第124話 一人と一匹と一体+同居人。


 個人的にテーブルに並ぶ朝食の彩りで、一日の始まりのやる気は決まると思う。だから何が言いたいのかと言えば、今朝もうちのテーブルはやる気に満ち満ちているという話だ。


「このトマト、味が濃くて甘くて美味しいわ」


「私の故郷のトマトだ。糖度は果物くらいあるぞ」


「こっちの豆……なのかしら? これも凄く甘くて柔らかいわ」


「黒枝豆な。植えてたのが今朝出来たんだけど、レベッカが寝てる間に湯がいた。それも私の故郷の野菜だ」


「この香り……瓜っぽいのだけどわたくしが知ってるものと違うわね。皮が真っ黒で小さいもの」


「それはデザートの黒小玉スイカ。それも甘いぞ。食べてみるか?」


「是非食べてみたいわ」


 あの白い部屋での謎な会話からも十日目なのだが、最初の三日程は身構えたものの特に変わったことが起きるわけでもなく平和だ。忠太に相談しようかとも思ったけど、普通に考えて駄神の喜びそうな危ないポイントを使う予定もないから、保留にしてある。


 まぁ色々前置いたが、レベッカがうちの居候になって十日目でもあるわけで。妊婦のために栄養価のあるものを食べさせようとした結果、森の畑に植える野菜の種類も一気に増えた。来年はあの小屋を囲むみたいにブドウ棚を作ってみるのも良いなとか、考え出すときりがない。家庭菜園は沼だ。


 そんな朝採り直送野菜を次々に口に運ぶ彼女を見て、今日も健康そうなことに安心する。昔から夏野菜は身体を冷やすと言うから、一応飲み物は温かいほうじ茶だ。レベッカの期待の眼差しを受けながらスイカを半分に切り、スプーンを添えて皿に乗せて提供する。これぞ夢の半玉食いだ。


 最初は見た目のインパクトに驚いていたレベッカも、私が目の前でもう半玉にスプーンを突き立てて掬い取り、隣の忠太に差し出すのを見てお上品にスプーンでスイカをひと掬い。口に入れた瞬間パッと表情を輝かせた。


「さっぱりしてるのに甘いわ。それに歯触りもシャリシャリしてて美味しい!」


「そうだろ、そうだろ。同じウリ科のメロンもあるから、これは夕飯のあとのデザートにしような」


「マリのお家には美味しいものがいっぱいあるのね。あ、今日のお茶の時間はダイガクイモが良いわ」


「そんなに喜んでもらえるなら、保冷庫作っといて良かったよ――って、今日また大学いもなのか。随分あれが気に入ったなぁ。それはそれとして忠太。お前はあとで丸洗いだぞ。人が袋で作った前かけつけろって言ったのに」


 ピンク色の手からスイカの果汁を滴らせ、前面をべったりと赤く染めた忠太に呆れてそう声をかけると、珍しく「チチッ」と鳴いて【ようじあつかい いやだったので】と、果汁を舐め取った手でスマホに打ち込んだ。


「でもこうなっただろ。幼児扱いしたんじゃないっての」


「マリとチュータは本当に仲良しね」


「まぁ当然だよな?」


【わたしと まりは いっしんどうたい ですから】


 そう打ち込みつつもスマホの画面に映り込む自身の身体を気にしている忠太。諦めろ。歯ブラシで丸洗いの運命は変わらん。なお本ハツカネズミ曰く、歯ブラシで腹を洗われるのは滅茶苦茶くすぐったいらしい。


 ちなみにこういう時に一番ハッスルしていそうな金太郎は、現在家の表庭で馬鹿デカイマットレスの天日干しと、充電中のバッテリーの見張りをしてくれている。ご褒美は金色と銀色だけしか入っていない折り紙だ。最近は中二病なテイストのゲームに出てきそうな装飾品作りに凝っているっぽい。


「今日の夕飯はトウモロコシも出すか。醤油は匂いと味が駄目かもだから、簡単に塩振って蒸そう。あとは甘いばっかだと飽きるから、ナスの浅漬けとキュウリのピリ辛漬けも良いな。季節の食べ物は身体に良いらしいし」


「ピリ辛キュウリ! あれも大好きだわ!」


【てまのかかる りょうりは いつもどおり まちで かいましょう】


「肉だな肉。甘辛い串焼き食べたい。レベッカのは串を外してやるから心配いらないぞ。スープとパンも欲しいな」


 口の中はすっかり夕飯に買おうと思っている串焼きのタレの味になっている。スープはポタージュ系かコンソメ系か……パンは少し固めなのでも良いだろう。献立が大体決まったところで片付けのために席を立てば、レベッカも空いた皿を持ってついてくる。


「ふふ、わたくしここに来てから毎日食べて遊んでばっかりね」


「そのために来たんだから良いんだよ。それにまだ始まってないだけで、悪阻が出ると全然食べられない人も多いらしいからな。産まれたら産まれたで育児が始まるんだし、今のうちにしっかり太って遊べ。ウィンザー様からその分の金はしっかり預かってるから使いきる気持ちでな」


【すたいも たくさん つくりましょうね】


「じゃあ私は人形作るかな。金太郎二号」


「動き出したら楽しそうね。もしそうなったらお友達になってくれるかしら?」


 すると呼ばれたと思ったのか、開けていた窓から金太郎が飛び込んでくる。受け身の取り方が洋画のアクション俳優で格好良い。たぶんこの前見たダ○ハードだ。忠太が拍手するとレッドカーペットを歩くスターの真似をしておどけて見せた。解像度が高いな。


「んー……動くかどうかは作ってみないと分からないけど、金太郎の後輩なら大丈夫じゃないか? なぁ金太郎?」


 腹這いになり頬杖をついたポーズで、こっちに向かって目線をくれる羊毛フェルトのベアー。通訳へと視線を移せば、スマホに【しつけは まかせろって いってます】と書かれていた。レベッカが嬉しそうに「頼もしいわ」と笑う。


「ま、何にしてもそろそろ買い物行くぞ。金太郎は引き続き自宅警備よろしく。私の全財産をしっかり守ってくれ。レベッカと忠太は買い物しながら、金太郎の後輩を何色で作るか考えとけよ。あとついでにハリス運送に寄って、戻ってきてる保冷庫の状態確認をしたいんだけど良いか?」


「ええ勿論よ。領主夫人として領地を富ませてくれる大事な製品を見ておくのは大切だもの。フレディ様に代わってしっかり視察させてもらうわ」


【では いちばけいゆ はりすうんゆゆき きたくよていじこくは ごご ごじにせってい れっつらごー です】


「いや、先にお前を洗ってからだっつーの」


 ピンと尻尾を立てて身を乗り出す忠太の可愛らしい発進案内は、次の瞬間ドナドナされることへの哀愁ある姿になったものの。泡の入ったティーカップに浸かった忠太の腹を歯ブラシでゴシゴシやって。濡れた毛皮を瞬間乾燥させたハツカネズミとレベッカと一緒に、あずま袋を手に意気揚々と家を出た。

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