第123話 一人と駄神と、白い部屋。
目を覚ますと真っ白な場所にいた。
直前に眠った記憶はな――……くもない。
というか完全に寝落ちたなこれは。
周囲を見回しても壁らしきものもない。
窓もない。空もないし、白以外の色も、音もない。
この空間も、もう三度目ともなると流石に慣れてきた。
寝落ちる直前にスマホが震えたような気がしたのは本当だったらしい。何となくもそもそと服のポケットに手を突っ込めば、すぐに指先が四角く平べったいそれに触れた。取り出してみればすでにメールを受信し終えていたので、さくっと音声読み上げアプリをタップ。
……待つこと数秒。
『やぁやぁ、最初の頃は少なからず驚いてくれていたのに、すっかり慣れてしまいましたね。こちらに産み落とした親としては嬉しいやら悲しいやらです』
「誰が誰の親だ。寝ぼけてるのかこいつ」
『ふふふ、とんでもない。私達に睡眠という概念はありませんから。そういえば当初の貴女と変わらないのは、憎まれ口を叩くところですね』
「…………ん?」
何か変だ。何が変なのか周囲に視線を走らせても特に変わったところはない。染み一つない真っ白な空間が広がっているだけだ。落ち着かない気分でキョロキョロしていたら、またスマホが震えた。
相変わらず改行されていない文字がギチギチにひしめき合っている。溜息をつきつつ再度音声読み上げアプリをタップした。
『まさかこの短期間でここまでポイントを稼ぐだなんて思ってもみませんでした。貴女は本当に今までの転生者の誰よりも小粒なのに、誰よりも私を楽しませてくれる。素晴らしいイレギュラーだ。次はどんな称号を与えてあげましょうか。欲しい能力があるなら応相談ですよ』
「そんなこと言っておいて、どうせまたあののり弁みたいな半端な能力を寄越すつもりなんだろ」
『おや、心外ですね。あれもちゃんと役に立ったでしょう?』
「役に立ったのはポイントが貯まったからだろうが……って、気持ち悪! 何か変だと思ったら普通に会話してるよなお前?」
『あ、そうでした。貴女の世界では直接脳に話しかける系が流行りでしたね』
「一部地域限定な話は止めろ。そうだけど、そういうのじゃなくてだな」
『はいはい?』
「大概いつも一方通行なポイントオプションのメッセージだろ。そんなお前がこの真っ白い空間で直接私に話しかけてきたのは、確か私が選択肢を間違えて死にかけた時だけだった」
『ああ、あの無謀な学園ダンジョン隠し部屋ルートですね。良く憶えていますよ。あの時はこんな序盤で壊れるのかとがっかりさせられました』
「やかましい。とにかく、お前にこの空間で話しかけられるのは嫌な予感しかしないんだよ。用件を簡潔に言って早く出してくれ」
正直忠太も金太郎もいないこの空間に駄神と二人きりは拷問だ。態度でしっかりそう表明すると、またもスマホが震える。
『つれないですね。でも貴女のそういうはっきりしたところは好ましいので、良しとしましょう。しかし少々誤解しているようなので言っておきますが、今回は善意での呼び出しですよ』
「どうだか。オニキスの時も思ったけど、お前達にとって私達転生者は本当にただの玩具だからな。そうそう善意とか言われても信じないぞ」
『ポイントの使い方を少し広域にしてあげようと呼んだのですけどねぇ』
「ポイントって具体的にはどのポイントだよ? いつも色々書いてあるから分からないんだよ」
この駄神……こっちの苛立ちを楽しむために、わざとのらりくらりと話を引き伸ばしてるな。もうずっとスマホが震えっぱなしで心底ムカつく。人工音声なのにこの部屋を通して笑っている様が伝わってくるのだ。
ささくれだった心を癒すために早急に白くてモフモフの相棒と、羊毛フェルトのゴーレムを思い切り吸いたい。
『普段貴女の使うポイントは
「ちょい待ち。最後のポイントだけ忠太でも読めないやつだ。新しく貯まってるそれは何て書いてあるんだ?」
『ΨΦΔΔ■ΣΨΦをクリアした時にだけ手に入る
「なっ、お前ふざけんなよ!? 結局大事なとこ全然分からないじゃないか!!」
駄神からのその一方的で滅茶苦茶重要そうな言葉を合図に部屋が揺れる。いや、揺れるというより沈む? 萎む? ともかく何かよく分からないけど、心臓がギュッと縮むような強烈な不安と不快感に思わず宙に手を伸ばした。
――――――…………が。
やけに重い目蓋を開ければ、そこは寝落ちる前と何も変わったところのない部屋と、小さく寝息を立てるレベッカと、すぐ傍で丸まって眠る白いモフモフがいるだけで。直前まで見ていた悪夢と同じ姿勢で、スマホを掴んだまま天井に向かって腕を伸ばす私を、不思議そうに見つめてくる金太郎に苦笑を返すのが精一杯だった。
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