしょ、うちの彼女」


「格好良いけど、怪我でもしたらヤバイだろ」


「でも僕だけだと稼ぎが心許ないらしくて。甲斐性なしな男で申し訳ないよ」


「働いてるんだから甲斐性はあるだろ。専門職だし」


「専門職って言っても刻印を彫るだけだからさぁ。プレートに彫ったところで攻撃魔法や補助魔法が使えるわけでもないから」


 そう笑いながら手をヒラヒラさせるが、こいつの刻印師としての仕事は丁寧だと忠太も太鼓判を押していた。それに口で言うほど自分の腕に自信がないわけではないことも知っている。職人なんて大体そんなものだ。


「でもその刻印の繊細さがジニアの心を射止めたんだろ。冒険者ってあんまり魔宝飾具以外の装飾品つけることないけど、カロムの彫ってくれる刻印はアガルってジニアが言ってたぞ」


「そうなんだ? そんなこと言われたことなかったけど」


「面と向かって言うのは恥ずかしいんだろ。それより今ちょうど刻印待ちの奴いないみたいだし、先に確認するか?」


「ううん、彼女が戻って来てから見るよ。一緒に驚いたり喜んだりしたいからね」


「そっか。それじゃあちょっとここで待たせてもらうぞ」


「ごめんね。マリもチュータも忙しいだろうに」


【へいきです こきゃくまんぞくど なんばーわん めざしてますので】


「そういうこと。カロムは気にせず仕事してくれ」


 そう言ってから後ろにやって来ていた冒険者にカウンター前を譲り、近くの壁際に身を寄せる。ここからだとギルド内を見回すのにちょうど良い。入口付近の壁に集中している冒険者達は貼り出された依頼を見て今から出かける連中で、こっちの壁際は依頼をこなして刻印待ちの冒険者達のたまり場ってところか。


「な、忠太。今の奴が持ってたプレート色が違ったけど何で?」


【らんくによって いろ かわります りょうめんに こくいんする よはく なくなったら つぎのいろ】


「ふぅん? 忠太のプレートはもう結構刻印あるけど、それだとすぐに違う色になるんじゃないのか?」


【よほどおおもの たおさないと こくいん がらにならない いっかいにほる はんい げんみつに きまってます】


 腕組みするには足りない腕をギュッと寄せ、フンスッと鼻を鳴らす忠太。どうやらこの表情は私達で立てた戦果が誇らしいっぽいな。ヒゲの震えが尋常じゃない。可愛いけどあんまりみょんみょん震えるものだから、心配になって両側から指先で摘まんで止めた。ちょっとタイミングがずれて歯が剥き出しになったのは反省。


「あー、要するに前世あった商店街のポイントカードみたいなもんか」


【まりのとこも あったのですか】


「あったよ。一店舗につき三千円以上お買い上げで花びら一枚。ちなみにこれが五枚で花が一輪完成で、一輪につき千円のクーポン券になる。使用期限は一週間。一応カード一枚で百輪印刷されるんだけど、それ全部貯めたらボーナスとして三万円分のクーポン券になる。使用期限は一ヶ月だ」


【ええ かんげんりつ おかしく ないですか】


「おかしくないぞ。商店街で百五十万使って、一ヶ月で三万円分使えってだけ。商店街で百五十万分も何に使えってんだろうな。高級布団か? ちなみにカード本体の期限は作ってから一年だ」


【あこぎすぎる しすてむ はんらんおきない ふしぎです】


 なんてことを話していたら、ギルドの入口の方にいた連中がざわつき始めた。たぶん依頼を終えたパーティー達が帰って来たのだろう。カロムが刻印カウンターの向こうからしきりに入口を気にしている――が。


 すぐに声を聞きつけたギルドの奥から増援の刻印師達が現れ、それまで閉じていたカウンターにつく。これからがこのギルドの刻印師達の本番時間だ。次々にやってくる冒険者達がカウンター前を占拠し、刻印師達は差し出されたプレートに各々の戦果を彫っていく。


 ランクごとに色の違うプレート片でカウンター上はお祭り騒ぎ。さっきまでは暢気そのものだったカロムも、糸目を僅かに開いて職人の顔になっている。ここで見ておかないと奴の瞳が青だと知る機会はない。第一団からややあって入口から現れたのは、女性だけで編成された華やかな一団だった。


 その先頭にいる一際背の高くて筋肉質な金髪の人物に手を振れば、相手も大きく手を振りながらドカドカと足音を立ててこっちに来る。後ろで残されたお仲間達が笑ってるけど良いらしい。


「マリじゃないか! 注文してたやつもう出来たの? 早いね!」


 相変わらず声、デッカ。忠太が耳をやられて肩から落ちそうになるのを慌てて受け止める。ベリーショートの髪から滴る汗をものともしない相手は「あっわ、ごめん、チュータ」と、緑色の瞳を見開いて謝ってくれた。快活が服を着てるみたいなところが憎めないタイプである。ちなみにゴリゴリ前衛の短槍使いだ。


「おう、お帰りジニア。朝から森の魔物討伐ご苦労さん……ってか、流石に結婚しようってだけあって、カロムと反応が全く同じだな。そういうのって似るのか?」


「さー、どうだろね? 恋愛したのがつい最近で、そっから一気に結婚するから分からないけど……あいつと似てるって言われるのは初めてだよ」


「恋愛したのがつい最近で一気に結婚て、強すぎるだろそれ。思いきりの化身か」


「気に入る男がいなかったしモテなかったのもあるけど、気に入ったら即決するのも大事じゃん? 左手がこうでなかったら、結婚指輪くらいならつけたんだけどね。ドレスも高い布地だから引っかけて破ったら勿体ないから着ないつもりさ」


 ジニアの左手は数年前に肘から先を魔物に切り飛ばされて義手なのだ。子供を助けられたから名誉の負傷だと笑っていたけど、今は寂しそうに見える。別にヒラヒラした物が苦手でも嫌いなわけじゃないんだろう。


 特に結婚式は一大イベントだ……という話だ。少なくともこれまでに作ったティアラの依頼人達はそうだった。でも今回そんな一大イベントで話題をかっさらうのはうちのティアラじゃない。


 チラッと目を戻ってきた冒険者達のプレート刻印作業に追われるカロムに向ける。二人で依頼に来た後日、一人でもう一度訪れたカロムの口からそれを聞いた時は正直凄い奴だなと思った。絶対喜ばせるんだという気概に胸を打たれたというか……。


「ま、とにかくあの嵐が過ぎたら一緒に見てくれ。あいつがジニアが戻ってからじゃないと一緒に喜べないって言って、まだ見てもらえてないんだ」


 その言葉にパッと頬を赤らめたジニアを見て、成程、これが乙女心かと微笑ましい気持ちになった。

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