第125話 一人と一匹、わやわやする。
いつも人で賑わう市場だが、今朝は休日なことを抜きにしても特に活気があると思っていたら、保冷庫を乗せて各地に散ったハリス運輸が戻って来たらしく、早朝の競りで落とした商売人達が店先に向こうで入荷した生鮮品を並べていた。
二人と一匹で色んな店を覗いているだけでも楽しい。チーズやソーセージなど、この時期だと現地で食べるしかないものが出回っているとあって、主婦だけでなく老人や子供もそこそこいた。そのせいで当初予定していた今晩の串焼きはハーブを効かせた鳥ハムになり、それに合わせてスープは濃厚ポタージュに変更。
結構買い込んでしまったので、この時間帯だと半分くらい隙間が出来ているエドの店の保冷庫をあてにして、市場の通りを突っ切った。すると案の定すでに一台の保冷庫に〝売り切れ〟と札を張るレティーの背中を見つけ、その小さな背に近付いて声をかける。
「ようレティー、儲かってるか?」
「マリおはよう! えっへっへ、ボチボチね! あ、でもこの通り昨日入荷した分がもう売り切れが出ちゃったから、お昼にまた追加を持ってきて欲しいわ。あとね〝
「へいへい。分かりましたよ、ちゃっかりしてるなぁ」
「おはようレティー。朝から働き者ね。偉いわ」
「あ、お……おはようございます、奥方様。今日もお綺麗ですね」
「私との扱いの差が酷いな。断固抗議するぞレティー」
「えー? だってマリはマリなんだもん」
とはいえ気持ちは分かる。レベッカは苛烈なところはあるものの、大人しくしてれば女の子の憧れを詰め込んだお嬢様だ。でも前回の女子会でこの中身を知っても憧れの対象に出来るレティーは、ある意味強者かもしれない。
それにしても……若いお客が増えてるのかもだけど、発売してから結構経つのに、定期的に品切になるラリエット(パラミラの糸入り)の売れ行きが怖いな。前世でも恋愛に関係するグッズの売れ行きは凄かったし、娯楽の少ないこっちの市場では最も人気がある分野だ。魔物の糸を使ってるとか最早呪具だと思うんだが。
【ふむ まりは きれいより かわいいけい ですから】
「チュータって賢いけどやっぱり視力とかはネズミなのね」
「ほー、それは益々どういう意味なのかなレティー?」
「あ、そんなことよりもね、ちょうどマリにお客様……っていうか、保冷庫を買った人がまた来てるよ」
「色々雑か。それからそういう情報は一番最初に出してくれよ」
しっかりしてるんだか、うっかりしてるんだか。苦笑しつつ店番に戻るレティーに伝言の礼を言い、レベッカも連れて店の奥へ向かえば、そこではテーブルを挟んで頭を付き合わせたエドとブレントが商談中だった。
「おいおいマリ、領主夫人をこんな埃っぽいとこに連れてくるな」
「言うほど埃っぽいかぁ? 妊婦は大事にしなきゃだけどエドは気にしすぎ。食品も扱ってる店の主人が掃除が行き届いてないみたいな言い方止めろって」
「手厳しいがごもっともですな。お嬢、ちょうど良いところに来てくれましたね。そしていらっしゃいませ、領主夫人。本日は何をお求めですかな?」
「ご機嫌よう、お二人とも。今日はマリの作った保冷庫を見せてもらいに来たのよ。前回屋敷に来て頂いた時にはゆっくり見られなかったものだから」
「ああ、左様でございましたか。ちょうど荷物を出して空になった物が幾つかございますので、どうぞこの後にでもお好きにご覧になられて下さい」
「ありがとうハリス。そうさせて頂くわ」
正真正銘お貴族様と、時々は貴族も相手にする商人――……の、間に挟まれる一般職人と平民相手の商店主。微妙に居心地が悪いと思っているのは、視線ががっつり合ったエドも同じなんだろう。
胸ポケットの忠太が【ほんものは くうきが かわりますね】と打ち込む。言いたいことは分からんでもない。コンビニでの接客と、伊○丹の外商の接客の違いとでも言おうか。客層も店の規模も違う。でも求められてることが違うってだけだから、別に恥だと感じることじゃない。
「えぇと……ブレントさん。それでちょうど良いって言うのは、うちの製品で何か壊れた部品でも出たとか?」
「いえいえ、まさか。まだ全部ではありませんが、帰って来たうちの従業員達の話を大体聞き終えたので、今回の反響のご報告に来たところなんですよ。立ち話もなんです。ひとまず席にかけられては如何かな?」
ごく自然な動きでソファーの隣を指差されたのでそこに腰を下ろし、エドは物置と化していた一人がけのソファーの荷物を退けてそっちに移動したので、レベッカが一人で三人がけのソファーに広々と腰かけることになった。レベッカの周辺だけ華が見える(幻視)気がする。
思えば何か変な席順になってしまったが、もうレベッカの隣に移動するのもあれなのでこのままで良しとした。あの隣に私が並ぶのも変に見えるもんな。
「そういえばここに来るまでに市場を通って来たんだけど、随分盛況だったな。もしかして王都に行ったのも帰ってきたのか?」
「おや、そうでしたか。それならこれからの話は早そうだ。ただ王都へは息子が出向いておりますが、まだ戻ってはおりません。大方お嬢の保冷庫が手に入って、持ち帰る積み荷の精査に手間取っているんでしょう。そんなことが出来るのは今まではクラークだけでしたからな」
グッとこちらに身を乗り出してくるブレントの圧が強い。よっぽどクラーク運輸と競れるようになったのが嬉しかったんだろう。とはいえこの圧。助け船を求めてエドの方を見れば首を横に振られた。どうも新規開拓に成功した商人に同調するところがあるらしい。
じゃあレベッカをとそちらを見やれば、お嬢様は伏し目がちに何やら考え込んでいる。本人は無意識なんだろうけど、ソファーの手すりにしなだれかかる姿はなかなか……いや、かなり綺麗だ。レティーが緊張するのも分かる。
「つきましてはこのマルカ支部だけでなく、是非うちの他の支部にもあの保冷庫を卸して頂きたい! 金額は何でしたら前回のものにあと一声おつけします。ただしその場合大量発注はハリス以外から受けない、という縛りは設けさせて頂くことになりますが」
「ふぅん、クラークみたいに一台もよそに卸すなってことじゃないんだな?」
「それは当然ですよ。クラークが氷結庫の独占をするのにはわたし達も反対です。あれは流通を停滞させる。分かりやすく言えば、このエドの店のような規模の場合一店舗に四台を上限にさせて頂きたい。それ以上の数を所有したいという者は商工ギルドに申請の上、うちが審査をします」
「成程。それなら別にそこまで無茶な話ってのでもないな。エドはどう思う?」
「うちはこの規模で四台置けるなら充分だ。客層からして購入したその日に消費する連中のが多いからな。問題は飯屋をやってる連中だが、申請して疚しいことがなけりゃ通るってんなら問題ないんじゃないか?」
エドの着眼点は流石に商売人らしい。ブレントもその答えに満足したのか、大きく頷いている。我がネットショップ眠りネズミ契約書やら、もろもろ難しい書類作成担当者の忠太も【まぁ だとうですね】と打ち込む。
適当に成程とか言ったけど妥当なんだ。良かった良かった――と、不意にそれまでアンニュイに座っていたレベッカが挙手した。
「では、わたくしからも提案があるわ。この領地内で大量受注をする商人……つまりハリス運輸に助成金を出します」
「――と、仰いますと?」
「領地の活性化に一役買って下さるのなら、それ相応の見返りが必要ではなくて? 商人と上手く付き合うなら〝タダほど怖い物はない〟ことを知らないと。あとはそうね……貴方は他の土地で無闇に彼女についての情報を吹聴してはならない。そうでないと不埒者が彼女を連れ去ってしまうかもしれないでしょう?」
「ふふ、領主夫人はお若いのに商人というものを理解しておられるようだ。彼女についての情報制限も勿論させて頂きましょう。我等の錬金術師殿ですからな」
「そういうことよ。わたくしからこの場で約束出来る助成金は一台につき白金貨二枚。それ以上を求める場合は夫の許可を仰ぎます。よろしくて?」
「御意に」
いきなり目の前でくり広げられるご高尚なやり取りに取り残され、膝の上で指をモニョモニョさせるしかない私とエド。一般商店の事務所で見る光景でも交わされる会話でもないだろ……と。
【いってることば わかるのに なぜか げんごやが わやわや なります】
忠太の打ち込んだそれをエドの方に向けてやれば、その口が〝ほんと、それな〟と声を発さずに動いた。いやまったくもって、ほんと、それな。
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