第127話 一人と一匹、脱法ダンジョン。


 薄暗がりの中で耳を澄ませ、目を凝らす。

 しばらくして聞こえてきたのは前方からの複数の音。

 そしてそれらを引き連れて走ってくる金太郎の気配。


 近付いてくるその音に反応して隣を歩いていた人物が、こちらを庇うように前に立ち、音がした前方に向かって「ψ₪▼▲₡₡¤鋭き棘よ」と唱える。ヒヤリと冷気を感じた次の瞬間、空中に無数の氷の鏃が現れて容赦なく敵を撃ち砕いていく。


 飛び散る破片はすべて着ている学園指定ローブと、前に立ち塞がっている忠太によって弾かれる。氷の鏃が石を削り砕く工事現場みたいな轟音が止むと、いつの間にか金太郎が足許に戻ってきていた。その背中に後輩となる予定の、オレンジ色のクマを座らせたミニチュアの背負子しょいこを背負って。


 崩れた通路の途中までしかないトーチカがぼんやり照らし出すすここは、王都の学園にあるあのダンジョンに繋がっている。現在訳あって学園のゴーレムを金太郎で誘き寄せて密漁中だ。


 時々普通にこっちのダンジョンに住み着いてる魔物が出るけど、こっちの魔石ドロップ率はいまいちだ。やっぱり自然物は採取出来る物に波があるらしい。その代わりに当たった時の魔石の純度は全然違うけど。


「おっと金太郎、今回はダンジョンコアはいらないから、逃げたやつの深追いはしないでも良いぞ。今のやつらが落としたのだけ拾ってくれ。忠太も撃破ありがとな。連戦で疲れてないか?」


「いいえ、これくらい何でもありません。最近はあのフリマサイトの都市伝説ボーナスも減りましたが、今まで貯めてきたポイントがかなりありますから。この姿でもマリの役に立てるならもっと頑張れますよ」


「さっすが頼もしい――と、これで魔石十個目。久しぶりな割には良いペースだ」


 それぞれ大きさとしては大したことはないが、敵を倒せば魔石が手に入るのはありがたい。普通に森や遺跡で採取するよりもずっと確かで効率的に素材が採れるのは、学園に繋がっているダンジョンならではだろう。


 といっても学園に戻ったわけではなく、オニキスの小屋がある森から入る方の、いわば不法ルートを使用している。一応バレた時の対策として、学園の生徒に見えるよう制服(作業着か?)に身を包み、ローブをかぶって行動をしていた。あくまでうっかり・・・・奥に立ち入ってしまった風でシラを切るつもりでいるが、スリリングだ。


「さぁマリ、この調子で木偶人形を倒してどんどん素材を集めましょう。運が良ければ金太郎の背中の子も目覚めるかもしれません」


 穏やかで優しくすらある語り口なのによくよく聞くと辛辣なその発言に、既視感を感じて苦笑する。差し出されたその色素の薄い手に自分の健康的に日焼けした手を重ねると、フードの下から奥ゆかしい微笑みを向けられた。


「おう。この子にも金太郎くらい強いガーディアンになってもらわないとな」


 それにしても相変わらずこのシステム穴だらけだろ。学生とは言いつつ年齢だけなら成人してる奴も多いんだから、こういう犯罪行為に手を出す馬鹿がいるんだ。今の私みたいにな。


 そもそもこんなことをしているのは、五日前の家の購入と実店舗取得を一気に叶えた日にまで遡る。


***


『ん、スタイ(無地)の完成品三十枚な。刺繍に付き合えないでごめん』


『まぁ、ありがとう。これだけあれば屋敷でも暇をもて余したりしないわね。枚数も充分足りそう。でもマリが刺繍は苦手なのは意外だったわ。器用だから何でも出来ると思ってた』


『勝手に超人みたいに思われてた。あずま袋は直線縫いだから技術も忍耐もあんまりいらないけど、刺繍はどっちもいるし、図案の写しとか色々やることが多くて向いてないんだよ。でもその代わりに金太郎二号を作るから。むしろレベッカも帰らないでここで――、』


『ふふ、だったらわたくしが依頼第一号ね。でも無理はしないで頂戴。貴方はこれから三ヶ月くらいが一番大事な時期なのだから、わたくしの相手などしている暇はなくてよ?』


『あー……でもさ、金太郎が動く理由はちゃんと分かったわけじゃないのが問題で。形を作るだけなら良いんだが、本当に動く物を作れるかはまだ分からない』


『あら、動かなくてもキンタローみたいに可愛い子がたくさん出来るなら、勿論全部頂くわ。動かなくても友人からのお祝いのお人形が届くのよ? それってとっても素敵だわ』


***


 ――とか健気なことをこれから身重になる友人に言われたら、やる気も出るって話で。当然最後まで引き留めたものの、その一番大事な時期のために、一番助けが必要なレベッカは帰ると言って聞かなかった。


 結局店の看板デザインの相談に乗ってくれた翌日(四日前)には、滅茶苦茶過保護な装備の馬車で屋敷に帰ってしまい、私達はその後二日で看板と金太郎の後輩を作り(二日前)、看板を出した翌日には一時停止していたティアラの注文が二件入り、同日に攻撃用護符の注文が三件入って(一日前)、この先三週間分の予定が埋まった(今ココ)。


 看板と隣同士で出してきたお手製の依頼ボードには、早くも【予定上限いっぱいデス】と書く始末。いきなり一ヶ月分埋まるとか……護符はともかく、一点物は複製出来ないのが痛いな。でも欲張って一気に注文を受けるのは危険だし、下手な物を作って噂が広まっても困る。妥当なとこだと思いたい。


 特に依頼第一号のゴーレムは気合いと魔力を込めて作ってみたものの、現状ただの可愛いお人形でしかない。忠太も【〝ふむ これは きんたろう つくったときの じょうきょうに にせるべきです〟】と提案してくれての、違法ギリギリのダンジョン攻略。とはいえ学園のダンジョンは以前の死亡フラグルートのこともあるから油断は禁物だ。


 あくまでもこのダンジョンで一番欲しいのは、忠太が金太郎を作った際に言っていた〝以前は小さな神様だったものの、何らかの形でそうではなくなった残留思念的魔力〟という、あるのかないのか定かでないもの。


 魔石はそこに宿ってたら嬉しいくらいの話だが、他に入手経路が分からないからやるしかない。今の金太郎の状態は、原木を背負ってキノコの菌がついてくれるのを期待してる感じである。


 それにここで採れた魔石は護符の新作を作製するのにも使えるので、どっちに転んでも損にはならないとなれば――だ。


「ついでに家の改修に使えそうな物も落ちてたら拾おう。何てったってもう荷物が増えることに神経質にならないで済むんだ。家も仕事もザクザクDIYるぞぉ!」


「ふふ、了解しました。聞きましたね、金太郎。どっちがマリのお眼鏡に叶う物を拾えるか勝負です」


 フードの下から聞こえる忠太の楽しげな声に、後輩を背負った金太郎が大きく頷く。この日、時を止めた静かな野良ダンジョンは私達の狩り場になった。

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