第128話 一匹、人型でもお役に立ちます。
マリと金太郎と共に違法ギリギリのダンジョン探索を開始してから三時間。つい今し方まで眠れるマスコットを起こす試みと平行して、金太郎とどちらがマリの喜ぶアイテムを拾うかという勝負をしていたのだが――。
「うっわ、気持ち悪。なぁ忠太、こいつも魔獣だよな?」
「魔獣というよりは大きいサソリっぽいですし、魔甲虫とでも言うのでしょうか? 恐らくこのダンジョンの壁の無数にある割れ目のどこかに巣穴を作っている、原生生物だと思います」
目の前に横たわる二メートル半くらいの節足動物を前に、思わずそんな感想が漏れた。どこか濡れたように光る赤褐色の殻は、普通に相手をしていればこれまで相手にしていたゴーレムよりも手強そうだった。
しかしそれはあくまでも普通に相手をしていればの話であって、両の大きなハサミをむしり取られ、脆い腹側から氷柱で刺し貫いた今はただの哀れな何かだ。
単独で囮行動をとっていた金太郎がハサミを持って駆け戻って来た際、続く地鳴りに咄嗟に放った魔法が偶然良い感じに刺さった。足止めをするつもりが相手側の速度が早かったせいで起こった喜劇ともいえる。
「ふむ……これは解体するのに技能がいりそうですね」
「だな。カニとかザリガニをバラすのとはちょっと勝手が違いそうだし、私達だけじゃあどうにも出来なさそうだ。サソリなら毒もあるだろうからなぁ。扱い的にはフグとかに近そう」
「そうですね。でもだからこそこの毒と毒針が良い値段になりそうな気がします。捨てていくのは勿体ない。持ち帰るとしたら尻尾と脚を丸めて縛ってから、金太郎に背負ってもらうことになりそうですね」
「確かにそうするしかなさそうだな。でも金太郎はさ、これ連れてきて何で私が喜ぶと思ったんだ? 節足動物好きな奴ってあんまりいないと思うんだけど」
そう言って微妙に顔を顰めるマリを見て金太郎がポンと手を打ち、残った脚を全部ちぎり取ろうとしたので、慌てて二人で止めに入った。何となくこういうのは傷を少なく持ち帰るのが鉄則な気がしたからだ。
ただし体液が漏れるのは搬送の邪魔になりそうなので、傷口は凍らせてふさいでおく。こうすることで傷むのも多少は遅れさせることが出来るだろう。
「まぁ何にしても今日の探索はここで切り上げだな。魔石も結構取れたからちょうど良い頃合いってとこか。こいつ傷みやすそうだし、早急に帰ってロッカーに突っ込むかギルドに持ち込もう」
「それが良さそうですが、倒した経緯や場所の説明をどうします?」
「おおぅ。そういう面倒事もあったか」
「マリがネズミ姿のわたしと金太郎だけで討伐したとなると、今後は冒険者ギルド辺りからも厄介ごとが持ち込まれる気がします」
「言えてるな。というか絶対あるわ。じゃあちょっと勿体ない気がするけど、やっぱり諦めるか」
「いえ、一応わたしに考えがあります。最善策ではないにしろ、今後こういったことがあった時に何とかなりそうなものが」
「そんな忠太、何から何まで頼りきりになっちゃうけど……任せても良いのか?」
「勿論ですマリ。言ったでしょう? この姿で役に立てるならもっと頑張れます」
思い付きよりの閃きではあったものの、なるべく自信がある風に答えれば彼女も金太郎も安心した様子で頷いてくれたので、そこからの行動は素早かった。カニを出荷する時のように脚と尾を本体にヒモで固定し、一旦ネクトルの森にマリと金太郎を残して単身マルカに戻り、ある場所へと向かった。
***
古びた木製のドアを押し開けると、それまで顔見知り同士で談笑していた人の視線が一気にこちらに向いて、またすぐに興味を失くしたように逸らされる。汗と血と埃と煙の臭いが充満していて衛生的とは言い難い空間に、様々な地域の人間が集まって、壁に張り出された依頼を見たり情報の交換をしている光景は面白い。
いくらか興味のある話に聞き耳を立てつつ、たむろする人を避けて奥にある色の剥げたカウンターを目指すも、折よく声をかける前にカウンターの中にいた人物と目があった。
「すみません、こちらで新しく登録したいのですが」
「細っこい姉ちゃんだな。登録ってのは冒険者のか?」
「表の冒険者ギルドの看板が本物であればそうですね。あとわたしは男ですよ」
「ほーん……見たとこ弓使いか魔法使いか。どっちも数は足りてないからうちとしては助かるぜ」
「それは良かった。では魔法使いで登録をお願いします」
「おう。そんじゃあこれに名前と、年齢、それから出身地と、使える魔法の種類を記入してくれ」
エドよりも年上っぽく彼よりさらに筋肉質な相手は、こちらをフードの上から下までサッと見てそう言った。特に他意はなく事実だけを述べただけらしい。体格を理由に断られたらどうしようかと思ったが、どうやら大丈夫そうだ。
「名前はミツネ、歳は二十、中級の水魔法使い、そんで出身地は……ヤポン? 聞いたことねぇな」
「ああ、ここよりずっと遠い小さな島国です。知らなくても無理はないかと」
「へえ。この仕事をして長いけどよ、まだまだ知らねぇ国があるもんだな」
「本当に。生涯勉強ですね」
「魔法使いは勉強好きだねぇ。オレには無理だぜ……っと、ほい。この書類持ってあっちの窓口でプレートをもらってきな。一応簡単な説明しとくとな、依頼をこなすたびに自分のプレートと依頼の達成が分かる物を持ってこい。ギルドに在中してるプレートの担当者がそれに刻印魔法で印字してくれる」
「刻印魔法?」
「何だ兄ちゃん、刻印魔法も知らねぇのか? 刻印魔法ってのは、あー……あれだ。まぁ、実際に依頼をこなせば分かる。他に聞きたいことはあるか?」
新人に物を教えるのが好きなのか、意外と世話焼きな彼に色々と質問をしてから冒険者ギルドを後にし、人気のない路地へと移動してから、マリに借りたスマホでネクトルの森に飛んだ。
***
「――というわけで依頼をこなさなくても倒した魔獣の持ち込みと解体、売買も出来るみたいでした」
畑仕事をしていたマリと金太郎を小屋に呼び、休憩用に買ってきたお菓子と果実水を差し出して一連の報告を済ませると、彼女はとびきり嬉しそうに八重歯を覗かせて「忠太、お前って奴はなんて頼りになる奴なんだ」と笑ってくれた。
その表情をもっと見ていたくて、金太郎同様プレートに興味が移りかけている彼女に向かって言葉を重ねる。
「マリに喜んで頂けて光栄です。それにギルドに登録したことでもう三つほど良いことがありますよ」
「ん、何なに。まだ何かあるのか?」
「一つにわたしがこの姿でここに出入りしても怪しまれない。二つにマリと金太郎だけで持ち帰れないヤバそうな荷物を、依頼品の持ち込みのふりをして搬入が出来ます。表からは依頼人にしか見えません。三つに仮に変な依頼品の持ち込みをしてるのは誰かと聞かれても、冒険者なら常に町に在中していないから知らないと言える。その点の説明も楽です」
「おおおー……賢者かよ。じゃあこの流れでついでに質問なんだけどさ、名前がこれまで見たこともないのになってるのは何で?」
「ロビンが特別珍しい名前ではないのは分かりますが、それでも説明の際に紛らわしいかと思いまして。その名前はハツカネズミのアナグラムです」
実は前々から人型になるたびに、ロビンと呼ばれることが若干嫌で考えていたものではあるのだが、マリからの「忠太は賢いなぁ」という称賛の言葉を聞きたさに飲み込んだ。チラリと金太郎の呆れた視線を感じたけれど、それには気付かないふりをしておきましょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます